第33話 王と、それを統べる帝王
――王都カキョムの王、リョウゼンは基本的に放任主義である。
王とはまず民を飢えさせぬ者、という比較的庶民目線な志を抱き、食料問題に関しては口を出すものの、治安や風俗については権限を貸した大臣や貴族任せ、というのが常だった。
丸顔に大きな腹、若々しい……というよりは童顔な顔つきで背も低く、普段から畏怖や恐怖からは縁遠い姿。
「何をしておったのだ馬鹿者どもがあああああああっ!!」
……だったのだが、この日は迎賓館中に響き渡る大声が、何年かぶりに兵士達を恐れさせた。
「ハルモニアが勝手に一人で外に出て拐かされかけた挙げ句、兵士どころか前王すら気づきもせず、母親はそれを門番から伝え聞いただと!? 貴様らいつからこの国を滅ぼすつもりになった!」
謁見の間の玉座に座して、杖を手に叱責する王と、それを土下座しながら受ける前王と妃。
「すまないこのとおりだ、許してくれ息子よ!」
「申し訳ございません。このサマネル、如何ような咎めもお受け致します!」
「当たり前だ! カキョムの王として命ずる、貴様らはこれより《《半年》》、余の許しなく部屋から出ることを禁ずる! 鞭で打たれないだけありがたいと理解しろ!」
「はい! 寛大なご処置に感謝致します!」
「すまない、本当にすまない!」
「見苦しい! 下がれ!」
そうして王妃と前王はとぼとぼと部屋を去り、謁見の間には王と両脇の兵士、そしてヴェノムとガンビットたちと、ヴェノムの傍らで震えているハルモニアが残された。
「まっっっったく浮かれおって! たかが平和で芯までボケたか! 嘆かわしい!」
言い捨てて、手の仕草で両脇の兵を下げさせる王。
兵がいなくなったのを確認すると、直立したままのヴェノムたちに足早に寄った。
「恥を晒したな」
「いえ……」
「そんな、恥などと……僭越ながら、見事なお裁きでございました」
「いや恥だ! ハルモニア!」
「は、はひ……」
泣きそうな顔つきの少女に王が近づき、その体を抱きしめる。
「怖かったろう、だからあれほど日頃から気をつけろ、街を甘く見るなと……お前にはあえて咎めは無しだ。ただし母と祖父に毎日顔を見せてやれ……出来るな」
「はい、お父様……」
「……分かったら去れ。今日はゆっくり休むと良い」
「はい」
そうしてハルモニアも部屋を去り、後に残された王は、指で別の方向を指した。
「……空気が悪い。場所を変えよう」
そう言って案内されたのは、別の小さな部屋だった。
と言っても扉前に兵士は立ち、侍女や執事がずらりと控え、長方形の机の上座に王、その両脇にヴェノムたちとガンビット達が並んで椅子に座る。
「好きに食べてくれ、自慢の焼き菓子だ。返す返すも助かった。礼を言う。今はあの子の父としてな……」
「……身に余る光栄です」
社交辞令で菓子を口にしたヴェノムだったが、眼を見張るほどに美味かった。
「私は何も。むしろ王都を混乱させ……」
「英雄一人で乱れる市井などそれこそ政治の問題だ。謙遜してくれるな。で、ガンビット……彼は話の分かる者か?」
「はい、例の話は済ませてあります」
その言葉に、ヴェノムは菓子を飲み込むせいで少し反応が遅れた。
「……ガンビット? ちょっと待て何の話をしてる?」
「何って、お前に話したのは例の超☆会議の話くらいだろう? ならばそれしかないじゃないか」
「急転直下がすぎるだろ、俺はあの子……ゲフンゲフン、王女様をお連れしただけだ」
「それなら褒美は後で渡す。しかし話は違うのだというのも、今回のガンビットの帝都行きには私の密命を授けてあってな」
どんどん進む話に焦りを覚え、ヴェノムは慌てて首を振った。
「いえいえいえ、王様? 僭越ながら、まだ私は何も聞いておりませんが?」
「そうであったのか。しかしもう話してしまったぞ」
「どうせ超☆会議には行くのだから同じではないか」
「話が早すぎませんかね、話の展開が!」
「事は急を要するのだ。とにかく聞いてほしい」
「……はぁ」
ため息のような納得のような諦めのような声を上げて、まずヴェノムが見たのは友人。
「お前の力が必要なんだ、ヴェノム。仕事を引き受けてくれないか」
「……その頼み方ならお断りだな」
「ん?」
その言葉に、納得したような顔をして王が指を鳴らそうとした。が、
「勘違いするなよ、褒美とかじゃない。ガンビット、分かっていないようだが配信者ってのはな、パートナーがいるんだよ。その筋は通して貰うぞ」
その言葉に、王は指を止める。
「あ……すまない、コロラド殿にも合わせてお願いする。急な話で悪いが、聞いては貰えないだろうか」
「わ、私ですか? 私は……その、急ですけど、ただならぬ雰囲気ですし、どちらにしても超☆会議? には行きますから……お話、伺います」
「俺の考えも全く同じだ。言い直せ、ガンビット」
「……お前《《達》》の力が必要なんだ。頼んでいいか?」
「お前の案件なら請けるよ、喜んでな。良いか? コロラド」
「もちろんです!」
眩しいほどの笑顔でコロラドが笑って言った。
「じゃあ改めてその密命とやらを聞かせて欲しいな」
「それは余が話そう。……まず確認なのだがヴェノム、お主は帝都をどの程度知っておる?」
「……帝王エーサル様が治める、大陸全ての王都の頂点ですよね」
「そう。我々は王都の定める範囲で軍事活動や貿易、政治を行っておる。従わねば王は王としての権力を失い、他の王都との交易を禁じられ、軍事力で滅ぼされる……この大陸の仕組みだ」
「それが……何か?」
それくらいなら、少し賢い子供でも知っていることだ。
「問題は、それ自体を行うだけの『力』が帝都にあるのか、ということだ。帝都に限らず歴史上、数多くの国が滅んでおる。それこそ帝都のような圧倒的軍事力で他国を従わせた国はな、《《過去にいくらでもあった》》のだよ」
そこまで匂わせるように言われ、ヴェノムは察する。
「話は読めましたよ。つまりこのガンビットは、《《帝都が滅ばないかどうか》》、調べてきたわけですか」
「うむ、まさに然りだ。帝都という『船』は大きく今も数多くの王都を乗せているが、それが泥舟ということであればいち早く降りることを決めるのが王の責務であろう。で、どうだった? ガンビット」
「……率直に申し上げて、かなり危ういかと」
そう告げるガンビットはクーラを見た。
「ほう」
「以前より治安の悪い地域がかなり広がっておりました。この子――クーラを売買するような場所も一つでは無いでしょう。つまり帝都の膝元に、悪人の跋扈を許してしまう土壌がある。物価も高くなりましたしね、おそらく交易関係に何かが噛んでます」
「ふむ……止まらなそうか?」
「まだ何とも。流石に帝都が何もせず見ているだけというのは無さそうですが……と、そこでヴェノム、お前の出番というわけだ」
「超☆会議のついでに、帝都の動きを見て来いと?」
「そう。それで帝都がどうしようもなく腐っていたら、離れるのみよ」
「わかりました、及ばずながらやってみます」
かくして話はまとまり、数日後にヴェノムは帝都へ出発する予定だった。が、
「ヴェノム、王宮に来てくれ!」
――この国の王女ハルモニアに、縁談が来たのはそんな頃だった。




