第98話 クエストの終わりに
――大陸の片隅に、カキョムと言う王都がある。
決して大きいとは言えない都市ではあったが、帝国の内政相談役・アルフレッド・ガンビットを輩出し、幾度かの城壁の増築を繰り返す、豊かな都市だった。
いつもと変わらない朝が来て、いつもと変わらず民は街を歩く。
そんな中、ペンキの缶を持った二名の作業員が、荷物を背負って増築中の城壁工事現場へと向かっていた。
「……最近さ、ようやくサキュバスいなくなったよな」
「え? お前何言ってんの? そりゃそうだろ、だってつい最近――」
――話は、一か月ほど前まで遡る。
「おい訊いたか、サキュバスのダンジョンが攻略されたってよ!」
酒場の中、号外を手に飛び込んできた男が一人。
「……知ってるよ、だから酒場が盛況なんだ」
「なーんーだーよー……仕事帰りに号外拾って走ってきたのに」
「だったら情報が遅いってわかるだろ、ほれ飲め、頼んどいてやったから」
「おっ、気が利くねえ」
仕事仲間らしき面子の中に混ざった男は、すでに用意してあった酒を飲み、肉にかぶりつき、仕事終わりの悦楽に浸る。
「ぶはーっ、旨い! で……俺が仕事してる間に何があったんだ? そもそもサキュバスのダンジョンとか初耳なんだがこのあたりにあったの?」
ドン、とジョッキを置いた男の手は、モグラの獣人の血を引く影響で茶色に毛深く、爪が厚い。テーブルにいる面々も全員が土木作業を得意とする獣人たちで、彼らは同じ派遣会社・『土龍土木』のメンバーだった。
「あーお前、下水道の増築工事に参加してたんだっけ……そりゃ知らないか」
「最初は南の森に拠点があったらしくて、そこを潰したのがそうだよ。スカーレット様の部隊が一晩で潰したって」
「ウチの女房がそればっか言ってるわ。でも何でだったかな……なんか理由があって、ダンジョンの方の攻略は別のところがやったんだよな」
「別のところ?」
「ノブ……ノーブレスブリージュだっけ。なんかそんな名前の冒険者パーティがタイムアタック仕掛けたって言ってたっす」
「あー、ノブレスオブリージュか、知ってる知ってる! なんか無駄に女人気の高いパーティだろ、ジャックとか言うリーダーが! ……えっなに、わざわざ帝都から来てサキュバスのダンジョン潰したの? 人気取りに命かけてるな」
「配信者って頭おかしい奴ばっかだからな……あ、でもそうだ、そのタイムアタックな、ガンビットさんが協力してるぞ」
「まっ、マジで!? それ俺も初耳っす!」
「なんだよ、お前配信見てねえの?」
「イケメンに興味ねーわとか思ってたから、まさかガンビットさん出てたとは知らなかったっす!」
「そう言う意味じゃ激レアだよな、あの配信……ウワサでは聞いてたけどマジでサキュバスのダンジョンって本当に風呂があるんだな」
「えっ、風呂!? 何で!?」
「何でって、サキュバスが全力だすんだからそりゃ風呂だろ……」
「マジで見たいっす! 誰か魔珠持ってないっすか!」
そうしてまた動画が再生され、再生数は爆増していく。
しかしそれを撮影した『勧善懲悪』も、ゲストとして参加したガンビットやエイルアースも、そんなことは気にしていられなかった。
「先生、ヴェノムさんは大丈夫ですよね!?」
カキョムで最も大きな病院の、個室の前。
白衣を着たエルフの医者に、縋りつくようにコロラドが言う。
自殺による媚毒の回避という無茶な手段で不意を討ち、勝利を掴んだ直後、倒れたヴェノムは大急ぎで応急措置を済ませ、カキョムの大病院に担ぎ込まれ、そして今まさに処置が終わったのだった。
「今晩次第です……体力の消耗が激しく、今夜を乗り切れば問題ないのですが、意識が無い以上確実なことは……」
「そんなっ……」
「大丈夫じゃよ。アイツ、あれでかなりしぶといからな。落ち着いて待てば良い、そうであろう、ガンビット……」
「あ……はい……」
「はいじゃなかろう、お主ら座れ。……ったく、心配かけおってバカ弟子が」
「……エイルアースさんも、植木鉢の木を育ててどうしたんですか」
「あっ」
気づけば無意識に魔力を注がれた植木鉢の木が、もっさりと育っていた。
「……いかんな、儂がこんなでは……ところであ奴らはどこじゃ?」
「『勧善懲悪』なら祝賀会に行かせました。今夜一晩、我らが王都のヒーローですからね。特にジャック君は乗り気じゃありませんでしたが……」
「魔珠か鳥で連絡だけは入れてやるか。下手に心配させたくはないが……今夜一晩じゃ。大丈夫じゃろ……」
すると、その時だった。
「ひいっ、ひいっ……ネロししょー! なんでそんな急ぐんですかあ!」
「姉さん、病院なんだから静かにしてください。あと師匠、早いですよ」
「急いでねえよ、急ぐわけないだろ……ほらテテュー、何見てんだ早く来い!」
「もー、疲れたよお、肩車してくれない?」
「してやるから行くぞ!」
速足で、見知らぬエルフがエイルアースの前に現れた。
そしてその後ろには犬の獣人らしき姉妹と、白いワンピースを着た白髪の少女。
「お久しぶりです、師匠」
そして深々と頭を下げ、何かが入った袋を差し出す。
「お主、これは……」
「ウチの店の秘蔵の品です。あのバカにくれてやってください」
「……助かる。入るぞヴェノム!」
「あっちょっと、何ですかそれは……」
扉を塞ごうとした医師をガンビットが手で制する。
「申し訳ない。説明してる暇がなさそうなんだ、私の顔を立てて見なかったことにしてくれないか」
「が、ガンビット様がそうおっしゃるなら構いませんが……見なかったことにするというなら、私は失礼しますよ」
そう言って医師が去ったところで、今度は見知らぬエルフがコロラド達に頭を下げた。
「ウチの弟弟子がお世話になってます。ネロです、こんばんわ」
「あ、は、はい、コロラド……です」
「慌ただしくて申し訳ありませんが、今夜はこれで。では」
「えっ、もう帰るんですかししょー!」
「そもそもお前らが勝手についてきたんだろ、ほら行くぞ!」
「ほら言ったじゃないですか姉さん……勝手について行ったら怒られますよって」
「テテューちゃんは連れて行ったじゃないですか、ズルいですよお」
言いながら、既にもと来た方へ歩き出すその一団のあまりの慌ただしさに面食らうコロラド。
「あ、そうだ、ガンビットさん!」
「ん?」
「今渡したモノ、ガチの取り扱い禁止級のシロモノなんで黙っといてくれると助かります」
「……私も何も見ていないよ。今後ともよろしくな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、取り扱い禁止級ってそんな……」
「だいじょーぶだよー」
そう言われて、全員がその少女に目を向ける。
するとその少女はべろりと長い舌を出して、それを掻くような仕草をした。
「え……?」
そしてその背中には、白い翼。
白い龍のウロコで形作った光り輝く羽が、少女の背中に生えていた。
「貴女、まさか……」
「……本物を見たのは初めてだな。なるほど、取り扱い禁止なわけだ」
「そゆこと。そこのあくまさんにもよろしくね」
「何してんだ、ほら行くぞ」
「やーん、つかれたってばー」
言いながら彼らは廊下の角を曲がり、その姿が見えなくなる。
「……何だったんですかね、今の」
「おい依代、それは冗談か? 今のはどう見ても……」
そして、次の瞬間。
「ごっはあああああああああああああ!!」
ヴェノムのいる病室から叫び声がして扉が勢いよく開き、患者服のヴェノムが飛び出してきた。
「げほっ、げほっ! ええええ!? 俺、げほっ、炎吐いてる!?」
げほげほとむせるヴェノムが、咳と一緒に炎を吐く。
しかしそれもだんだんと落ち着いて、いつしか黒い煙しか吐かなくなり、それもだんだんと収まって行った。
「……いやまさか、本物じゃとはな。てっきり再現しただけかと……」
「何言ってんですか師匠!? 何飲ませたんですか!? って、え……」
床にへたり込むヴェノムに、コロラドが抱き着く。
「あっ……その、」
「おかえりなさい、ヴェノムさん……」
「悪……いや、ああ、ただいま、コロラド」
「……ばか」
――そうしてサキュバスダンジョンの攻略は、本当に何の犠牲もなく終わったのだった。




