第24話 莫大な魔力と稚拙な計画、行きつく先は大災害
魔珠が散りばめられた祭壇のある地下室で、コロラドの身体は円筒形の台の上に寝かされていた。
瞳は閉じられて腕を組んだ状態で、口には猿轡、身体は鎖と錠で縛られている。
(……起きろ莫迦め)
「ん……」
(声を出すな阿呆)
周りでは追加の魔珠を床に並べていた犬マスクたちがせっせと作業を続けていたが、目を覚ましたコロラドに誰かが気づいた様子は無かった。
「やれやれ、オブーナン様も人使いが荒いよな……」
「おい黙って仕事しろ、魔珠が反応したらどうする」
「意思も込めない愚痴なら反応するわけないだろ、そもそもオブーナン様もこんなところで戦わなくても良いじゃないか……」
「馬鹿野郎、これだけの魔珠を消費して、やっと侵入者を直々に追い払って下さったんだぞ。この部屋一面の魔珠をイチから並べ直しになってないだけ有り難いと思え」
「はいはい……コレ絶対、病院に行った連中がやらかしたんじゃないか」
「なら良かっただろ、最悪病院に行った連中のせいで俺たちが侵入者にやられてたぞ。オブーナン様とサシで闘う奴に、だ」
「……確かに」
犬マスクたちは、背中に背負った籠に消費した魔珠を入れて、代わりに別の魔珠を置いているらしい。
部屋中の魔珠を調べて取り替える作業はどう考えても重労働で、かなり時間がかかることは見て取れたが、問題は鎖や猿轡の拘束だった。
(狗どもの苦労に少しばかり気は晴れるが、拘束は取れんよ。お主が莫迦な邪魔をした御蔭でな)
(貴女は……私の中にいた悪魔なんですね)
(……やはり記憶封じの効き目が消えたか。そうじゃよ、妾はあの森の祠に封じられていた悪魔で、お主の村は良いエサじゃった。妾が憎いか? 小娘)
(……)
怒りを表に出した悪魔に、コロラドは何も思いを言葉にしない。
(……憎くは、無い《《みたい》》です)
(ふん、命を救われた自覚はあったようじゃな)
(はい……あの夜、私は生かされたんですね。村のみんなと引き換えに)
自分はあの時死にそうだった。
だから殺した。
殺したいわけじゃなかった。
でも殺した。
おそらく自分に向けられてはいなかったあの命乞いを思い出して尚、コロラドの罪悪感はそれほどでもなかった。
(いくらか生き残りはおるじゃろうがな。やっていたことの手前、お主の秘密は大っぴらには語れぬじゃろ)
(……酷い村、だったんですね)
(欲望には忠実じゃったな)
記憶を取り戻してみれば、自分の目の前で誰かが……特に自分を虐げていた誰かが死ぬのは2度目だったらしい。
そうコロラドは自覚して、そのことをどう受け止めるか迷っていた。
悲しくはある。
けれどどこか、あいつらは報いを受けたのだと安心している自分がいた。
(世の中、弱者もまた悪辣よ。お主の村もその類よな、生きるためと言い訳し、仕方ないと嘯いて他者に犠牲を強いる、そして調子に乗る……とな。で、お主はどうする?)
(どうする、って……)
(このまま邪龍の贄として残るか? 妾は悪魔ゆえ新たな依代を探しても良いが、ここにお主を放り出すのも惜しくてのう)
(……?)
コロラドは、話が読めない。
祭壇めいたこの場所からして自分が何らかの生け贄になっているところまではコロラドも理解していたが、悪魔の口ぶりからするとまるで自分の死が確定していないかのようだった。
(……態度に出すなよ。先に言っておくが、この儀式は《《絶対に失敗する》》。お主は生け贄にはならぬ)
(え?)
かちゃん、と鎖が揺れて、犬マスクの一人がこちらを見たが、すぐに向きを戻した。
(動くなと言っておろうが阿呆!)
(す、すいません……)
(魔珠の中の魔力がまるで不揃いじゃ。本来、術者がよほど念入りに魔力の波長を揃えねばならぬところを全くバラバラの意思で込められた魔力をそのまま用いて邪龍を喚ぶつもりじゃ。素人考えも良いところよ)
(素人……)
(そのくせそこの木箱の……だから見ようとするな! そこに木箱があって、中身は邪龍の逆鱗じゃ! 触るなよ、動かすなよ!)
(……優しいんですね)
(あ?)
(私を、助けてくれたんですよね。さっきも今も……あの時も)
(……なんじゃ、お主のことじゃから妾を責め立てるかと思うたわ)
(……私、そんなキレイじゃないですから)
諦めたように内心で告げるが、それはコロラドの本心だった。
(どうだかな。あの老人どもを世話し、看取った直後のお主なら責め立てただろうよ。《《そんな酷いことをしなくても》》……とな。実際、さっきもそうじゃったろ)
(あれは……この部屋ごと、崩そうとしてたでしょ、誰だって止めます)
(それでもお主と妾だけならどうとでもなったんじゃがな。まぁ今更じゃ、じたばたすまい、今はせいぜい大人しく……来るぞ)
言葉と同時、扉が開いた。
コツコツと響くその足音だけで、首を動かせないコロラドにすら誰が来たかは理解できた。
「オブーナン様!」
「お疲れ様です!」
「ご苦労。配置と確認は済んだか?」
「はっ、申し訳ありません、まだ作業の途中です!」
「構わぬ。むしろ念入りにやれ。抜けがあっては召喚に差し障る」
「い、いよいよ邪龍を……」
「そうだ。悪人冥利に尽きるだろう? 今夜は宴だ、逆鱗に魔力を流された邪龍が暴れるこの街で、盗むなり焼くなり殺すなり犯すなり好きに暴れろ。死なない程度にな」
「ふへへ……楽しみです」
「だろうな」
下衆な会話の中、新たにもう一度扉が開いた音がした。
「オブーナン様!」
「なんだ」
「上の店が襲われています! 客は逃しましたが、そのせいで守りが手薄に……」
「来たか、ヴェノム!!」
「お、オブーナン様?」
邪龍の話より明らかにテンションが高い自分たちの幹部を見て、竦み上がる犬マスク達。その恐怖に応えるように、彼女はずるりと音を立てて床から鞭を取り出した。
「この日を……この日をっ、どれ程待ったことか! 必ずこの手であの髪を引きちぎり、肌を割いて血を吸い、命乞いをする舌を八つ裂きにして全身の肉を骨から生きたまま削ぎ落とす!」
顔布ごと鷲掴みにするかのようにして怒りに震え、取り出した鞭のシルエットは龍の尾に似ていた。
「……どうした貴様ら、手が止まっているぞ? 敵襲らしいじゃないか、働け?」
そんな様子に部下たちが目を奪われていると、ニッコリとした笑顔でオブーナンは告げる。
「ひっ、も、申し訳ありません!」
「もうすぐ終わります、終わらせます!」
「うむ、落ち着いて行えば良い、計画の終わりはすぐそこ……こんな街にも未練は一つしかない……っ!」
機嫌の良し悪しを行ったり来たりしながら、この街を破壊する計画はまさにもうすぐ終わろうとしていた。
「リョウオの奴を上に控えさせたし、よほど問題はあるまい……そう言えばあやつにも褒美をやってないな、メガクィーを始末し損ねたのは惜しいが、潜入の腕はこれからも十分に使えそうだ……フフフ、私の分は残しておけよ……」
そうして皮算用を続ける彼女だったが、一方その頃上の階では、激高したリョウオがあっさりとヴェノムに負けている。
あと少しで血相を変えた部下がそう報告しに現れるまでは、オブーナンの布に隠された顔はそれなりに笑顔だった。




