第56話 のじゃロリ師匠は大いに怒る
帝都のとある通りに、『麦と肉と笑い亭』と書かれた看板が店先で揺れている。
日々濃くなる祭りの気配に客たちが浮かれる中、ヤギスク、コノキナ、エイルアースの3名は、酒場の隅のテーブルで悩んでいた。
「うーむ、悩ましいのう、やることがないわ」
「それは俺も同じだぜ爺さん、手札が悪い」
「これ以上、同じことの繰り返しというのものう」
帝都を探るために別の王都から来て、自然と協力を選んだ彼らはカード遊びに興じるフリをしていた。
酔っ払いから情報を引き出したりはするものの、比較的治安の良い地域では得られる情報も大したものはなかった。
いっそスラム街に出向いても良いのだが、既に仲間が消えているヤギスクとコノキナが強く反対し、それにはエイルアースも納得せざるを得ない。
「お、こんなところでカード遊びかい? 入れてくれよ」
「ん? ああ」
するとそこへさして酔ってない、いかにも労働者という様子の男が現れた。足に包帯を巻いているので、怪我をしてどこかの仕事を休んでいるのかもしれない。
(とりあえず勝たせよう)
(了解)
そして3名が適当に勝たせてやるのだが、何故か男は酒だけは頼まない。勝つごとに料理を注文するのだが、飲むのは水だけだ。
「若いのに珍しいのう。お主、下戸か?」
「あはは、爺さんもしかしてこの街は始めてかい? 俺も酒は好きだけど、今だけは飲めねえよ。一人じゃあな」
「カード遊びに真剣なのじゃなあ」
「違う違う! それにあんたは関係ないだろ? 女なんだからさ!」
「……うん?」
「どういうことじゃ?」
男の言った言葉の意味が分からずエイルアースが尋ねると、男が逆に驚きの表情になった。
「いや、どういうことって……何だアンタら、マジで何も知らずにこの帝都に来たのか?」
「超☆配信者会議が見たくて来ただけじゃからのう」
「あ、そう……そっか、働いてなきゃそうかもな……いや実はな、この街には昔から『悪魔攫い』が出るんだよ」
「悪魔攫い……ある夜を境に、誰かが消えるアレか?」
「ああ。ま、《《タネが分かればなんてことはない》》がな。あんたらも酒の勢いで行くときは注意しろよ。わかっててもフラフラ〜っと行っちまう。ウチの現場も監督が一人……」
「……お?」
「ちょっと待て、アンタ、タネがわかるのか!?」
「そりゃそうだよ、この街で働くんなら、知らなきゃやってけないだろ? ヨソじゃどうか知らないけど、帝都の悪魔攫いって言うのは――」
――その『答え』を聞いた瞬間。
「ば、馬鹿な……確かにアイツ、アレを手にしてから態度が少しおかしかったが、初の任務だからかと……」
「儂もじゃ……妻と娘がいるんで! と言っておったのに……!」
「お主ら、世話になったな」
頭を抱える2名をよそに、怒りに満ちた顔でエイルアースはそう告げたのだった。
「ったく……なーにが悪魔攫いじゃアホがっ! 3日も無駄に怯えて過ごしたわ!」
そしてその夜、ヴェノム達を魔珠で呼びつけたエイルアースは、怒りに任せたヤケ食いの最中だった。
「あ、いたいた。師匠、身体壊しますよ」
「うるさいのじゃ!」
「えっと、なんですかこの状況」
呼びつけられた店の個室のテーブルで、ばくばくと注文した料理を食べ尽くしていくエイルアース。
見た目は完璧に子供な彼女がそんなことをしていれば当然店員からは目立つのだが、周りの客は個室越しに苛立つエイルアースに気を使って、
「荒れてる客がいるなあ」
「あの量……たぶん大食い系配信者だぜ」
「なるほどそうか」
という程度の反応だった。
「実はな、昨日お主らに伝えた件、タネが割れたぞ」
「へえー! 流石ですね師匠!」
まさか一晩で謎を解くとは思いもよらず、素直に席についたヴェノムは感心した。
「ふん、全く、ぜんぜん、まるで大したことではないのじゃ」
「?」
「何か……あったんですか?」
「他の王都からの調査員をひっそりと消すような、そんな得体の知れない敵が帝都に潜んでいたのでは?」
コロラドとスカーレットも続いて尋ねるが、エイルアースは苛立ったまま、
「あーおったとも、儂にとっては取るに足らん、気にするのもバカバカしいような敵がな!」
と、言い捨てた。
「……うん?」
「師匠、何に怒ってるんです?」
「んぐ、んぐ……ぶはっ。これじゃよ」
最後にジョッキから水を流し込んで、エイルアースが取り出したのは映像魔珠。
しかしその色は濃い紫色で、世間に出回るものとは明らかに違った。
「脱法魔珠じゃないですか。高かったでしょ?」
「それがな、これは銀貨1枚で買える」
「え?」
「まぁ見ておれ……あまり騒ぐなよ」
困惑するヴェノム達を置いて、エイルアースは動画を再生した。
「こんサッキュスぅ〜♡ 悪い子のみんな、ビンビンしてるぅ〜? 5回目のチャンネル凍結を乗り越えたド☆ス☆ケ☆ベ☆サキュ☆バスのさっきゅん♡♡♡ちゃんねる、今回は、特別大サービスのお知らせよ♡
私たちサキュバス配信組合はこの度、帝都に出張してぇ、酒池肉林☆ドスケベ☆脱法☆ウイークフェスティバルを開催しちゃいま〜す♡ この魔珠を手にしたアナタの番号は、1919の、4545♡今の番号を、誰でも良いから帝都にいるサキュバスに伝えてね〜♡ ステキな世界に、ナイショでご案内するわよ♪」
ふっ、とそこで映像は消えた。
「……いや、なんですか今の」
「サキュバスの配信じゃな」
サキュバス。
言うまでもなく生物の精力をドレインして生きる悪魔で、その生態は謎に包まれている。
しかし分かっていることとして、彼女(?)らが高い変身能力を持った悪魔であること、そして宗教的な加護を受けた武器の攻撃には非常に弱く、だからこそある程度力で抵抗できるという点がある。つまるところ『弱い悪魔』として有名なのだった。
「……なんか、酒池肉林☆ドスケベ☆脱法☆ウイークフェスティバルとか言ってましたね」
「口に出して言わなくて良いよコロラド」
「通し番号のようなものも口にしていたな。……まさか、いやまさかそんなことがあるわけ無いと思うが……《《行ったのか》》? サキュバスの配信に釣られて、サキュバスのところに?」
「そうなんじゃよ、だから儂は協力者と縁を切った」
「バカじゃん!」
ヴェノムはテーブルに突っ伏して叫び、スカーレットも無言で額に指を付けた。
「そんなもん無事に帰れるわけ無いでしょ! なんですか、風俗店とでも間違えたんですか!?」
「そうとしか思えんじゃろ……言うて悪魔じゃぞ、アホにも程がある」
「そりゃ縁切って正解ですよ、ヤケ食いしたくなる気持ちもわかります」
「じゃろ?」
「あの……不勉強で申し訳ありませんが」
盛り上がる二人の間に、コロラドが手を上げた。
「どうしたコロラド」
「サキュバスって……そんなに恐ろしい悪魔なんですか? いえその、悪魔って言うのは知ってますけど、いまいち怖さが伝わらなくて」
その言葉は、ある意味世間知らずに育ったコロラドとしては普通の感覚だったのだろう。そしてそれを知るヴェノムも深く突っ込まず、説明することにした。
「……まぁ、怖いっちゃ怖いよ。一応悪魔だからな。
身体能力は獣人並みだし、エルフより長生きらしいし人間より知恵が回る。それだけ聞けばまぁ確かに怖いんだが……そんなあいつらの主食が『精力』ってのがある意味問題で、ある意味助かってるんだ」
「というと?」
「精力ってのは生きるための力だろ? つまり野生動物みたいな殺し合いで食い物を得るわけじゃなくて、あくまでエサには生きてて貰わないとダメなんだよ。だからサキュバスは、よほどのことが無いと他の生物を襲わないんだ」
「安全……なんですか?」
「んなわけ無いだろ、森で襲われて精力を吸いつくされたら結果的に死ぬし、街で夜に襲われて、人気のない洞窟とかで『飼われる』ことも珍しくない。腐っても悪魔なんだよ。こうして配信して魔力を集めるだけならまだわかるが、誘いに乗るなんてバカのすることさ。生き残れたとしても、それは悪魔が気まぐれを起こしただけだよ」
「ひええ……」
――悪魔にしてみれば、所詮自分らはエサである。
それを初対面の時に認識できないというだけで、サキュバスは文字通りに悪魔なのだ。
「まぁ、森やダンジョンで死を前にして最後に肉欲を……というのならまだ救いもあるがな。魔力を集めるだけならまだしも、まさかサキュバスが堂々とエサ集めをしているとは思わなかった。ところでエイルアースさん、この魔珠はどこで?」
スカーレットが尋ねると、エイルアースは掌で魔珠を転がしながら言った。
「さっきも言ったが、スラムのあちこちで銀貨1枚……魔珠の技術を考えればほぼ無料でカゴに積まれて配られとるよ。あからさまな粗悪品かと思って賢いやつは手を出さんが、逆に言えばバラ撒けばバラ撒く程アホだけが釣れる。まさに釣り堀じゃな、この帝都は」
「酷い話だ……」
おそらくはスラム街あたりにサキュバスの拠点があって、釣られた男たちはそこで飼われているのだろう。
どの程度生かして貰えるかはサキュバス次第だが、逆に言えば、サキュバス次第で年単位で生かされることも少なくない。
「で、お主らはどうじゃった?」
「目処は立ちましたよ。貴族の名前は借りられたので、あとあいつらの情報と、貴族の屋敷を見て回るだけですね」
「そうか、まぁ無理はせんようにな。しかしサクラへの報告がめんどくさい……『他国の調査員の失踪はサキュバスのせい』などと書いて良いのかのう」
「ウソ書いてもしょうがないですし、俺たちが恥かいたわけでもないですし大丈夫でしょ」
「それもそうじゃな、仕事は済まそう。後は知らん」
かくして、1つの事件は解決した。
余談ではあるが、超☆会議本番開始と同時に『酒池肉林☆ドスケベ☆脱法☆ウイークフェスティバル』は終了して、サキュバス達はどこかへと消え、後にはカラカラに精力を吸われた男たちがあちこちに捨てられていたのだが……まだこの時のヴェノム達には、知りようもないことなのだった。




