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第28話 英雄・ヴェノムの配信の、反響

 朝が来て、街は何事もなく朝日に照らされていた。


 しかし道行く住民――夜の仕事を終えた者、これから仕事に向かう者、未だ夜の酔いから覚めない者達は、ヴェノムの配信を観てそれがいつもと違う朝、《《自分たちの生きる世界が救われた》》朝だと知っている。


 ――おい昨夜のヴェノムの配信見たか?

 ――見た見た、あれマジなのか?

 ――スラム街で酒場が崩れてるって!

 ――騎士団が封鎖してるけど野次馬だらけだよ! さっき見てきた!

 ――ああくそ、仕事なんてサボりてぇ!


 街全体がヴェノムを語り、誰も彼もが英雄・ヴェノムを探し始めるのに時間はかからなかった。

 しかしヴェノムが見つかったという情報は無く、ファンはあちこちを探すばかり。そうなることを予測していたヴェノムはツィガ婆の宿で夜を明かした後、変装してブリージの雑貨屋に避難していたのだった。


「すごいですよご主人様、まだ数字がくるくるしてます!」

「もう見る気も無くしたよ」


 撮影用の魔珠の周りに空の魔珠を置いてはいるものの、再生ごとに注がれ続ける魔力が多すぎて、そろそろ3度目の取り替えタイミングが来る頃。

 それを見てタヌキの獣人・ブリージは満面の笑みでヴェノムとコロラドをもてなしていた。


「いやあ流石ですヴェノムさん! ウチの商品で闇ギルドと戦ってくれるなんてもう、朝からお客様が長蛇ちょうだの列ですよ!」

「あ、そう……」


 机にあごを乗せて眠そうなヴェノムは、ストローで野菜ジュースを飲み干してダルそうにしている。

 するとひかえていたメイドが新しい野菜ジュースを即座に置いて、頭を下げた。


「……でさ、もう金貨も持ちきれないんだよな。だからこの店で預かってもらえると……」

「そんなことお安い御用ですよ!こちらの金庫の中身全てがヴェノムさんのお金ですからね、いつでもここに来てください。この店は貴方の銀行みたいなもんです!」


 頑丈がんじょうそうな金庫の中には、金貨や銀貨を詰めた袋がぎっしりと入っていた。


「す、すごい……金庫がお金でいっぱいです!」

「マジで助かる……しばらくはこの街をまともに歩けるかすら怪しいしな……」

「毒使いは英雄になれないとか言ってましたのにね!」

「英雄なんて面倒なだけだよ……今まさにそうだろ……」


 眩しいほどの笑顔で盛り上がるコロラドとブリージに対して、本気のため息をつくヴェノム。


「で、これからどーすっかって話だよな」

「なにかしたい事とかあるんですか?」

「金の預け先は今決まったし、金なんて稼げる時に稼ぐのが一番楽だろ。隠居いんきょする歳でもないしな、まだしばらくは配信は続けるとしても……問題は住むところか」

「ホテル暮らしも楽しかったですけどね。家とか買っちゃいますか?」

「……今のこの街じゃなぁ」

「ですねぇ」


 窓の外から見下ろすと、店の前の通りを埋め尽くさんばかりにお客があふれている。

 これがヴェノム自体ではなくヴェノムが使ったのと同じ道具を買いたいだけなのだと思うと、とても外には出られなかった。


「どうぞ今日くらいはゆっくりしてください、何なら昼食もお取りしますよ」

「本当に優しくしてくださって、ありがとうございます! ブリージさん」

「いやぁ、ははは」

「……」


 その笑い方に引っかかりを覚えたヴェノムは疑いの目を向け、


「……騙されるなよコロラド」

「え?」

「や、やだなあヴェノムさん、騙すだなんてそんな……」

「そうだな。もうすぐ俺たちの昨日の裏話を《《聞きたくなるだけ》》だもんな」

「ぎくっ!」


 疑いは、確信へ変わった。


「裏話? あっ、もしかして……これ取材だったんですか!?」

「ま、まだ何も聞いてないじゃないですか! 私だって聞きたいんですよぉ」

「アンタ絶対そこの壁の裏に新聞記者とか呼ぶタイプだろ!」

「なぜそこまで!?」

「はぁ……ん? 新聞記者?」


 企みを見破ったものの、むしろ別の閃きがヴェノムの頭に走る。


「ご主人様、どうかしました?」

「いや……ブリージさん、取材は受けてやるからさ、騎士団と連絡とれるか?」

駐屯所ちゅうとんじょならすぐにでも……」

「じゃあさ、俺の名前で『街の騒ぎで動けないから、ブリージさんの雑貨屋の2階で事情聴取を受けたい』って送れるか?」

「えっ……ということは!?」

「ここで事件のことを話してやるよ、実際、今こうしてのんびりできてるしな。盗聴されてようが俺は知らん。ただし『取材費』は貰うぞ」

「貴方、商売の才能ありますよ!」


 そう言って部屋を飛び出したブリージがしばらくして戻ってくると、部下に作らせたらしいサンドイッチを持ってやって来る。

 まだ湯気を上げるチキンとシャキシャキの葉野菜を挟んでソースをかけた簡素なものだが、飲み物に飽きたヴェノムたちにはちょうど良かった。


「失礼します、ブリージ様、騎士団の方が……」

「お通ししなさい。丁重にね」

「はい」


 サンドイッチを食べ終えた頃、現れたのはスカーレットとサクラだった。


「お客様、お飲み物と軽食をご用意しておりますが、いかがなさいますか」

「悪いけど昼食は食べてきたからね。飲み物だけ頂戴ちょうだいするよ」

「かしこまりました」

「では部屋を空けましょう。ではどうぞごゆっくり」

「ご協力感謝します」


 世話役の言葉を軽く流して、サクラがブリージを見送る。


「ったく、商人が優しすぎるぞ。ヴェノムくん、また何か企んでるな?」

「いえいえ《《まだ》》何も。ところで事情聴取ですって?」

「本当にその言い方、エイルアースさんに似てきたな……まぁ良いや。このアンポンタンが建物を沈めたおかげであらゆる悪事の証拠が地の底でね、それをあっちも気づいてるから、ずっと黙秘してるんだよ」

「卑怯なやつめ、負け姿を晒しておいてまだ反省しないとはな」


 ぷんぷんと怒りもあらわなスカーレットだったが、


「お前が言うな脳筋が!」

「ひいっ、すいません所長!」


 その怒りは上書きされて消し飛んだ。

 とはいえ一応……本当に一応、彼女はこの街を救った救世主ではある。


「ま、まぁコイツの剣のおかげで邪龍が街に現れなくて済みましたから」

「剣技だ剣技! 私の絶技!」

「はいはい、それで良いよもう」

「……あ、それ本当だったの?」

「一応。邪龍王ボツリヌスの幼龍でしたし、手柄は全部コイツで良いですよ」

「ヴェノム……! お願いします所長、次からは気をつけますから!」


 キラキラと目を輝かせて懇願こんがんする女剣士。

 これにあこがれる新入り騎士団員がいるというのだから世の中顔だよな、とヴェノムは思うのだった。


「うーん、ならおまけしておとがめなしだな。戦闘の際にやむなく、ってことにしといてやろう。減給もチャラにしといてあげるよ」

「ありがとうございます!」


どうやら話は片付いたようで、いよいよ本題。ヴェノムが一通り説明し終え、サクラが書類をまとめた後にヴェノムが尋ねた。


「それでなんですけど、アイツら反省してないんですか?」

「コロラドちゃんを攫った実行犯は魅了魔法からまだ覚めないし、犬マスクやある程度の構成員は捕まえたんだけどね。肝心のリョウオとオブーナンが黙秘中さ。だから例の自白剤を借りたくてね……」

「いや、アレは耐性持ってるやつもいますし、やめときましょう」

「えっ、耐性あるの?」

「あの時は覚悟をさせませんでしたから。今は手持ちもないし、取調べ中の薬なんて警戒されないわけないですしね」

「そうか……」


 残念がるサクラだったが、ヴェノムの様子を見てふと気づく。


「……何か別の考えでもあるのかい?」

「ええ、今アイツら、駐屯所の牢屋ろうやの中でしょ?」

「そりゃそうだけど……」

「協力者もいます。ちょっとやってみたい配信があるんですけど……お願いできますか?」


 ニヤリと笑ったその顔は、明らかに善行ではなく、悪事を企む悪い顔。


「……ほどほどにならね」


 そうため息混じりに返すサクラの頭には、かつて目の前で暴れまわるエイルアースの笑い声が浮かんでいたのだった。

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