第39話 どうしてもゆるせないこと
「すいませんでしたスカーレット様!」
少し時間は戻って、夕方手前の時間帯。
駐屯所の宿舎前で、スカーレットに対し、隊員全員が頭を下げた。
一人残らず王宮から預かった刀を布に包んで地面に置いており、これは『どんな処罰でも受け入れます』という意味になる。
それというのも、ヴェノムが連れてきた構成員が自殺した件のせいだった。
「……おまえ達の気持ちはわかった。つらいこともあるだろう。しかし仕方ないさ、マニュアル通りにした結果だ。お前たちを責めたりはしないよ」
「しかしスカーレット様! 他所の連中から『スカーレットのところの隊がまたバカやらかした』とか言われて……」
「そうです! 構成員を死なせてしまったのは私達のせいなのに、ここぞとばかりにスカーレット様が謗られるのは納得行きません!」
実力主義の警備騎士団において、スカーレットを面白くないと思う者は少なくない。もちろん決してスカーレットが贔屓されているということはないのだが、その人柄から街の民に慕われるスカーレットとそれ以外ではどうしても民からの反応が違うのだ。
それを面白くないと思うあまり、お飾りの人気取り団長だと陰口を叩かれることも少なくない。
「それも仕方ないことだ。私の隊が身柄を預かった構成員を死なせた、これは揺るぎない事実なんだ。だから我々がすべきは悪評対策ではなく、我々から死んでまで逃げようとした構成員が何を知られたくなかったのか、そこを調べることだろう」
「調査から降りなくて良いんですか?」
「所長に頼んで、汚名返上の機会は貰ってきた。さぁ非番の者、勤務明けの者はもう帰れ。明日からのパトロールはハードだぞ」
「はい! スカーレット隊長!」
「ありがとうございます、頑張ります!」
涙すら浮かべ、頭を下げる部下たち。
それを前にするスカーレットの表情は凛々しく真剣そのもので、それでいてわずかに満足げな笑みを浮かべていた。
「では各自散開! 単独行動は厳禁だぞ、必ずニセ犬マスクの連中の尻尾を掴んで来い!」
「はい!」
大勢の返事が重なり、主に二名一組で散っていく部下を見届けて、さて、とスカーレットは日の傾きかけた空を見上げた。
「恥を晒すようで気がひけるが、アイツを探すか……なんかアイツに予定があったような気がするが、多分気のせいだな、うん」
実際はヴェノムが明日から帝都に向かうという情報をスカーレットは聞いていたのだが、そのことをすっかり忘れて馬を用意し、街へ繰り出す。
――しかしこの判断が、彼女とヴェノムにとある事件を引き起こすとはこの時誰も知るよしもなかった。
それからさらに日は暮れて、月が夜空に昇るころ。
「すっかり暗くなっちまったな。夕飯にしようぜ」
「夕飯ですか? でもまだ夕飯の買い出しが……」
「このあたりに俺たちでも食える飯屋があるんだよ、腹減っただろ? 行こうぜ」
「そうなんですか!? 行きたいです!」
そうしてヴェノム達が訪れたのは、仮面の看板がかかる店。
『秘めたる美食と酒と出会い亭』と書かれた看板が、光る魔珠に照らされている。
「あ、なるほど」
「いらっしゃいませお客様。ご入店ですか?」
「ああ、2名で」
「かしこまりました、ではこちらへ」
扉ではなくカーテンのかかった入口に案内されると、そこにあったのは何もない待合い室のような空間。そこに一人一人係がつき、店の説明をしていた。
「お荷物はお財布以外預からせて頂きます。特に映像魔珠は見つけ次第退店処分となりますのでご了承を。よろしければこちらにサインと入店料、そして御服の代金を頂きます」
「はい」
「毎度ありがとうございます。それではこちらへ……」
円形の待合い室の一角から通されたのは、何の変哲もない酒場だった。
しかし客は色違いのローブを羽織って仮面をつけ、酒や食事を楽しんでいる。
「ではどうぞごゆっくり」
そう言って係員は去り、新しく入って来た客はヴェノムとコロラドを見て足を止め、しかしすぐに歩を進める。
「やっぱ良いなあこの店は」
「この店なら他人のフリできますからね」
『秘めたる美食と酒と出会い亭』はあまり自分の存在を知られたくない者が利用する変わった店だ。
仮面で目元を隠し、服を借りて、互いを決して名前で呼ばない。
そんなルールで運営されるこの店は、お忍びであらゆる立場の者が来る秘密の人気店だった。
「さ、なんか食べようぜ」
「ですね」
空いた椅子に座り、ベルで係を呼び、おまかせで料理を頼む。
程なくして熱々のピザやパン、サラダが並び、ヴェノム達がそれを食べ終えたころ、見覚えのある姿が現れた。
「あれって……」
ガンビットだった。
詮索は禁止とはいえ、つい目を向けてしまうヴェノムたち。そして向こうも視線で気づいたのか、手を振って近づいて来る。
「やぁ奇遇ですね」
「ですね」
名前を呼べないせいか、他人行儀になる。
「よろしければあちらでお話でも?」
「え? ええ、構いませんけど……」
指差す先は、係員の控える秘密の個室の入り口。ヴェノムとコロラドは顔を見合わせて、首を傾げたのだった。
「いやー奇遇だな。ヴェノム、コロラドさん」
カーテンで区切られた四人がけの机と椅子。秘密の話ができる防音のそこで、いつもの調子でガンビットは言った。
「酒が飲みたくても近頃は王宮の部屋を借りているからな、中々気が抜けんのだ」
「それはいいが……」
「?」
「お前、一人か?」
「そうだが?」
「じゃあ丁度良かった、お前に聞きたいことがあったんだ」
「そうか。酒が入っても問題ないか?」
「ああ」
「……?」
そんなやり取りをして、コロラドが少し不思議そうにヴェノムを見る。
簡単なツマミと酒が並んで、口を開いたのはヴェノムだった。
「お前さ、なんか俺たちに言ってないこと、無いか?」
「……やはりバレたか」
「態度でわかるよ、お前がこんな所に来るのは何か抱え込んでる証拠だからな」
「……個人的なことでな、誰に言うべきか少し迷った」
「迷った……お前がかよ」
「おいおい、俺だって悩むことくらいあるさ……とりあえずこれを見てくれ」
「何ですか?」
小さな机の上に、小さなガラス玉……ではなく、黒い魔珠が置かれる。
真珠程度の大きさのそれを見てヴェノムは気づいた。
「再生用の映像魔珠か?」
「そうだ。ただし『脱法映像』を見るためのな。……中身は見ないでくれ。美味い酒が飲みたいんだ」
「……」
そう言うガンビットの顔は、怒りにゆがんでいた。
「……帝都か」
「ああ。知っての通りこの国も帝都も、映像魔珠で見られる映像は検閲されている。普通はな。しかしこの『黒い魔珠』は、それをかいくぐれる代物らしい」
「……」
「ウチのクーラも、これで知った」
「えっ……」
「『商品紹介映像』ってわけだ。吐き気を抑えるのに苦労したよ……虚ろな目で自分を買ってくださいと言わされる、それでも序の口だ。言わなくてもわかるだろ」
「そんな……酷いですそんなの、そんな映像が残るなんて……」
「……なるほどな。お前の隠してる事がわかったよ」
一口だけ水を口にして、ヴェノムが言った。
「お前、この販売元を潰す気だな?」
その声色に、正義感は無い。
「……ああ、これは俺の……怒りだ」
そう告げたその男、ガンビットの瞳は、暗い怒りに燃えていた。




