第61話 幕間 帝王の血を絡め取る者
「おはようございます、ハルモニア様。本日もお美しい……」
「おはようございます、ピーハッド様♪ あらあら、今日が初対面ではありませんこと?」
帝王が謁見の間で返り討ちに遭っていたその頃、同時にお見合いも行われていた。
場所は王宮の空中庭園、その一角。
祭りの喧騒はささやかなBGMとなって、朝の明るい日差しと涼やかな風に高台の庭園が吹かれて、美しい雰囲気を醸し出していた。
「対面と言うならそうかもしれません。しかし貴女が贈ってくださった魔珠に刻まれた貴女の映像……そして先日繋いでくださった通信! 魔珠に映る貴女は妖精のようでしたが、直に目にする貴女は女神のようです。
帝都が誇る最高級魔珠も、あなたの魅力を伝えるにはまだまだ及ばなかったようだ。水に映った名画も、本物の前では霞みます」
「うふふ、お上手ですこと」
「そんな、決してお世辞では……」
「存じておりますよ、うふふ」
女性が笑い、男性が顔を赤らめる、軽い朝食の添えられた美しいシチュエーション。
リョウゼンの娘・ハルモニアと、帝国貴族の一人・エン・ピーハッドはこうして顔を合わせるのは今日が初だが、魔珠を利用した通話や動画の見せ合いである程度の交流は済ませている。
「それにしても……本当に凛々しいお顔。つい見惚れてしまいますわ」
「そ、そんな……こんな顔など、大したことは……」
「あら、エン様。私、美しいものなら見飽きていますの」
「えっ?」
「美しいものも嫌いではありませんが、私が愛するのはその『奥』。貴方のその瞳の奥に見える、炎のような輝き……ほら、もう少し近くで見せてくださいませ」
「は、はい……」
そっとハルモニアがエンの頬に触れ、笑みを浮かべてその瞳を覗き込む。
吐息すらかかりそうなほどその近くで、貴族として生きてきたエンはこれまでそれなりに男女の営みについて習ってはいた。
しかし教本には無かったこのようなシチュエーションに彼の15年の経験は何の意味も持たず、目を回しそうなほど顔が熱くなり、周りのメイドたちは驚きつつ、今まさに実っていく恋の果実に顔を赤らめていた。
「……似ていませんのね」
そんな中、ぽそりと呟かれた声。
メイド達に聞こえない声で、ハルモニアは言った。
「に、似ていない……とは?」
「貴方のお父様にもお母様にも……このような深く赤い目のお方はいません。似てはいますが、こうして見ると明らかに違う色……不躾ではありますが、私、存じておりますわ。貴方のお母様が……」
「は、母は……私を産んだ母は《《とあるお方に見初められ》》、私を産み、そして男児のいない今の父に養子として出しました。ですがどうかハルモニア様、ここでそれを口にすることはお許しください。私の父はマルク・ピーハッドただ一人です」
慌てて、しかし微かな声でエンは訴えた。
ハルモニアはそれに対して満足げな笑みを浮かべ、ゆっくりと手を放す。
「……エン様の数々の孝行の噂、聞き及んでおります。そう、貴方様はどこまでも気高く、美しく、義と愛に生きるお方……そんな貴方様とお会いできることを、私は本当に楽しみにしておりました。
ごめんなさい、エン様。いくら見合いの相手とは言え、このように秘密を暴くようなマネをしてしまって……」
「そんな、謝らないで下さいハルモニア様。貴女は何一つ悪くない。貴方のお父上も、一人娘の婚約とあらばこのような用心も当然です。先ほどは身に余るお言葉を頂きましたが、私などこうして人に言えぬ生い立ちを隠しているだけの卑怯者。隠し事が暴かれることを恐れているだけの意気地なしです」
「意気地なしなどではありませんわ、エン様。愚かなのは……ふふ、いえ、口にするのはやめておきましょう。ともかく貴方様は強く気高く……そして、優れている。貴方様のその心も体も、そして《《血》》も、とても魅力的です」
「ち、血もですか」
「ええ。所詮、縁談とは冷たい血の掛け合わせです。けれど貴方には、類まれなる魅力と『熱』が、ある。だからこそ惹かれあうと思いませんか?」
「は、はぁ……」
エンはハルモニアの言い回しがよく分からなかったが、あえてそれを口にしなかった。
そして同時に若干、恍惚とした笑みを浮かべるハルモニアに恐れのような感情を抱くのだが、彼の脳はそれを恋の現象と同一視していて、既にその体は半ば恋の沼に沈んでいる。
「え、ええと、ところでハルモニア様。今日はどのようにお過ごしですか? もしよろしければ私と……」
「エン様」
「は、はい?」
「私、祭りと言ったものに一度で良いから参加したくて。異性と祭りの中を回ってみたかったんです。素晴らしい男性の、夢を聞きながら……ねぇエン様? 祭りの熱い喧噪の中、お聞かせいただけませんか? 貴方様が望み、形作る未来の構想を……」
「構想……」
「あるでしょう?」
「はい、あります……私、いえ、僕は……ずっと……」
そこで、エンの瞳がわずかに光を失った。
まるで催眠にでもかかったようにそこから意志が抜け落ちるが、その影響はごくわずかで、本人すらも彼女の言葉に抵抗を失ったことに気づいていない。
ハルモニアが指を軽くエンの手に這わせれば、がっしりとその細い手を握り返した。
「あらあら、せっかちなこと。でも待ってください、エン様。そのお話はゆっくりと……チャンピオンバースで、お聞かせください♪」
「わかり、ました……行きましょう、ハルモニア様」
かくして、《《皇帝の隠し子が一人》》、闘技場へ向かう。
波乱の幕開けは、もうすぐそこだった。




