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第40話 操られた英雄たちと、笑う猫の悪魔

 夜の酒場、友人から『怒り』というワードを聞いて、ヴェノムはグラスをテーブルに置く。


「怒りか……久しぶりに聞いたなそれ」

「ああ、俺もその自覚はあるよ。ここ十年、忙しくはあったが平和だったな。久しぶりに腸が煮えくり返った。

 悪い意味じゃないが……この街はいい街だったんだな。ギルド長を続けているだけじゃ、きっとわからなかった。王には本当に感謝しているよ」

「おいおい、飲みすぎるなよ」

「あ、あの……私、お水貰ってきます」


 強い酒をあおったガンビットがグラスを置いて、その顔はどこか目が暗い。

 アルフレッド・ガンビットという人間と長年付き合いのあるヴェノムだったが、久しぶりに見た友人の沈みようにその心中は複雑だった。


「……で、だ。コロラドには席を外して貰ったが……お前、ちょっと抱え込み過ぎてないか?」

「……俺がか?」

「お前じゃなきゃ誰なんだよ、国の代表ギルド、『白き千片せんぺんの刃』のギルド長だろ、なんだお前、急に忙しくなったか?」

「忙しく……まあ、そうだな。良くも悪くも世界が広がった。メーアスブルクと会って以来だよ」


 ヴェノムはノロケかよ、と軽口を叩きたかったがやめた。

 それはヴェノムも自覚があるからなのだが、その自覚にすらヴェノムは赤面したくなる。


「どうぞ、お水です。合間にちゃんと飲んでくださいね」

「おおありがとう。……ヴェノム、お前『も』良い相棒を見つけたな」

「ああ、助かってるよ」

「ええっ、え!? そ、そんなあ、お水を持ってきただけですよぉ〜」


 照れるコロラドだったが、男2名は真剣な表情で酒を口にした。

 その様子を見て彼女も顔から笑みを消して、すとん、と椅子に座り、その尻尾は不安げに揺れている。


「……俺は、ずっと思っていたことがあってな」

「ん?」

「人には『出来ること』があって、その枠の中に『やるべきこと』がある。しかしもしも運命で人の『何をするか』が決められているなら、やるべきと理解したことは『出来ること』のはずなんだ。誰しもが何をするかは『できること』の枠の中で決まってるんだからな」

「あー、昔よく言ってたな……だからやるべきと思ったらすぐ動けって」

「そうだ。自分を信じられる者と信じられない者の差は大きい。ギルドの立ち上げから考えたら、つくづく遠くまで来たと思うよ」

「酒が入って昔話、か?」


 茶化すような言い回しだが、ヴェノムに笑顔はない。


「違う。これからの話だ。お前も気づいているだろう? 今の時代の変化に」


 そう言ってガンビットは黒い小さな魔珠を手にし、続けた。


「映像魔珠は大発明だ、既に時代はコレなしじゃ語れなくなってきた。だが……今まさにここにあるコレは、《《危険》》だ。お前もそれは目の当たりにしただろ?」

「……ああ。こいつはちょっと工夫すれば膨大ぼうだいな魔力を集められる。邪龍の召喚なんて、本来はカルト教団が命懸いのちがけで儀式して行うようなもんだからな……あの時は余裕がなかったが、今ならわかるよ」

「それもあるが、これはそっちじゃないだろう。配信者のお前が、気づいてないハズがない」

「……嫌になるね、お見通しかよ」


 グラスを置いて、ヴェノムは真剣な顔をガンビットに向けた。


「まぁ……お前の嫌いな悪意を濃縮した地獄が、ここにあるわけだからな」

「そしてそれは……」

「《《増え続ける》》。時代が変わっちまったって言葉で片付けるには悪趣味だよな」

「俺は……衝動的にあいつを……クーラを助け出して、気づいたら足がスラム街に向いていた。怒りに任せて行動しただけの俺をあいつらは慕ってくれたが、一歩間違えば……」

「それは結果オーライだろ、気にすんなって」

「……どうだかな」


 今目の前に転がる脱法魔珠は、どこかの誰かを苦しめて撮影した映像の一つにすぎない。

 こうしている間にも、同じような『悪意を濃縮した地獄』――罪なき誰かを苦しめて欲望を満たす映像は増え続けるだろう。


「……お前は、耐えられるのか?」


グラスを空にして、ガンビットが尋ねる。


「お前と違って、抱え込んでないだけだ」

「そうか……そうだな」

「え、えっとあの、すいません」

「?」

「急に話がすごく進んじゃって……あの、ついていけないと言いますか」

「ああ悪い」

「おっと失礼、ついいつもの調子でな……どこから整理しようか?」

「たぶんコイツの理解力だと、魔珠がどう危険かってところからだぞ」

「そ、それくらいならわかりましたよ、カンタンに魔珠で魔力がたくさん集まるんでしょ?」

「それだと話の半分というかそれ以下だぞ」

「ぶー、バカにして……でもすいません、よくわかりませんでした」

「いやいや、俺たちの会話が雑なんだ。気にしないでくれコロラドさん。俺たちが言ってるのは、『映像魔珠のせいでこういうのが加速する』ってことなんだよ」

「加速……」

「難しいかな」

「いえ、少し分かります。そこにある魔珠みたいな……酷い動画が、どんどん作られるってことですよね。これからもずっと……」

「なんだ、賢い子じゃないか」

「お前たまにアホの子じゃなくなるよな」

「アホの子ってなんですか! ……でもそれは分かるとして、じゃあガンビットさんは《《何を我慢してるんですか》》?」

「……」

「……」


 しれっと言われたその言葉に、ヴェノムとガンビットが固まる。


「え? あの……」

「おいヴェノム見誤みあやまったぞ。もしかして俺は見透かされたのか?」

「こいつこういう所あるからなー……でも心配すんな、《《多分今のはコイツじゃない》》」

「あ――」


 その時だった。

 ぞわりとコロラドの体毛が逆立って伸び、白が混ざる。

 それまでの純朴じゅんぼくな雰囲気は消え、小馬鹿にしたような瞳にはみ出した赤い舌、うごめく8本の尻尾であおるような視線を向ける。


「ったく、先刻さっきから見て居れば滑稽こっけいじゃのう、お主ら」

「な、なんだ!?」

「言って無かったっけ。コロラドは悪魔憑きでな、コイツはマサラ 、面倒なやつだが悪霊じゃない」

「そ、そうなのか!? そりゃまた珍しいな……」

「純血の吸血鬼とパートナー組んでおいて何言ってんだ」

「はっ、そうだった!」

「漫才は良い。で、お主ガンビットとか言ったな? あの男……玉座のアイツにたばかられたとはいえ、こうも心を乱すかのう」

「……何だと?」

「おいマサラ、何でここであの王様が出てくるんだよ」


 唐突な人物の名前が挙がって、ヴェノムもガンビットも目つきが変わる。


「何でって、今コヤツが《《こう》》なのは王とやらの手引でコヤツが帝都に行かされたからじゃろ。どうせ『勉強の為に街を巡ってこい』とでも言われ、路銀を渡されたのではないか?」

「なっ……」

「図星か。ったく、お主のようなのは扱い易いわ」

「おい待て待てマサラ、お前はコイツが王のてのひらの上だって言いたいのか?」

「言いたいも何も事実であろうが。お主ら王という存在をめ過ぎておらんか? ほぼ初対面の妾ですらガンビット(こやつ)義憤ぎふんにかられやすく、かつ他者をほだすのが上手いタチなのは一目瞭然いちもくりょうぜんであったぞ。お主ら想像してみろ、もしあの王が、

『極悪非道の帝国はもはや許せぬ!ガンビット、ヴェノム、頼む!協力してくれ!』

 とでも言ったとするぞ、ヴェノム(おぬし)は全力で援護するし、ガンビット(こやつ)はあの吸血鬼と神獣を引き連れてともに戦うのがオチであろ。その後帝国の玉座に座るのが誰か、想像してみろ?」

「う……」

「いやでもしかしそれで、問題は無いだろう!? 今の『あの』帝国よりは……」

「ああそうよ、だからアイツは王の器というわけよな」

「王の器?」

「《《コイツが王ならそれで良いではないか》》……そう他者に思わせれば、それだけで十二分に王のあかしよ。現にこの街の人望(あつ)いガンビット殿も、すっかりこの通りであろ? 問題をあらわにしたまま玉座を狙っても、背中を刺されるのが関の山よ。そういう意味でも愚王のたぐいではないな」

「待て、じゃあ俺達は……」

「それとは知らず、すっかり王のトリコじゃのう、ぎゃははは!」


 ふう、とため息をついて、マサラは全ての話題をかっさらい、ヴェノム達に言った。


「で、どうする? 今更あの王がいた道から外れるか? それとも目を覚ましてやったわらわに感謝しながら、心を入れ替えてあの王の思惑に乗ってみるか?」

「ぐ……」

「ぐぬぬ……」


 にやにやと笑う猫の悪魔に、男2名は悔しそうに顔を歪める。

 正義感の強い男たちが今更どちらを選ぶかは、言うまでもなかった。

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