第42話 王都最強ギルドの長
セクィントと名乗った闇ギルドの長がもたらした大混乱によって、仮面酒場・『秘めたる美食と酒と出会い亭』の周りには人だかりができていた。
しかし逃げ出した客が叫ぶ『ムカデ』の声に反応したクエスト帰りの冒険者が、それを毒蟲だと看破した瞬間、
「毒ムカデだ、みんな逃げろ!」
誰かがそう叫び、道にランタンの油を撒いて火を着けた。すると民衆に迫っていたムカデが足を止めて、数匹は炎に巻き込まれ、奇声を上げて燃え盛る。
「ムカデだーっ!!」
「逃げろ、毒があるぞ!」
「騎士団だ、騎士団を呼べ!!」
「油をもっと撒け、街中にムカデが逃げるぞ!」
「殺せ、足元だ!」
「水魔法が使える奴は排水溝を封鎖しろ!」
パニックは伝播して大通りは騒然となり、その喧騒は人の逃げた店内にも伝わっていた。
「キヒヒ……いい喧騒ダァ……」
ゾワゾワと広がるムカデ達が、一定の距離を保って止まる。それはもちろん手加減などではなく、溜まったムカデを一気に放出する攻撃の下準備だろう。
「闇ギルド『蠱業楽園』……『毒華の茨』とかつて双璧を成した【蟲遣い】のテロリスト集団か。お前らが牛耳ったスラム街は毒蟲の巣窟になるらしいな」
変な名前だから憶えてたよ、とヴェノムが付け足して挑発すると、セクィントはカクカクと体を揺らして笑った。
「ボクらの楽園に失礼ダナ! ボクらは蟲と共存できル……キミ達に蟲に対する愛がないだけダヨ!」
「何もかも全部キモいな」
「同感ですぅ……」
「ヒャヒャヒャ!」
よだれ混じりのムカデを口から垂らしながら、セクィントは笑う。
「お前ヴェノムだロ!? 毒使いとか言って調子に乗ってるガナ、一つクイズダ! ボクが召喚したこの毒ムカデ、毒性はわかるカナァ!?」
「……神経毒。獲物の動きを止めて固いアゴで食い尽くすためのな。ただしアゴの力でも獣人の毛皮は通せないし人間以外には匂いもバレる」
「ヒャハハハ、せいか……」
「……に見せかけて二種類いるだろ。誘因フェロモンを撒く個体と毒性を強化した個体。おそらくオスとメスだろ? 発情期の習性かなんかを利用して品種改良しやがったか。お前が最初に召還したのが誘因フェロモンを撒くメス、今召還してるのが毒性の強いオスってところか」
「ハ……」
「匂いでわかる。で、どうだ? クイズは正解か?」
「……面白いナ、面白いヨポイズンマスター……うごぶっ!」
クイズの正解発表を待たず、ヴェノムが投擲したのはガラスのカップ。
それがセクィントが大きく開けた口に直撃して、ガラスの破片と血とムカデの卵をボタボタと垂らす。
「お゛ま゛エ゛……!」
「お前と遊んでる暇があるわけないだろ、あいにく武器も何も預けちまったんでな、容赦なくいくぞ?」
「お゛ま゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!」
セクィントが取り出したのは、薬の小瓶だった。
中身は紫色に濁った、明らかに危険な液体。
「させん!」
それを琥珀色の宝石の狙撃で狙うガンビットだったが、セクィントはそれを掌に
握りこんで割れた中身を飲み干した。
「うぶっ……」
ごぷん、と吐き気を押さえるようにセクィントの腹と頬が膨らみ、ぞろぞろと口からはみ出したムカデたちは先ほどより明らかに巨大化していた。
「トモダチ……ボクのトモダチ……」
「……なあヴェノム、あれ本当に召喚魔法か?」
「奇遇だな、俺もそう考えてた……」
「キモいですキモいですキモいですキモいです!」
耐えきれなくなったコロラドが炎の弾丸を放つが、それに対してムカデが蠢くセクィントが毒液を吐いて空中で相殺しあう。
しかしその飛び散った毒液に部屋のムカデたちが一斉に走り寄って、その体を大きくしていった。
「栄養剤か……」
「ど、どうするんですかヴェノムさん! こんなキモいの耐えきれませんよお!」
「もう少し待て」
「待てって……」
「時間稼ぎがまだいるか? ガンビット」
「ああ、もう十分だ。『これ』を使うのも久々だからな、制御に少し手間取った」
ヴェノムとコロラドを守るように、一歩前に出るガンビット。
その体には琥珀色の紋様が奔って、体内の魔力を激しく巡らせていく。
(ガンビット……『白き千片の刃』ギルド長カ。エサにするには旨そうだが、昔はかなり実力のある冒険者だったらしいナ……)
比較的新しい闇ギルドである『蠱業楽園』の長であるセクィントは、その肉体を可愛いムカデたちに明け渡しながらも冷静に思考を回転させていた。
今も自分の口からあふれ出すムカデ達は言うなれば勝負を決する切り札で、最初にバラまいたムカデたちに比べてはるかに制御しやすいレベルに調教を済ませてある。
先に撒いた未調教のムカデで場をパニックにし、良く制御の効いた後詰のムカデで浮足立った脅威を確実に排除する、対多数において最強のメソッドは、未だ機能している。
思いのほか店の動きと外にいた冒険者の動きが良いようだが、既に天井まで這い回るムカデ達はいずれ奥に隠れて脱出できない従業員や今回の本命、スカーレットを襲うだろう。今目の前にいる三名を殺してしまえば、あとは煮るなり焼くなり虫の苗床にするなり自由にできるはずだった。
聞こえてきたあの悲鳴を想えば、彼女を捕らえたあとどう『使う』か夢が膨らむ。
苗床にするのも良いが、地下室にでも閉じ込めて無理やり意識を残したまま生かしてやるのも面白い。
肌の上を虫が這い回る時に女が上げるその悲鳴と恐怖が良い『子』を育んで、より優秀な蟲たちが世界に旅立っていくのだ。
「……気色悪い夢を見ているところ悪いが、来ないのか?」
「アハハ……何を言っているんダイ? ボクは臆病者だからネ、みんなが協力してくれるのを待っているのサ」
「……」
状況は、対峙して剣を抜く直前の剣士に近く見えて、実のところは極端にガンビットが不利だった。
ヴェノムの一撃で生産スピードは落ちているものの、それでも服の下や口から未だムカデは増え続ける。
先ほどの牽制で飛び散った液体もムカデを太らせ、店の中は線を引いたようにムカデのいるエリアと無事なエリアに分かれていた。
「さぁて、あとどれだけでいっぱいになるカナ?」
飽和したムカデがどこに向かうのか、今更理解していないこの場の面々ではない。
しかしいつでも炎を撃てる状態のコロラドに対して、ヴェノムの表情には余裕があった。
(挑発には無反応、そしてあの余裕……隠し玉があるのはガンビットに見せかけてヴェノム? さっきの情報を知っていて何もしないわけがナイ……しかしアイテムの取り上げられた毒使いに何かができるとも思えナイ)
有利な手を重ねて得たアドバンテージは絶対のはずだった。
しかしヴェノムとガンビットの反応の薄さがあまりにも不審で、セクィントはさらにムカデを生産し続けることしかしなかった。
そもそも秘密主義のこの店にガンビットが何かを持ち込んだとして、せいぜいが最低限の護身用のペンダント程度のはず。今輝いている空中の宝石も、先ほどの威力からしてそこまで脅威とも思えない。
そう思考を巡らせた瞬間、
「時間切れだぜ蟲野郎」
ヴェノムがそう言って、光のカーテンが店内に閃いた。
「!?」
じゅん、と音がして、部屋の三分の一のムカデが動きを止める。
頭を正確に焼かれたムカデは動きを止め、その死骸を食うために残り三分の二のムカデが移動を始めた。
「ま、待てお前ラ!」
「遅い!」
「な、ギャッ!」
流星のように琥珀色の光が奔り、セクィントの頬に何かが入る。そして熱い爆発が口の中で起きて、舌に描いた魔方陣が焼き消された。
「うご、え……ぼまえ゛……」
「動くならもう少し早くすべきだったな。お前がお友達を増やしている間に、こっちは《《魔力充填とターゲッティングを完了したぞ》》」
「た……げ……!?」
先ほどまで停止していたのが嘘のように、空中に浮かぶ宝石は光線を放ち続け、正確無比にムカデの頭を潰していく。
24個の宝石でそんな操作ができるわけがない、と理性が判断した瞬間、答えが閃いた。
「クイズとやらのお返しだな。お前が侮ったこの宝石、何だと思う?」
「ま、まじゃが……」
「《《マジックアイテム》》だよ、名は『天穿つ龍の牙』。一つ一つが最高の自動制御を実現した俺の愛用品だ」
説明の間にも宝石は動きを加速させ、いつしか光線すら撃つこともなく、その固さと速度でムカデ達を貫いていく。
そしてそれはまさに正確無比にすべてを片付け、気づけば広間からムカデは消えていた。
「龍の貪欲さに火をつけたな。これ以上食われたくなかったら降参しろ」
「あ、ハ……」
セクィントが、さらに何かの薬を取り出す。
しかしその瞬間、破裂音がしてセクィントの全身に電撃が奔り、炭になったムカデを零しながら膝を折った。
「……ったく、酒の席を邪魔しおって」
そう告げたガンビットが拳をヴェノムと合わせ、笑みを浮かべる。
それが、かつて《《最強の冒険者コンビ》》と言われた二人の現在の姿だった。




