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第44話 幕間・とある新聞記者の特ダネ

 少し時間は戻って、ヴェノム達が襲われた夜の大通り。

 とある『新聞記者』が、とぼとぼと街を歩いていた。


(はぁ……スクープ取って来いって言ったってなあ。私は別にそう言うことをしたくてこの会社に入ったわけじゃ……)


 彼女の名前はステン・セプスンリング。

 新聞社兼ゴシップ雑誌社に入社したばかりの新人で、血は薄いが一応ハムスターの獣人である。手には支給された映像魔珠(まじゅ)が握られているものの、夜の街を歩くだけでスクープが手に入るなら誰も苦労はしないのだ。


(貴族の汚職……有名ギルドのトラブル……はーあ、何が面白いんだろ)


 しかも彼女が配属された部署の関係上、読者が求めるのは権力者の失敗談や非道な行いなどで、まるで彼女はそう言うことに興味が無かった。

 だからこそ今までずっと彼女は紙面を埋める小さな記事――どこの料理が旨いとか、有名な美人従業員がいるだとか――そういった彼女が興味を持てる範囲で読者層にも文句を言われなさそうなネタばかりをちまちまと集めていた。

 しかし今日、ついに編集長にその立ち回りがバレてしまう。


「ステンお前な、この仕事が気に入らないこともわかるが、だからと言って逃げていて何になる。読者は確かにお前の記事に目を通すが、そこにあるのはお前の仲間が必死で拾ってきたネタとは味わいがまるで違うんだぞ、お前にもそう言うことができるならこれからも紙面を任すが、逃げ腰のままウチにお前を抱える余裕などなぁい!」


 太い指で紙面をつつきながら葉巻を加えたカバの獣人・ヒポポが低い声で言い、部屋の鳥籠の中で黄色い伝書鳥がパタパタと羽ばたいた。


「……はい」

「嫌そうな顔をするな。第一、繰り返すが俺たちは悪徳貴族の悪行もすっぱ抜くんだぞ、あんまり平和ボケされても困るんだよ。というわけでな、お前ちょっと外を回ってこい」

「外ですか」

「ああ、行けとは言わないがスラム街とかが望ましいな」


 フーッ、と葉巻の煙を吐いて窓の外を見る。


「正気ですか編集長!?」

「むしろお前の正気を疑うぞ。ゴシップで食ってる人間がスラム街を嫌がるようじゃ仕事にならん」

「うっ……そ、それはそうですけど、でも私は……」

「うるせえ行ってこい! 新入社員がビビってる暇なんてねえんだよ、さっさと行けコノヤロー!」

「は、はい!」


 ……で、今に至るのだ。


(ああ、神様でもご先祖様でも構いません、せめて死なない程度に無事に済むネタをください……)


 その思いが通じたのか、ステンの耳に叫び声。

 声のする方に駆け付けると、どうやら何者かが仮面酒場を襲ったらしく、しかもそここから毒ムカデが大量に逃げたらしい。

 しかし時すでにすでに遅くだいたいのムカデは片付いて、佳境は過ぎ去ってしまったというあまりにも惜しいタイミングだった。


(ああっ、みんな行っちゃう!)


 足元にはムカデの死骸が残ってはいるが、そんな映像を拾ってもどうしようもない。

 助かりました、怖かったです、良かったね、などというインタビューは明日以降でもできるし、今ここに何かないかとステンは辺りを駆けまわった。

 そして、


「うぐっ、ひぐ……」

「歩けますか?」

「すまない……本当に……」


 裏口から出てくる、スカーレットを見つけてしまう。


(えっ、あれって騎士団のスカーレットさん!? 何があったの!?)


 路地の角に身を隠して、ヴェノム達にバレないよう映像を撮る。

 そしてそれを確認し、混乱する頭で現状を理解しようとしていた。


(逃げてる……わけないよね、事件は片付いたんだし……)


「アナタ、こんなところで何してるの!」

「ぴゃいっ!」


 突然怒鳴られ、飛び上がるステン。振り返って見れば女性騎士が仁王立ちして立っていて、鋭い眼光を向けていた。


「怪しいわね、テロの犯人の仲間!?」

「て、テロ!? 毒ムカデが出たんじゃ……」

「それだけでこんな騒ぎになるわけないでしょ、毒ムカデを撒いたバカがいたのよ!   

 このあたりにまだ毒ムカデがいるかもしれないんだから、さっさと帰りなさい!」

「で、でもさっきその裏口から誰かが……」

「何ですって!?」

「ほ、ほらこれ……」


 さっき撮影したばかりの映像を見せ、目を見開いた女性騎士ががしゃん、と音を立てて膝を折った。


「そんな……こんなことって……」

「あ、あの……?」

「ガンビットさんの言ってたのがあのヴェノムとスカーレットさんだなんてー! やだー、信じたくなーい!」

「え、あの、え?」

「ガンビットさんが『俺と俺の仲間で首謀者を捕まえた』ってさっき言ってたのにー! こんなの密会じゃん、うわーん!」

「ガンビットさんがいたんですか!?」


 せめてその映像でも撮れればまだマシだったろうに、裏口なんかに来てしまった自分をステンは嘆く。

 しかし目の前の女性騎士は泣くばかりで、何に衝撃を受けているのかわからない。


「何アンタきょとんとしてんのよ、ガンビットさんとヴェノムがこんな店にいるならまだともかくとして、スカーレット様がこんな店に来るわけないでしょ!? じゃあもう密会じゃないの、ガンビットさんにはパートナーガいるんだからヴェノムの方確定じゃーん!」

「あっ」


 そっか、とステンは気づいて、その胸に暗い欲望が湧いた。

 確かにさっきの映像は、人目を気にして騒ぎから去る男女に見えなくもない。

 これで『女騎士スカーレット、事件現場から逃走!』とでも書けば下世話な売れ方もするだろうが、確証もないのにガンビットや騎士団にケンカを売るようなマネをしたらあちこちから何をされるか知れたものではない。

 だったら、『事件解決に協力してこっそり去って行った愛する二人』の方が売れそうだと閃いてしまった。


「と、とにかくありがとうございました、私、帰ります!」


 そしてステンはその場を駆けだし、会社に戻って、映像魔珠を編集長に見せた。

 すると編集長は、


「よおくやったあああああああああああああ! あのスカーレットの色恋沙汰は絶対に売れる! いいぞ、お前を雇ったかいがあった! 明日朝イチで号外を出してやる、お前が文章を今すぐ書け、ステン!」


 と、葉巻を握りつぶして叫んだ。


「え、すいませんもう帰りた……嘘です嘘です! わたしがんばります!」

「よし、働け!」


 かくして小さな出版社が夜通し号外を刷り、朝が来る。

 いつもと変わらないように見えるその朝は、大騒動の始まりを告げる朝だった。


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