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第57話 幕間・サキュバスの生態及びその対策

 サキュバス。

 古くは【淫魔】とも呼ばれ、その生態は他の悪魔とくらべて比較的知られていると言える。


 しかしハンパな知識が一番おそろしい、ということを日頃からいつも師匠から言われ続けてきた■私は、この度師匠のはからいで、この文章を国に捧げることとなった。

 ぼ私は日頃からまだ若すぎると言われ、自身も未熟さを認めざるをえなかったが、師匠に拾っていただいたおかげで、こうして研究や勉強ができるどころか、研究の寄贈きぞうまでできるとは、とてもうれしい。身に余る光栄だ。

 研究費どころか学院の学費まで師匠持ちという身にあまる待遇に、感謝しなさい、と■母はいつも手紙で言うが、まさにその通りだ。師匠、そして家族に、改めて私は礼を残したい。


 さてサキュバスについてだが、《《僕》》は師匠とともに夜の街を回る中で、ある共通点に気づいた。

 それはサキュバス特有の【声をかける対象】である。

 サキュバスは、基本的にお酒に酔っていない人間を狙わない。

 師匠いわく、単純にその方が考える力、思考力が落ちているかららしいが、ではサキュバスはどうやって、酔っている対象を探すのだろう。

 まず仮説として、私はサキュバスが単純に、店の前で待っている可能性を考えた。しかし師匠とともに何日か、とある街の風俗街で試してみたが、サキュバスは隠れるものの無い場所で突然現れ、私の視線の先の男の人に声をかけた。

 つまりサキュバスはどこかに隠れているのではなく、何かに化けたまま近づいているのだ。

 師匠が言うには、サキュバスの変身は【本番】で解けることから、変身は長続きしないと考えられていたらしい。

 が、実際は猫やカラス、果ては街の看板にまで化けているのを、私はこの目で見た。

 これだけでも大成果だよ、と師匠はおっしゃったが、私はもっと調べるべきだと無理を言って、今度はサキュバスをもっと手軽に追い払う、少なくとも獲物と認識されない方法はないか調べることにした。

 考えたのは香水である。

 教会に行けばしばらくは魔が寄ってこない、と考えられていたが、私は教会の匂いそのものに効果は無いか考えてみた。

 香水屋の友だちに頼んで教会の匂いを再現してもらい、地元の風俗店街で配ってみたのだが、これはすぐに効果が現れ、何も伝えてないはずの師匠が、


「大発見だね……しかし一人では危険だし、私もついていくよ……なあに、私には永続の淫魔除いんまよけ魔法がかかっているから心配いらない……そもそも知っての通り、女だしね……」


 と、部屋に来てくれた。

 着替えの途中だったのでとても驚いた。

 そして師匠は私とともに風俗店街へ向かい、ドキドキしながら成果を見せたが、


「なるほどなるほど……しかしまだ甘いな。他の街で試してみたかい? えっ、保護者の許可? 私がいるじゃないか」


 と、すぐに私の香水の欠陥をみやぶった。

 私の香水は単に地元の教会の匂いだったか地元のサキュバスに効いたというだけで、教会と言うだけでは無意味だったのだ。

 涙が出るくらい恥ずかしく、悔しかったが、師匠はそれでも私のこれまでの成果を認めてくださり、少なくとも各地の教会の匂いが再現できればサキュバスは寄ってこないという論文を以下にまとめることとし――


「……? これがどうしたんですか?」


 本をパタリと閉じて、騎士の格好をした男が、カキョムの騎士団駐屯所の資料室で言った。


「バッカお前、これが有名な『《《世界初》》のサキュバス研究者、ショータ・プレクスコン氏の著書の写し』だよ、本屋にやっと届いたんだぞ」


 先輩らしき甲冑の男が、後輩に見せてやった本を指さしてそう言う。


「えっ、そんな名前の人初めて聞きましたけど……」

「そりゃそうだろ、もう行方不明だし、出した本もそれ一冊だけさ」

「……行方不明?」

「ああ、『師匠』と一緒にな」


 昼下りの駐屯所の気温が、少し下がったような気がした。


「ってことは、やっぱりサキュバスに捕まって……ん? でも今世界初って言いませんでした?」

「言ったよ?」

「え? ちょ、意味わかりませんよ、じゃあこの師匠って誰……っ」


 瞬間、兵士は恐怖で声が出なくなった。


「気づいたか? ま、ちょっとしたテストだよ。ゾッとしただろ? 世界初ってのは、ただの皮肉な」

「ちょ……止めてくださいよ……なんか言い回しがちぐはぐだったり、黒塗りの■の修正跡とかあったり、着替え中に〜とか要らない文章が残してあるなって思ったら……そっか、考えてみたら男がサキュバスの研究なんて……」

「《《子供のうちなら大丈夫》》……ショータ博士はそう思ったわけだな」


 ちぐはぐな言い回しはたまに妙に幼かったり、一人称が『僕』になっている。

 つまりこの文章は、まだ幼い子供……少なくとも少年が、『師匠』の指導のもとで書いた文章だったのだ。


「で、実際『師匠』と一緒なら大丈夫だったわけだ」

「……《《サキュバスに詳しい、生活の面倒を見てくれる、着替えにでくわした女の師匠》》……ですか」

「そゆこと。ちなみにこれが魔術学院に提出された時、そういう無駄な部分の修正の相談と、話を聞くために訪れた教員が『師匠』の部屋に向かったところ、部屋は空だったそうだ。脱ぎ散らかされた《《二人分》》の、あらゆる服を残してな」

「……」


 兵士は、ふと思った。

 上手い話には裏がある……学院に入学できる程の天才児がサキュバスの研究に誘われ、援助され、サキュバスの研究を認められ……その師匠の正体を知った時、おそらく悪魔の想定通りに育った彼は、何を思ったのだろうか。


 ――サキュバスの寿命は、エルフより長い。


 悪魔が人を育てるとするなら、その結末には何が待っていたのだろう。


「今回のお話の教訓は、《《悪魔を甘く見るな》》ってことかな。

 良いか? これは悪魔に限らずだが、欲望ってのは莫大なエネルギーだ。それこそこうして、全てをひっくり返すほどにな。そういうのを相手取るキミは、先日のパトロールにサキュバス避けのアイテムを忘れたんだって?」

「に、二度としません!」

「よろしい」


 返された本を机に投げて、その兵士は言った。


「仕事ってのは、油断したら終わりなんだよ。特に俺たちはな」


 昼下りの駐屯所は、いつもと変わらない街の喧騒が聞こえる。


「さ、行くぞ」

「はい!」


 ――今日も平和な、パトロールの時間がやってきた。

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