第60話 王と帝王
時刻は少し戻って、超☆会議当日の日の出すぐ。
「ご機嫌うるわしゅうございます、帝王様」
「このような機会を頂いた身に余る光栄、一生忘れませぬ」
朝早くから、大陸一の巨大要塞、その城部分の謁見の間で、カキョムの王・リョウゼンとガンビットが拳を前に組んで出し、帝王に跪いていた。
このポーズは帝国への服従を示し、それを受けた帝王・カイゼル4世はその枯れ枝のように老いた手を前に出す。
「うむ、よう来た。人払いは済ませてあるゆえ楽にせよ。此度の見合い話、真人も実りあらんことを願っておる」
「もったいないお言葉です」
真人と言うのはカイゼル4世の一人称で、完全な道徳を身に着けた人間、という意味である。
しかしその実態は力で従わせる覇王の類で、数年前に病に倒れなければ、いくつの国を蹂躙していたか計り知れない。
数々の肖像画にある雄々《おお》しい姿は既に無いが、左目を長い白髪が隠し、震える身体から放たれる声の迫力は、今でも覇王としての全盛期からまるで衰えていなかった。
「さて……このような時間に謁見を許したのには理由がある。リョウゼン、お主にわかるか?」
「いえ……私のような若輩者にはとても」
「そうであろう」
実際のところ、リョウゼンも理解はしていた。
病んで、老いて尚、この男は掛け値なしに皇帝。その欲望は衰えることを知らないのだ。だから今回『も』、帝王の要求は分かっている。
「では教えようリョウゼン。真人は《《ガンビットが欲しい》》。何度も打診をしているが、カキョムとか言ったか? お主の国に尽くしたいと、都度断られておった」
「ガンビット……見損なったぞ。お主、そのようなことは一言も……」
「申し訳ありません。しかし私はあの国でギルドを導く身ですので」
「なるほど。しかし先日の奴隷共の鎮圧は、見事であった。そしてその最中に起きたカキョムでの闇ギルドの企みも防いでおる。しかも元とはいえお主のギルドの混ざりものがな。
だから真人は、もう一度伝えよう。ガンビット、《《貴様は帝都に来い》》。適当な椅子をやる。存分に腕をふるい、真人に尽くせ」
その言葉に、両者の精神は掻き回された。
眼の前のこの老いた男がそれほどまでに調べをつけているとは思わず、つい態度に出してしまう。
「お、お待ち下さい。いくら何でもそれは……」
「真人はガンビットに訊ねている。首をはねられたくなければ黙れ」
「皇帝陛下……再三お伝えしておりますが、私はまだ、カキョムの街を」
「あの女どもか?」
「っ」
「良き下僕どもだ。つくづくガンビット、貴様は《《目が良い》》。優れた者にも色々あるが、貴様のその鑑定眼は真人に並……いや、真人が足元の神獣を逃した時点で、一歩先んじていた」
「……」
負けを認めるようでいて、その裏にあるのは意地。そして帝王が意地を張れば、下々の者はそれに抗うすべを持たない。
「しかし、これ以上は譲らぬ。だから真人はこれを貴様に見せるために、今日こうして時間を作った」
カイゼルが、左眼を隠していた白髪を上げる。するとそこにあったのは、
「なっ……!」
「まさか……!」
闇色の、魔珠だった。
漆黒に近いその色には仄かに緑色が混じり、それをかき消すように闇が蠢く。
「『ユグドラシルの魔珠』だ……存じているか?」
「伝説の叡智の木……その魔珠にはあらゆるものが映ると……まさか」
「そのまさかだ。これを貴様に《《も》》やろう、ガンビット。どうだ、手を切る理由としては足りぬか?」
「っ……」
ふらりと、ガンビットが一歩踏み出す。
しかし二歩目は踏み出されることなく、
「貴様がせっかく手にした女達を、失いたくはあるまい?」
精神だけが、堕とされた。
「待てガンビット! 話……!」
ドスッ、と音がして、震える王の身体が崩れ落ちる。ガンビットの手から血まみれのナイフが落ちて、床に鮮血を垂らした。
「帝王……いえ、カイゼル様」
「ん?」
「これで残る私の憂いは、あの2名のみです。今すぐに解放を」
「よろしい。真人とて、貴様が脅しで動かぬことは知っている」
パチンと指を鳴らし、家臣がカイゼルから耳打ちをされると、そそくさと去っていった。
「では案内しよう。新たな家臣ガンビットよ。フフフ……貴様の決断はさして早くなかったが、まぁ及第点としてやろう」
「……どの道、その瞳を見せた時点で始末するつもりだったでしょう」
「ああ。少し部下たちを遊ばせてやっても良かったがな。今日は祭の日だ、時間は惜しい」
さらにカイゼルが指を鳴らすと、暗幕が部屋の壁全部を隠すように落ちた。
そして巨大な石を転がすような音とともに床が割れ、地下へと続く階段が現れる。
「ついて来い」
老いを感じさせない、弾むような声のトーンで、先に階段を僅かに降りたカイゼルが言った。
しかしガンビットの目は先程殺したリョウゼンに向いており、それを見てカイゼルは嘲笑う。
「何だ、今更後悔か? ガンビット、帝王たるもの……」
その先の言葉は、続かなかった。
「帝王たるもの……何だ? ぜひ聞いてみたいな。末期の言葉だ、慎重に選べよ」
「なぁっ!?」
腹から血を流すリョウゼンが浮いたように立ち上がり、その背後から大量の蝙蝠がカイゼルへと殺到する。そしてそれらは黒い縄となって老体を拘束した。
「貴様、謀ったかっ! 舐めるなよ、私にはこのぐぼっ」
「おや、何か隠し玉があったようですなリョウゼン殿」
「これはこれは恐ろしい。さっさと口を塞ぎ、縛ってやらねばな、ガンビット」
「ぐももも……」
『天穿つ龍の牙』を浮かべたガンビットは引っ張り上げたカイゼルの身体を床に転がし、殺到した蝙蝠と流れていた血は一箇所に集まり、人の形を成していく。
「あっけないものですわねぇ、帝王ともあろうお方が」
「油断するな。それに本番はこの下だぞ」
「分かっております。それにしてもまあ、なんと禍々《まがまが》しい……」
「むごーっ!!」
そう言って、現れたガンビットのパートナー、メーアスブルクは皇帝の左眼の魔珠に手を伸ばし、
――ぐちゅっ。
と、ためらいなくその魔珠を引っこ抜いた。そしてイソギンチャクのように蠢く触手の生えたその魔珠を口に含んで、
「……あら失敬。粗悪な味でしたわ」
と言って、2人をドン引きさせたのだった。




