第30話 ポイズンマスターとその相棒の平和な1日
王都カキョムから少し離れたその森の中には、有名な配信者の住む家があると言われている。
その配信者の通り名は、『不可侵のヴェノム』。
街に邪龍を召喚しようとした闇ギルドを壊滅させた英雄は、毒の花に守られた家に住み、あちこちの魔物を討伐しているらしい……という噂でもちきりの配信者だ。
かつてはミノタウロス、動画ではポイズンベアーを倒し、毒抜き料理も出来る文字通りの【毒使い】。どこかの商会と専属契約を結んだらしい彼は、今何をしているのか。彼が動画で言わせた『来週』に、何が起こるのか、知る者はまだいない――
「――いや、何も起こらんじゃろ」
ばさりと新聞を机に投げて、ヴェノムの師匠、エイルアースは言った。
改築したヴェノムの小屋は少し大きくなって、家と呼んでも差し支えない程度。
庭に希少な毒草が生え揃い、哀れな泥棒たちの墓が並んでいることを除けば傍目には普通の家だった。
「おかげで構成員たちも我先に自白したよ、ハンバーガーを配るだけでとんでもない効果だったね」
「さぞパニックだったじゃろなあ」
「取調べ室で『よく話してくれる気になったね、水をあげるよ』って言うだけでもうすぐに飲み干してベラベラ話しましたよ。解毒薬じゃなくて飲ませる自白剤入りなんだけどなあ」
満足げに腕組みした騎士団駐屯所の所長、サクラは笑みを浮かべて、黄金色の紅茶を口にした。
「当たり前じゃ、毒ニワトリもレタスモドキもシビレライ麦もポイズンベアーも、毒抜きなぞ知っていれば容易い。しかしよく問題にならんかったのう」
「あはは、普通のハンバーガーを作らせて、普通のハンバーガーを配っただけですからね。追放処分にすればそのうち騙されたことに……あれ? 気づくチャンスが無いのかな? まぁ良いか」
「流石ですご主人様、しれっとエグいことをさせたら最強ですね!」
「褒めてんの?」
「はい!」
「あ、そう……」
そして家の主、コロラドとヴェノムがいつものようなやり取りを繰り広げる。
街の喧騒から離れた穏やかな時間のやり取りを横目で見て、エイルアースが口を開く。
「というかヴェノム、いい加減そのご主人様とか呼ばせるの止めたらどうじゃ」
「僕も騎士団員のトップとしては気になるんだよね。愛情表現や法律はともかく風紀的にさ、とっくに奴隷じゃないんだろ」
「俺もやめさせたいんですけどすぐ戻るんですよ。呼び捨てさせてもなかなか……」
そう返したヴェノムに、エイルアースが呆れた顔浮かべる。
「お主な、そういうのは段階を踏め。まずはさん付けとかで良いじゃろ」
「あ、そっか……どう? コロラド」
「わ、わかりましたご主人さん……」
「そっち残すなよ、ヴェノムさんとかで良いだろ」
「はい、ヴェノムさ……ん!」
「まだ様づけされそうだな」
今ひとつ不満げなヴェノムを見て、コロラドは顔を曇らせる。
「ご主人様呼び、そんなにだめですか?」
「そりゃパートナーなんだから、そういうのはなんか遠く感じるだろ」
「えっ……? パートナー……?」
「それ以外の何なんだよ。お前が俺の唯一無二の相棒なことが、何か変か?」
「い、いえ……」
顔を赤らめてもじもじするコロラドに、紅茶を一気飲みしたエイルアースが叫んだ。
「かーっ紅茶が甘い!」
「若者を茶化すのは老化の始まりですよ、エイルアースさあいたっ!」
「ふん」
木の皿を友にぶつけ、ふんぞり返るエイルアース。それをキャッチしたコロラドがクッキーを載せて、もとの位置に置いた。そして、
「この前持っていったお酒……あとで返してくださいね?」
小声でそう呟くと、目を見開いたエイルアースがコロラドを見る。
「侮れない奴め……」
「家の酒瓶の数くらい覚えてますよ」
「あっ、まーた酒盗んだんですか、このアルコール依存症め!」
「それはお主が飲みもしないくせに高い酒を買うからじゃろが!」
「俺が悪いみたいに言わんでくださいよ、てか普段から飲まないから高い酒を買うんです! ブリージさんとこの業者を教えたでしょ」
「買うとか嫌じゃ、弟子のタダ酒の方が何倍も美味いのじゃ」
「サクラさん、タイホしてくださいよ」
「反省しないだろうし、いっそ酒に毒でも混ぜたらどうだい」
「昔それやったらバレて、毒入り以外全部盗まれました」
それを聞いたコロラドは、悲痛な顔で涙を浮かべた。
「じゃあもう、手遅れなんですね……盗みもお酒も、やめられないんだ……ヴェノムさんのお師匠様がそんな風に……」
「その言い方はやめるのじゃコロラド!」
「そっか、この手があったか……じゃあ次は病院に連絡してあげるから安心しなよヴェノムくん」
「助かります、俺の大切な師匠なんでしっかり酒を抜いて下さい」
「悪かった、儂が悪かったから勘弁してくれお主ら」
などと他愛ない話をする中、コンコンと扉がノックされた。
そして一枚の紙が郵便受けから滑り込み、床に落ち、ヴェノムが拾う。
「速達の郵便鳥かい」
「あ、そうか……そろそろだった。話くらいしないとな」
「誰かと会うんですか?」
「ああ、今日ガンビットの奴が帰ってくるからな。忘れてた」
「なら僕は戻ろうかな」
「儂も退散するか。また来るぞヴェノム」
「ちゃんと来れば酒くらい出しますよ」
「……ふん、楽しみにしておくわ」
そんなこんなで4名が外に出て、ヴェノムが入口に鍵をかける。
すると森の鳥たちが一斉に飛び立ち、全員がそちらを向いた。
「……? 何か現れたんですか?」
「この気配……ただごとではないぞ」
「ヴェノムくん、これは……」
「あ〜……たぶん、そうですね」
手で顔を覆い、ため息をつくヴェノム。
何かを察しているサクラと、よく分かっていないコロラドとエイルアース。
そんな中、地を揺らす足音が一定のテンポで響いて、ヴェノムの家がギシギシと軋んだ。
「はははは、クーラ、はしゃぐのは分かるが少し待て!」
男の声だった。
ドウッ、と一際大きな足音がして、巨大な影が太陽を隠す。
そしてその巨大な影は羽毛のように花畑へふわりと着地して、4名に突風が吹いた。
――そこにいたのは、巨大な狼。
家を2軒並べたような大きさの白い毛並みに蒼い目をした狼が、伏せた体勢でヴェノムたちの前に現れる。
「はははは、そうだ、ようやく止まったかクーラ! うん? おおヴェノム! 元気してたか!」
「元気してたか、じゃねぇよガンビット。せっかく改築した家を壊す気か」
「いやーすまんすまん、ウチの『新入り』がじゃじゃ馬でな? いや馬ではないからじゃじゃ狼か。クーラ! 知り合いだ、挨拶しなさい!」
言うが早いか、ぼうんと白い煙とともに狼は消え、
「……あいさつ?」
「こんにちは、はじめまして、だ」
「こんにちは……はじめまして。クーラです」
現れたのは、白いワンピースの少女だった。
裸足の少女は長く白いくせっ毛に片目を隠して、とことことヴェノムたちに近づく。が、しかしその足元の沈み方は先程の巨大な狼を思わせるように深い。
「ヴェノムです」
「コロラドです」
「サクラだよ」
「エイルアースじゃ」
「……よろしく、おねがい、します」
クーラと名乗った狼少女がその男、ガンビットの太ももあたりに近づく。
少女が肩を寄せるガンビットは中年の、全身の筋肉が隆々としたくすんだ金髪の大男。自信に満ち溢れた態度と白い歯、よく通る野太い声は、会ったものに絶大な信頼感を与える佇まいをしていた。
「で、ヴェノム! お前ウチを辞めたんだって!? 手紙が届いて驚いたぞ!」
「ああ辞めた。今は配信者だ……すまんな、言うタイミングがなくて」
「そりゃ別に構わんさ。惜しいのは本音だが、お前も好きにやってくれれば良い」
「ありがとう……そう言ってくれると救われるよ。で、ガンビット。何の用だ?」
「お前、ウチのギルド辞めたあとの配信、すごく評判良いじゃないか! 最近は忙しいのか?」
「良い……のか? ああ……ま、色々思うところあってな。今は配信者として儲かったんで、ちょっと休暇を取ってた」
「ほう、休暇! そりゃいい!」
おおらかに笑うガンビットに、ヴェノムだけが嫌な汗をかく。
「おい、ガンビット……俺はもうギルドを抜けたんだぞ。何言おうとしてる?」
「ガハハハ、察しが良いな。実はお前に出てもらいたい『会議』があるんだ」
「会議ィ? だからさ、俺はギルドを抜けたんだぞ? ギルドの会議なんかに出ていいわけが……」
「違う違う、帝都で行われる『超☆大配信者会議』だ! 実は先日、カキョムの代表として帝都にお前を推薦してきた! 帝都でもお前、有名だったぞ!」
「お前勝手に何してくれてんの!?」
「お前だって俺に相談なしでウチを辞めただろ、あいこだ!」
「くそ、嫌なところを……」
「ま、立ち話も何だから詳しいことは街に戻ってから話そうじゃないか。サクラ殿達も一緒に街へ戻りませんか!」
そう言われて、ヴェノムは察した。
ギルド追放から始まった、激流のようなこの運命。
――自分が巻き込まれたこの流れは、まだ収まっていないのだ。




