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第35話 この街にはファンがいっぱい

 ヴェノム達が謎の犬マスク達を倒している頃、王宮では昼食の時間となっていた。


「それでね、ヒーロー様は単身で闇ギルドの本拠地へ乗り込んで……」

「あの、僭越せんえつながらこのくだり、もう8回目ですわよ王女様……」

「あきた」


 部屋にいるのはハルモニア、メーアスブルク、クーラ、そしてサマネルの4名。

 女性だけで弾む話もあろう、という王の気遣いからセッティングされた食事会だったが、実際はハルモニアのヴェノムトークが9割だった。

 初日こそ微笑ましく見ていたが、流石に3日も続けば苦痛になる。しかし本番はここからで、


「ハルモニア、その話はもう聞きました。なかなか面白いとは思いますが、同じ話ではお客様が飽きてしまうでしょう? ガンビット様の英雄譚も聞きなさい」


 ヴェノムトークが終われば、次はガンビットの話が待っているのだった。

 ちなみにこのパターンは夕食も合わせて7回目である。


「むぅ、お母様のお話って長いんだもの」

「今回は秘蔵の一話ですよハルモニア。メーアスブルクさん達も興味がおありでしょう?」

「ええ、とても」

「マスターのおはなし、まだあるの!?」


 目を輝かせるクーラだったが、メーアスブルクは内心で、

(また吟遊詩人特有の装飾がされたお話でしょうね……)

 と、半ば呆れて笑みを浮かべる。


「あの方が故郷に残してきた幼馴染の……」


 しかしそう口にした瞬間、


「その話詳しくお願いしますわ!」


 高貴なる純血の吸血鬼は、魚のように食いついたのだった。


 ――そして場面は変わって、騎士団の駐屯所。


「おい、何だそれは」


 その入り口で、気絶した犬マスクを担いでやって来たヴェノムを兵士が止めた。


「こいつに襲われたから返り討ちにした。サクラさんいるか?」

「なんだお前馴れ馴れしいな。大体、本当に返り討ちにしたのか? お前達が襲ったんじゃないという証拠がどこにある?」

「映像魔珠で撮影してます」

「ふん、用意の良い……ってぇその魔珠は! もしかして不可侵のヴェノ……うごごご」


 手で兵士の口部分を塞ぎ、通行人にバレないよう言葉を止めた。


「黙れ騒ぐな、さっさとコイツを放り込む部屋を教えろ」

「は、はい分かりました!」


 そう言って、駐屯所の中に駆けていく兵士。


「……つくづくこの街の兵士は危なっかしいな」

「今のは仕方無いですよ」


 それを見て、いつものようにヴェノムはぼやいたのだった。


「お、ヴェノムじゃないか!」


 するとそこへ、聞き覚えのある声。

 振り向くとそこには、訓練着を着たスカーレットが、大勢の女性兵士を引き連れてこちらへ歩いてきていた。


「なんだそれは。あっわかったぞ、マスクからしてこの間の闇ギルドの残党だな!」

「っていう風にバカを騙すために変装した、どこかの誰かだな」

「なるほどそうか。一発殴らせてくれ」

「スカーレット様、そちらの方は!?」


 殴りかかろうとしたスカーレットを牽制している間に、女性兵士の一人が尋ねる。


「ああ、不可侵のヴェノムだ。配信者のな」

「えっ……あの!?」

「家に近づく者を殺しては干して飾るヴェノム!?」

「襲ってきた盗賊を馬に踏ませて殺すって噂の、不可侵のヴェノム!?」

「ポイズンベアーを毒殺して遊ぶって噂のヴェノム!?」

「闇ギルドの女ボスの顔を焼いて、復讐に来たのを返り討ちにしたヴェノム!?」

「とんでもない噂になってますね」

「もう修正する気にもならん」


 ヴェノムがそうぼやくと、スカーレットとの間に無理無理割り込むように女兵士が入ってきた。


「スカーレット様に何の用よ!」

「スカーレット様はね、闇ギルドが召喚した邪龍を倒した英雄なのよ!」

「ポイズンマスターだかなんだか知らないけどどっか行って!」


 そして騒ぎ始めるが、ヴェノムはつまらなそうに返す。


「じゃあその闇ギルドのカッコしたアホを引き取ってくれ、襲われたから返り討ちにしたんだ」


 縄で縛られて地面に転がされた犬マスクを指差すと、女兵士たちはぐぬぬ……と歯を食いしばる。しかしスカーレットに視線で促されて、


「ご協力感謝します!」


 と、決まり通りに敬礼した。


「ヴェノム」

「ん?」

「サクラさんに会わせてやる。多分今頃なら研究だろう」

「わかった、行こう」

「し、失礼します……」


 コロラドだけが頭を下げ、ヴェノムたちは駐屯所の中へ入っていく。


「すまんな、ウチの礼儀知らずどもが」

「俺のやり方なんて、嫌われるのが普通だよ」

「毒使いだから、か?」

「いや……そうじゃなくてさ」


 寂しそうに、スカーレットが言う。

 それに対してヴェノムは諦めたような顔で、


「初配信でいきなり死体と家を晒す奴にはあれくらいの反応が普通かな……って」


 そう言った。


「やあヴェノムくん、最近よく会うね。なんかあったのかい?」

「それがですね、さっきちょっと通り魔に襲われまして」


 かくしてスカーレットに案内されて、研究室に通されたヴェノムとコロラド。

 通り魔に襲われた、と聞いてもフラスコを眺めるその顔は変わらない。


「ふーん、人気配信者も大変だねぇ」

「それが犬のマスクしてたんですよ」

「それ早く言って。10番の反応を見ておいて! 用事が入った!」


 白衣を翻し、『10』のシールが貼られたフラスコを置いて歩き出すサクラ。

 硬質でくすんだ金髪を後ろで2つに結んで白衣に眼鏡をかけた小さな女性エルフは所長室へと無言で歩き、来客用の椅子にヴェノム達を座らせた。


「話を聞かせてもらおうか、今度は何があったんだい?」

「通り魔に襲われたんだろう?」

「通り魔って言っても、王宮絡みなんですよ。先日送った手紙の通り、俺たちの次の仕事は帝国を探ることなんで……おそらくその件で」

「ちっ、面倒だなー」

「……あの、サクラさん、私達の仕事の話を知ってたんですか?」

「え?」


 あまりにも早く進む話に、コロラドがつい言葉を挟んだ。


「言ってなかったっけ、毎日俺、ここに手紙を出してたろ」

「そう言えば毎日駐屯所に手紙は出してましたけど……この件って、バラしてよかったんでしたっけ?」

「別にバラしてないだろ、サクラさんもこのスカーレットも、《《口の堅さは信用できるぞ》》」

「……えっと?」


 言葉の意味が今ひとつ理解できず、首をかしげるコロラド。


「いやだから、口が堅いんだから、俺がこっそりこういう話をしてもバレないだろ? って話を……」

「バレなければセーフ理論!?」

「人聞きが悪いな、リスク管理だよ」

「い、良いんですか……?」

「良いも悪いもないよ、言葉通りリスク回避さ……大体、『毒華の茨』の件だって完全に解決してないんだからね」


 自分で淹れた紅茶を口にしながら、サクラは言う。


「そうなんですか?」

「邪龍を召還するにあたって魔珠を集めるときに、明らかに《《毒華の茨以外の闇ギルド》》も協力してたんだ。それ自体は金だけが目的ってこともあり得るんだが、協力した連中が、よその《《王都》》に所属してたら話は別だ。国家転覆を狙う闇ギルドなんていくらでもあるけど、王都同士も仲良しってわけじゃないからね」

「闇ギルドを利用して他の王都を弱らせて吸収合併ってのは、例が無いわけじゃないんだよな……昔、ギルドにいた時に護衛クエストを受けたら、商隊を襲ったのが他の王都からの依頼を受けた闇ギルドってことがあったよ。商隊に大損させて、自分達の息のかかった商人に商売させるつもりだったらしい」

「……帝国が、それを許すんですか?」


 現在のこの大陸では帝都が王都の長であり、それ以外の王都は立場が同じのはずだ……とコロラドは考える。しかし周りの面々は、立場に関係なく――というよりむしろ《《立場をひっくり返そうと画策して》》悪事に手を染める存在を見てきた。


「そりゃ大っぴらにはできないよ。でも世の中の建前ってのは全て裏がある。明らかに他の王都の植民地になっちゃった王都も、少なくないよ」

「そうなんですか……」

「てなわけで、犬マスクってことは『毒華の茨に協力した別のギルド』の可能性もある。ぜひ捕まえたいし、もちろんヴェノムくん達の身の安全も守るよ。で、犬マスクはどこかな?」

「私の部下たちに、牢屋に運ばせました」

「そうか。なら後で取り調べだな」

「はぁー……ありがとうございます。色々考えてるんですね、ヴェノムさん」

「これくらいのことはガンビットもやってるよ。所詮、自分の身は自分で守るしかないしな。あっちだって俺たちを切り捨てる判断をすることだってあるんだ。おあいこだろ」

「……なんていうか、色々思惑があるんですね」

「そりゃそうさ。みんな利益が欲しいんだよ」

「まったく嘆かわしいな! 社会と言うのは!」


 珍しくスカーレットの言葉に、誰も反応しなかった。

 ……それはその言葉が何も言うことがないくらい、正しかったからだろう。


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