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第26話 BOSS BATTLE!

 荒れ狂うムチは、まさに嵐そのものだった。風を切る音がして、遅れて破壊される壁や床、そして魔珠。


「いてっ!」


 破片がほおをかすめ、ヴェノムが僅かに出血する。

 しかしそれを気にする余裕など無いまま、異常なまでに伸びた鞭は後ろの扉を砲弾のような一撃で破壊した。


(くそっ、これもマジックアイテムか!)


 魔力を注ぐことで伸縮する鞭は明らかにさっきまで無かったトゲを備え、あり得ない長さに伸びる。

 オブーナンの腕の動きがかろうじてムチの動きを予測させるが、鞭が変形している以上その洞察もいつか限界が来る。だからヴェノムは、相手の体力を奪うことにした。


 投げ矢も煙幕もナイフも、【毒使い(ポイズンマスター)】のヴェノムが用いれば一撃必殺の武器となる。

 鞭と言う武器の都合上、それらを叩き落とすためには大きな動作が必要なのだ。だからヴェノムは、自分が体勢を崩したフリをしてから投げる。

 好機チャンスと思って放たれた鞭の一撃に、カウンターのタイミングで投げられる毒。

 それをかわすためや、叩き落とすための動作でわずかに狂った鞭の先端を、辛うじてヴェノムは躱し続けていた。


(だからあの剣が欲しかったんだぞスカーレットの奴……!)


 ここにはいない知り合いに恨み言をぶつけながら、ヴェノムはアイテムを高速で消費していく。もちろんそれが無くなれば、待っているのは素手による戦い。勝ち目などない。


「死ねぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」


 逃げ切ればいつかは騎士団が来る、しかし逃げていては邪龍が顕現けんげんしかねない。

 であれば、選ぶ選択肢は一つだった。


(くらえ……っ!)


 床に転がる無数の魔珠。

 その一つをヴェノムは蹴飛けとばして、当然空中で鞭に破壊される。

 しかし破片同士が電気を帯びて、閃光が走った。


「ぐっ!」

(行けるか!?)


 閃光をまともに見たことによる一瞬のひるみ。そこに投げられたのは煙幕。

 ただし煙が広がるのはオブーナンの周りではなく、オブーナンとヴェノムの間。色の違う煙幕がじわじわと女頭領を囲んで行き、ついにヴェノムが身を隠した。


 ――カキン、と音がして、それは聞き逃されなかった。


「そこかぁっ!」


 黄色い煙をかき消さんばかりの勢いで、鞭が放たれる。


「ぐっ!」


 くぐもった声がして、当たった感触がオブーナンの腕に返った。その瞬間鞭からはトゲが生えて、釣りのように獲物を引っ掛け、魔力で強化された身体能力で引きずり出される。

 そして煙の中から飛び出したのは、


「何っ!?」


 犬マスク達のつけていた、マントのかたまりだった。布袋ぬのぶくろのように丸まったマントは、宙でほどけて中身をばら撒く。


(しまった、あの中には絶対に何かがある!)


 そう判断したオブーナンは、鞭から意識を切り替えて床の魔珠に魔力を流した。

 悪魔さえ大人しくさせた紫電は先の戦いで数を減らしたものの、まだいくらかは起動できる。

 だから空中に散らばった得体のしれないアイテムを焼き尽くそうと、最大火力で魔珠が起動した、その瞬間。


 パン、と何かが弾けるような音がして、魔珠がオブーナンの腹に当たった。

 そしてその魔珠は、紫色に起動寸前。


「ぐふっ!」


 自分の魔珠から放たれた電撃が、僅かにオブーナンに届いた瞬間だった。


(ま……ずい……!)


 しびれにより、足が止まる恐怖。

 飛来するアイテムはすぐそこに迫る中、女頭領は下がることを選んだ。

 祭壇からついにオブーナンがどいて、広がるのは白い煙。

 その時には、またしてもヴェノムの姿は消えていた。


(いない!? だがぎ倒せば済むことだ!)


 カラフルな煙幕をまとめて払う勢いで、鞭が振られる。


「やっと間違えたな!」

「なっ……わぁあ!!」


 白い煙の中から飛び出したヴェノムが、木箱を投げた。その中にある邪龍の逆鱗は、わずかでも触れれば溶けて死ぬ。間近でそれを見た経験のあるオブーナンは、慌てふためいて魔珠の広がる方へ逃げた。


 そして木箱が床に落ちて、フタが壊れた小さな木箱は龍のうろこを落とす、はずだった。


(中身が……!)


 無い。

 そう気づいた瞬間にじゃらりと音がして、床にくさりが散らばった。


「ご主人様! むぐぐぐ!」

「今はしゃべるな口を布で覆え!」


 祭壇に立ち、いつの間にか開放されていたコロラドの口に布を押し付けるヴェノムの右手には、濃い紫色をした邪龍の逆鱗げきりん

 あらゆるものを溶かすその『毒』の鱗は、数少ない例外の布を溶かすことなく、コロラドを縛る鎖だけを溶かしていた。


「この……ああっ!」


 床に置かれた魔珠に足を取られ、尻もちをつくオブーナン。ヴェノムは祭壇から跳躍して、その手に厚く巻いた布を前に突き出し、鞭を落とした女頭領に迫る。


「ひっ! ひいいいっ!」


 溶けて死ぬリアルな想像に脳がめられ、オブーナンは必死で使える魔珠を探した。しかし辺りに電撃に使える魔珠はなく、選択肢はたった一つ。


「お、お前も死ね! ヴェノム!」


 その手元にあるはずの、龍の逆鱗目掛けて魔力を注ぎ込む――はずだったのが、何故かその魔力は逸れてヴェノムの腰辺りに流れた。

 逆鱗は明後日の方向に投げ捨てられて、腰の魔珠に魔力が吸われただけ。


「うわ、あ、あああっ!」


 とすん、と軽い音がして、オブーナンの肩に何かが刺さる。


「ひくっ……」


 そんな声とも息ともつかない音がして、気絶して倒れたオブーナンの肩には投げ矢が刺さっている。

 その中身の睡眠薬によって眠りに落ちた女頭領を、宙に浮かぶ魔珠がライブ配信し続けていた。


「おっと」


 そしてヴェノムは急いで床に落ちた布にナイフを持って向かい、這うような姿勢で何度も突き刺す。ナイフの刃はすぐにドロドロに溶けていくが、構わず刺し続けた。


「……何してるんです?」

「応急措置だよ、せめてバラバラにしとかないと……」

「っ、ご主人様! 後ろ!」

「え?」


 背後に、気配があった。

 眠らせたはずのオブーナンが動く死体のように起き上がり、ゆっくりと近づく。あり得ない現象に一瞬思考が止まったヴェノムの耳に、


「近づかないでーっ!!」


 叫びが届き、蒼い炎が一瞬オブーナンを包む。


「がっ……がぁっ……」

「うわっ」


 今度こそ倒れた敵の女ボスを見ながら、配信者二人は言葉が出ない。


「……えっと」

「ご主人様ーっ!」


 祭壇から飛びつかれ、抱きしめられ、顔を胸に押し付けられる。


「おい、お前……」

「良かったです……ありがとうございます、助けに来てくれて……」

「……当たり前だろ」


 それ以上の言葉はなくて、コロラドの身体は震えていた。暫く無言で視線を合わせ、ヴェノムがライブ配信中の魔珠に目を向けて、


「……配信はここまでだな」


 締めの言葉を言うこともなく、魔力を込めて配信を切った。


 ――ちなみにこの時、一番多かったコメントは『爆発しろ』だったらしい。

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