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第23話 毒使いを阻む悪の前座

サソリ薔薇バラの星座亭』。その名の通り蠍と薔薇と星が彫られた看板のかかるその酒場は、表向きはスラム街にありふれたレンガ造りの建物にあった。


 しかし既に事情は違う。

 ヴェノムとその師匠、エイルアースの視線の先にあるその建物は、もはやコロラドを攫った敵の本拠地。今すぐにでも粉々にしてやりたいほどの敵意を押さえて、屋根伝いに酒場を目指していたエイルアースは近くの建物の屋上で足を止めた。

 そして小型の杖を取り出して構えると屋上には光の魔方陣が浮かび、風を伴って魔力が満ちていく。


「行け! ヴェノム!」


 弟子に向かってそう叫び、同時に魔法が放たれた。

 まず蛇のような形を作った水が宙を走って酒場に向かい、それを後から生まれた炎の蛇が追いかける。

 ほぼ同時に放たれた属性の違う二つの魔法は『サソリ薔薇バラの星座亭』に激突した直後に打ち消しあって、大量の水蒸気と大音量の衝撃を産み出す。


「何だこの煙は!?」

「おいどうした! 何が……ぐえっ」

「誰か倒れたぞ、お客様を非常口から逃がえぐっ」

「何だ、何が起きてる!?」


 レンガ造りのビルを包むほどの水蒸気はそのまま煙幕の代わりになって、慌てて出てきた構成員たちは走ってきたヴェノムの放つ毒矢によってしびれ、バタバタと倒れていく。

 水蒸気の煙幕の中、ヴェノムはおろおろと戸惑う構成員に目星をつけて、その喉元に自白剤を塗りつけた。


「地下への通路は?」


 喉元にナイフの切っ先を背後から近づければ、怯えた構成員は両手を上げて震えながら口を開く。


「か、カウンターの床に扉がある……その先の階段を下れば……」

「奥には誰がいる?」

「いつもはVIP客がいる、でも今日はお頭と『上』の方々だけのはず……」

「どーも」

「ぎゃふん」


 後頭部に強烈な手刀の一撃を食らって、構成員はばたりと倒れた。

 空いた扉から疾風のようにヴェノムが飛び込んだ先には、ついさっきまで客がいたであろう酒場は無人で、あちこちのテーブルやカウンターの上には酒やつまみがちらかっている。

 そしてカウンターの裏からは黒いマントを着て頭をフードで隠した連中がぞろぞろと現れ、杖を手にし、口々に魔方陣を展開し始めた。


「ちっ」


 空中に浮かんだ小さな魔方陣から、炎や氷や電撃が一斉掃射で放たれる。

 ヴェノムは近くの倒れたテーブルの裏に飛び込むようにして、ポーチの中に手を突っ込むが、その間にも木で出来たテーブルは魔法の連射を受けてその原型を失っていったが、そこから飛び出すことができないのは既に敵にもバレていた。


 黒マントにフードの連中が顔を見合わせ、展開したのは同じ赤色の魔方陣。

 そして先ほどまでの連射ではなく、炎を一か所にまとめて大きな火球を作り、当然、狙う先はヴェノムの盾であるボロボロの机。

 それを焼き貫く一撃を構え、今まさに放たれようとしたその時、何かが彼らに向かって投げられた。


 小さなボール程度のそれは、空中に浮かぶ火の玉の中に飛び込んで破裂し、中身の『粉』を爆発的に発火させ、その煙が彼らを包む。


「あがぁっ!」

「なんだごれぁ……体が……」

「落ち着け、解毒薬を飲めば……ぁ……」

「バカな……なぜ解毒薬が効かな……」

「ポイズンベアーも泡を吹く海藻の麻痺毒だよ。配信くらい観とくべきだったな」


 粉や煙を吸い込んだ黒マントたちがバタバタと倒れ、ヴェノムは悠々とかれらの元へ近づき、カウンターの裏にあった隠し通路から下に降りていく。

 細いその通路を進んだ先には光の漏れる小さな隙間があり、近くには丸いハンドル。

 それを回すと隙間は音を立てて大きくなり、開けた先のカーテンを払うと、そこには別の酒場のカウンターがあった。


(こっちがVIP客の酒場ってわけか……なんだあのポール)


 おそらくは店の裏手からでも案内するのであろうその酒場は、先ほどの安っぽい内装ではなく、赤絨毯あかじゅうたんに高級そうなソファが居並ぶ、いかにも秘密の酒場だった。

 壁の燭台しょくだいには蝋燭ろうそくが灯り、天井からは魔法石が明るすぎない程度の光を放っているが、がらんとした室内には誰も見えない。

 二階程度の高さには部屋をぐるりと囲う手すり付きの通路があり、中央にある何かの台には一本のポールが立っているが、風俗店をあまり知らないヴェノムからしてみれば、そのポールが何に使われるものなのかはよくわかっていなかった。


(誰もいない……わけがないよな)


 そう思った瞬間、どこかから拍手する音が聞こえる。


「よく来たな、ヴェノム・ヴェネー。まさかああも簡単に入り口と上の連中が突破されるとは思ってなかったぞ。おかげでこっちの客を逃がすので精いっぱいだった」

「そりゃまたご苦労なことだな」


 天井近くの通路から現れたのは、先ほどの黒マントたちよりは少し小柄な、赤いフードを被った構成員。言葉を放つと同時、密かに投げられた何かにヴェノムが気づかないはずもなく、カウンターから飛び出して、左の壁まで逃げる。

 カウンターに投げ込まれた爆薬が破裂して、赤フードの誰かはヴェノムから距離を取るように対角線上へ移動した。


「……コロラドはどこだ」

「この下の階だ。この鍵を、そこのポールの下にある鍵穴に入れれば隠し通路が開く」

「親切だな」


 鍵を見せびらかし、答えをあっさりと告げられたことに罠かと疑ったが、よく見れば部屋のあちこちに『映像魔珠』が仕掛けてあった。


「……と思ったら配信中かよ。声を変える薬、まだ飲んでないんだがな」

「安心しろ、今録画している映像はお前の解体ショーの前フリだ。視聴者が飽きない程度に編集してやる。今のような空気の読めないセリフもな」

「そりゃどうも。騎士団に捕まらないようにせいぜい気をつけろよ」

「《《あいかわらず》》……不快な奴だ」


 軽口を叩きながらもヴェノムは相手の声、体形が女の物であることを見抜いていた。そしてその声色に宿る怒りと、今のセリフにさらに思考が回る。


「あいかわらず……? お前俺を知ってんのか? あーでもスラム街のチンピラでも俺のこと知ってるしな、今更か」

「ふん、強がりを。良いだろう、どうせ殺すんだ、私の顔を隠す意味などないな」


 そう言って、赤いフードを取り、女の顔があらわになる。

 金髪緑眼、闇ギルドの構成員としては意外と地味な印象の彼女を見て、ヴェノムは呆けたような表情になる。


「お前は……」

「ククク……驚いたか? こういうことだよ。お前は最初から私のてのひらの上だったのさ!」

「いや、すまん。お前の名前何だっけ……っていうか、誰?」

「……は?」


 ――地下の隠し酒場に、無言の時間が数秒流れた。


「いや、うん、確かに見覚えはあるんだよお前。多分どっかで会ってるんだよな。でも『お前は最初から私のてのひらの上だったのさ!』とか言われてもマジでよくわからん。誰だっけ?」

「挑発か……? なかなか面白いことを言うじゃないか、この顔に見覚えがないとでも……?」

「……悪いが本当に無い。ごめんな、割と取れ高狙いのシーンだったんだろうけど」


 その言い草に、女の顔色が一気に変わった。


「《《リョウオ》》だ、《《リョウオ》》・《《キラスタ》》! 貴様がいたギルドの受付嬢! 貴様に追放を言い渡してやっただろう!?」

「あ……あー!」


 ヴェノムは思い出した。

 確かにギルドを追放されたあの日、メガクィーは後から出てきただけで、最初に追放を言い渡してきたのはこの女だった。

 が、それを今言われたところで特に驚くこともなく、ヴェノムからしてみればとっとと鍵を奪いたいだけのどうでもいい存在である。


「挑発も大概たいがいにしろよ、このカス!」

「いや悪いけどマジなんだって、受付嬢の顔なんてよほど世話になってなけりゃそう覚えてねえよ! でもそっか、お前ならメガクィーを襲ったりできるもんな! 結局殺したわけでもないし鍵も盗めなかったらしいけど!」

「き、貴様何故それを知って……」

「お前の失敗の後始末に来た部下? か知らないけど、あっさり病院で捕まってたぞ。お前かなりやらかしてない?」

「だ……黙れ黙れ黙れ! こちらには人質……が……」


 ふらりと態勢を崩し、通路の手すりに引っかかるリョウオ。

 その足には投げ矢が刺さっており、力の抜けた手からは鍵が落ちる。


「……悪いな、お前らの取れ高に配慮してやる時間はないんだよ」


 そうしてヴェノムはあっさりと鍵を拾って、鍵穴に差し込んだのだった。


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