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第32話 王都カキョムの王宮より

「お母様お母様! ガンビット様がお帰りですって!?」


 快晴の日、王都カキョムの中央にあるカキョム城。その一室でバルコニーから双眼鏡を覗く女性に向かって、小柄な少女がドレスの裾をつまんで駆け寄った。


「全く、誰からそのようなことを。そんなものは誤報です。帝都からここまでどれだけ距離があると思っているのですか」


 それに対し双眼鏡を覗いたまま、少女の母らしき女性は言った。その言葉にはどこか高貴さと落ち着きがある。


「馬車で半月! でもガンビット様はせっかちだから、高速馬車とか使うに決まってるわ!」

「ふふふ、まだまだ彼の者を理解していませんね、ハルモニア。彼の者はまさに規格外、ドラゴンに跨って帰ってくることもあり得ないとは言い切れませんよ」

「そうなの!?」

「おやおや……はしたない声がすると思えばやはりですか」


 老いた男の声がして、少女が振り返ればそこには執事長の男性が立っている。


「セバスチャン!」

「王妃様もほどほどになさらねば、旦那様が嘆きますぞ」

「泣かせておけば良いのです。あれで実はあの方も彼の者のファンなのですから。ちょっと妬かせるくらいが熱い夜の為には丁度……」

「熱い夜? お母様、氷魔法つかえるはずよね?」

「ハルモニア、今のは大人の話ですよ」

「私も16です! 結婚すらできる歳です」

「あのねハルモニア。何度も言っていますがそれはお父様……国王様が許しません。貴女はこの国を継ぐかもしれない身、おいそれと結婚など口にしてはいけませんよ」

「……はい」


 双眼鏡を外した母親の顔は穏やかだったが、内に籠もる気は強い。


「全く、おてんば娘もかたなしですな」

「セバスチャン、不敬よ! 私はおてんばなんかじゃないわ!」

「ほほほ、これは失敬いたしました」

「ハルモニア? 耳の痛い言葉にこそ良き未来への道筋があるのですよ?」

「もー! バカにしないで!」


 笑い声の響く室内は、国一番に豪奢な妃の一室。


「あらご覧なさい2人とも。私の言った通り、国の大英雄がお越しよ?」


 言われて即座にセバスチャンは2つの双眼鏡を取り出し、ハルモニアは椅子に上ってバルコニーから外を見た。


「わあ、何あれすごい!」


 そこには、大勢の民に囲まれる英雄がいたのだった。


(……でも、やっぱり私には……)


 ――場所は移って王都の入口。


「おい頼む、通してくれ!」

「ガンビットさーん! こっち向いて!」

「お帰りなさい、ガンビットさーん!」

「マスター、とおれない」

「いくらなんでも多すぎですわ……」


 入口すぐの大通りで、ガンビットは民衆に囲まれていた。

 住民が住民を呼び、もはや分厚い壁の輪と化して動けないガンビットは、肩車したクーラとコウモリに化けたメーアスブルクを頭に乗せて困り果てている。


「こりゃ流石に危険だな、ウチの騎馬隊を出そう。パトロール隊も何やってんだか……後で説教だよ」

「早く逃げといて正解だった」

「ったく、だから街は好かん」

「すごいですね……」


 魔珠でサクラがどこかに連絡し、群衆から離れたところでヴェノム達はそれを見ている。

 しかしそれからさほどしないうちに響いたのは、ラッパの音だった。


「え、この音……」

「ウチじゃないぞ」


 大通りの奥から緩やかに坂を降りてくるのは、白馬に引かれる白の馬車。

 前と後ろに5騎ずつの黒の騎馬を引き連れて現れたのは、王族専用の馬車だった。


「お、王宮の馬車だ!」

「どけ! 散れ!」


 バラバラと群衆は散り、大通りに残ったのはガンビット達とその正面の馬車のみ。

 まず窓の外に全身鎧の騎士が立ち、その後に老いた細い腕が開いた窓から現れる。


「ガンビット! よくぞ戻った!」

「おお、前王様!」


 老人の名はゼゼン。

 5年前までこの王都を治めた王で、今は隠居の身である。そして同時に、ガンビットのファンを公言する身でもあった。


「いやぁ〜、久々に街に出てみれば我が英雄が大ピンチではないか! 助けに来たぞ英雄どの!」

「助けられましたな」

「ゼゼン様だ……」

「久しぶりに拝見したよ……」

「こらっ、そこの者通りに踏み入るな!」


 このカキョムの法では、王族の通行は妨げてはならないとされている。

 民衆は大通りの車道から離れて、まるでパレードの一場面のようだった。


「それで、どうじゃな? ワシの家で旅の話でも聞かせてくれんか」

「ええ、喜んで」

「フォフォフォ、すまんのう皆の者! それではさらばじゃ!」


 そう言うと前王はガンビット達を馬車に乗せ、去っていってしまった。

 残された群衆はいきなりのことにポカンとしながらも、パラパラといつもの生活に戻り始める。


「あれがガンビット様……」


 しかしその中に、路地の角からその様子を見る影があった。


「お祖父様が連れて行っちゃったけど、なんかやっぱり……むぐぅっ!?」


 顔を隠した小柄な少女の口に、布が押し付けられる。必死で抵抗する少女だったが見る間に力が抜け、その場にへたり込んでしまった。


(何これ……口が動かない!? だ、誰か……!)

「おい早くしろ、連れて行け!」

「いやコイツがいきなりしゃがむから……あっ!」

(やだ! やだ! 嫌だ!)


 どう考えても善良ではない男たちの声を耳にした少女は、震える足で積まれたゴミ袋を飛び越え、路地裏へと逃げ込んだ。

 叫ぼうにも動かない舌に戸惑いながら、どうにか必死で路地裏の出口を目指す。


(助かっ……)

「へへへ、お疲れさん」

「!」


 しかし男たちは、このあたりを知り尽くしていた。


「身なりは上等だな、顔も悪くねぇ」

「高く売れますね!」

(う、売れる!?)


 およそ普通なら人間に対して使わない言葉に、少女は驚愕する。そして『そういう扱いをする』男たちだと知った瞬間、さらなる恐怖が彼女を襲った。


「ま、次は気をつけるんだな」

「次はもう無いけどな!」


 少女は壁を背にへたり込んで足は震え、路地裏の奥にも正面にも凶器を手にした男たちがいて、じりじりと距離を詰めてくる。その頭には、今までに伝え聞いた悲惨な女性の末路が描かれていた。


(あ……私、もう……)


 気を失いそうな絶望が、彼女を包んだその時だった。


「何してんだお前ら」


 声がして、男たちが振り向く。


「誰だおま……ひいいい!? ヴェノム様!?」

「ヴェノム様だ!」

「ち、違いますこれはその、」


 少女があれほど恐れた男たちは途端に慌てふためき、


「は?」


 の一言で全員が直立する。


「申し訳ありませんでしたぁっ! しちゅ礼いたしましゅっ!」


 盛大に言葉を噛んで、男たちはネズミのように逃げ去って行った。

 ったく俺は魔物かよ、とぼやきながら、少女を救った男は少女に手を差し伸べる。


「大丈夫かよアンタ、立てるかい?」

「もう安心ですからね、私達と一緒に帰りましょ。お家はどちらですか?」

「あ……あ……!」


 少女は何かを言いたげに開けた口を指し示すばかりで、言葉にならない。


「……あー、麻痺毒だなこりゃ。シビレライ麦を焼いた粉だな、くそ、この辺に水が飲めるところは……」

「水筒ならあります!」

「でかした。これを口に入れて飲ませてやってくれ」

「はい、あーん……ゆっくり飲んで下さいね」


 ヴェノムが何かの葉を一枚渡し、それを握り潰したものをコロラドが少女の舌に乗せる。そして水を飲ませると、


「げほっ、けほっ……ああっ、あ……こ、声が出る!」

「そりゃ良かった。じゃあ俺達はこれで……」

「ヒーロー様!」

「は?」

「貴方、ヒーロー様だったのね! お願い、お礼がしたいの! ウチに来て!」

「え……え?」

「ど、どうしますかヴェノム様……」


 がっしりとヴェノム達の服を掴んだ少女は、絶対に離さない鋼の意思を瞳に宿していた。


「……しゃーない、行くか」


 そして彼女が王宮についた時、


「何だ、ヴェノムじゃないか」

「ガンビット……また会ったな」


 王宮の庭で、ヴェノムとガンビットは再会したのだった。


「ハルモニア様じゃないか……ヴェノム、お前何した?」

「……人助け? したらここに連れてこられて、門を通れたんだがどうなってる」

「そりゃそうだろう、その方は我らが王の一人娘だぞ」

「……ん?」

「マスター、ここなに? すごく広い」

「静かになさい犬っころ」


 入館の許可を待つ二人は、迎賓館の大きな扉を見上げている。

 そしてヴェノムの腕にしがみつく少女、ハルモニアを、何となく不満げな目で見ながらコロラドがヴェノムの後ろに控えていた。そして扉が開くと、


「どうぞ、お進みください!」


 高らかに兵士が声を上げて、旗を持った全身鎧の騎士達が道を作った。

 そして中に入ると扉が閉まり、


「ガンビットぉお!」

「ハルモニア!」


 前王と現妃が、揃って駆け寄って来たのだった。

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