第37話 嫌な予感は大体当たる
「……へっくしゅん!」
「風邪ですか、ヴェノムさん」
「いや……誰かウワサしてんのかな。まぁ果物をたくさん食べたし大丈夫だろ」
「美味しかったですねー、王宮御用達のフルーツ!」
「食べすぎて味とか分からねぇよ」
次の日、もはや歩き慣れた迎賓館の幅広い廊下を歩くヴェノムとコロラド。
朝イチでいつもの日課、ハルモニアとの最後の長話を終えて、今日は別の来客とともにいつもの小部屋へ向かう。
「……でも、ハルモニア様が喜んでくれてよかったですね」
「ま、最後だからな」
王女様とはいえ、少女が一人、他国へお見合いに向かうのだ。しかも先日襲われたばかりの少女が、である。
それを考えれば、たかが数日の交流でも力になれれば……と、思わなくもない。
そんな立場の王女、ハルモニアは最終日の今日、今までの甘えぶりを一切隠して、
「今までありがとうございました。良い……本当に良い思い出になりました。ありがとうございます。父に呼ばれているのでしょう? ……お下がりください」
そう言われ、それ以上の言葉は何もなかった。
少しの寂しさがあるが、出来ることはもう、何もない。だから《《こっち》》で出来る限りのことをしようと、ヴェノムもコロラドも決意を固めていた。
そんな折、廊下の角から声がした。
「やぁ、ここで会うのも不思議な気分だね」
「あ、サクラさん」
「え? どこ……あ、サクラさん!?」
「おや良い反応じゃないか。馬子にも衣装ってのはこのことかな?」
出会った知り合い――サクラの格好に二人は驚く。
いつもの白衣にいい加減な髪型ではなく、ちゃんとセッティングした服や髪はサクラの普段の印象をまるで変えていた。
「す、すいません! いつもとは全然違うからその……」
「いいさ、普段からオシャレなんてしてないからね。さ、行こうか」
簡素なドレス姿で足早に歩き、いつもの小部屋に向かう。
そして扉の前の兵士に向かって、
「お世話になっております。サクラです」
「承っております。どうぞ」
と、中にいる者の名前を出さずに入室した。
「やぁやぁ来てくれたか、サクラ所長」
「王のご命令とあらば」
「堅苦しいのは今日は抜きだ、さ、座ってくれ」
「はい」
流石に慣れた様子で言葉を交わし、サクラを筆頭にヴェノム達が席に着く。
「さて、それでは確認といこう。今度の帝都で行われる超☆配信者会議……略して超☆会議なのだが、それを機に私はキミ達に帝都を探って欲しいのだ。ここまでは良いかな?」
その言葉に、ここに集った全員……ガンビット、ヴェノム、コロラド、サクラが頷く。
「そして、ガンビットには先立って行われた各地のギルド有識者会議を利用して、帝都を探ってもらった。もちろん他国の情勢も一緒にな。その所見を述べてくれ、ガンビット」
王に促されて、ガンビットが書類を手に椅子から立った。
「はい。端的に言いまして、帝国は未曽有の危機にあります。その一つは、治安。今はここにいませんが、私の新しい相棒・クーラは、帝都で行われた奴隷の違法売買に出されていた子です。これは言わずもがな、帝都が奴隷の違法売買を止められない状況と言うことです」
「なるほど、そりゃだいぶ末期だね」
「……続けます。そしてもう一つが物価の上昇。市場を回るだけで、かなり物価……特に食料の値段が上がっていたことがわかりました。我々の会議においては食事に何の不自由もありませんでしたが、ひとたび城下町に下れば酷いものです。これは去年の凶作が響いていると考えられますが、凶作による物価上昇と治安の悪化、これが帝都で起きていると思うと、あまり楽観視はしたくありませんな」
「……去年って、凶作だったんですか?」
「今、この王都だって芋ばっかだよ。ウチの王様が食料生産には昔からめちゃくちゃ力入れてるからたまたま景気が良く見えるだけで、よそは結構悲惨らしいぞ」
「詳しいんですね」
「《《冒険者》》なんだから他国のことくらい知ってるよ、最低限はな」
「ひとえに我らが王のご慧眼のお陰だ」
「言うてくれるな、たまたまだ。それで話を戻すが、つまるところ知るべきは帝国の寿命ということになる。生き延びるアテがあるならよし、無ければ帝国と手を切ることも考えねばならない」
「……」
シビアだなあ、とヴェノムは思うが、もちろん口には出さなかった。
世の中と言うのは《《そう言うもの》》で、帝国が泥船ならそれに乗るわけにはいかない、それだけの話だ。
「……それで、具体的な動きはどのように?」
「まずサクラ所長には我々の警護の指揮を執ってもらう。先日我が娘も襲われたことだしな。今も虎視眈々《こしたんたん》とよからぬ輩がこの王都に跋扈しているのだろう。そのあたりの成果はどうかね?」
「正直、芳しいとは言えません。先日このヴェノムが捕縛したどこかの構成員も、麻痺から覚めた後に一通りのことを話してから服を飲み込んで自殺しました。おそらく証言はでたらめでしょう」
「……アイツ、死んだのか」
「寝起きで素直に話すもんだから、模範囚の牢に移したとたんにトイレでね。甘く見ていたよ」
「そこまでの忠誠度とは……これは手ごわいな」
サクラだから嘘と見抜けたものの、さらに自殺までためらいなく行われる忠誠度。
違法な奴隷の売買が行われる帝都に対して、敵はあまりにも危険だった。
「当然、このあたりに仲間の影も形もない。そもそも『毒華の茨』の使っていた犬マスクをしていたから、仮にスラム街で見られていたとしても残党と思われただけだろう。一応この王都の警備も増やすが、かなりの数をハルモニア様方とガンビットさんの方に割くことになる」
「ウチの方は自前で済ますというのは?」
ガンビットが提案したが、いや、と即座にサクラが拒否した。
「それはダメだ、他所からの参加は少ないに限る」
「なるほど」
「ではまとまったな。ガンビットとサクラ所長、ウチの愛娘のお見合いの警護、よろしく頼むぞ」
「はい」
「身命を賭して」
かくして話はまとまり、残るはヴェノムのみ。
「で、自分たちは何を?」
「まずは超☆会議だ。最悪そちらに参加してくれるだけで他国のパワーバランスや裏事情くらいは見えるだろうが……何を優先して探るかな」
そう王が頭をひねると、答えたのはガンビットだった。
「私としては、帝国への忠誠心……その《《空気》》を知りたいですな」
「空気?」
「スラムに、もはや帝国の威光はなかった。誰もが日々を諦め、なすがまま……そんな空気が街にあるかどうかを知りたい」
「……なるほど」
「帝国をどう思いますかーって、街の声を集める感じですか?」
「地味だけどそれが一番確実だろうね。そして、それをやるならヴェノムくんみたいな配信者が適任だよ。庶民目線に立てるのはこの中じゃ君たちだけだ」
「……庶民目線ね」
初手死体晒しをした配信者なんだけど大丈夫かな、とヴェノムは思った。
「頑張りましょう、ヴェノムさん!」
かくして話はまとまり、明日からに備えて各自準備をすることになった。
顔布で変装したヴェノムたちは街に降りて大通りを歩くが、ふとそこで気づく。
「……ん? なんですかねあの看板」
「看板?」
「ほら、あちこちに同じ看板が……あ」
「あ?」
――ついにあと1ヶ月!超☆配信者会議をみんなで観よう! 魔珠を買うならブリージ商会! オトクなキャンペーン実施中!
そう書かれた看板が、あちこちの建物に掲げられている。
「……なんか、嫌な予感がするな」
「わかりました、多分それ……」
「あ、ヴェノムさんじゃないですか!」
「げ」
馬車の音を響かせて、振り向けばヴェノムたちに手をふる男がいた。
「やっぱりお前か……」
そこにいたのは、タヌキの獣人ブリージ・キラスタ。
満面の笑みを浮かべた商人は、明らかに期待の眼差しでヴェノムたちを見ていた。




