第17話 ざまぁと呼ぶには物足りない!
「納っっっっっっっっっ得、いかああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
ヴェノムの腹の底からの叫びに枝の上にいた鳥たちがバサバサと飛び立って、鳥の声が騒がしくなった空の下でぜえぜえとヴェノムが息を切らしていた。
「ど、どうしたんですかマスター?」
「トイレに行くつもりがまるでなさそうだからとりあえず着いてきたが……何かあったのか?」
「どうもこうもねえよ! こんなのぜんっぜん、納得いかん!」
くるりとコロラドたちの方へ向き直って、怒りに震えるヴェノム。
しかしその行動の意味がよくわからず、スカーレットが口を開く。
「納得いかないって……良かったんじゃないのか? お前も追放されて、内心腹が立っていたところだろう? あの男も反省したようだし、でも命は無事だったわけだし、果敢にも鍵を守り切ってたようだから、ギルドに戻ろうと思えば戻れるようじゃないか、戻らないとしてもお前の傷ついた評判は守られるだろうし、何が納得できないんだ?」
「そうですよご主人様、これからも一緒に配信しましょうよ」
「それはそのつもりだけど、俺の気持ちはそういうことじゃねえの! とにかく聞いてくれ!」
「はぁ……それは構わないが……」
「聞きましょう」
感情に任せて怒り狂うヴェノムを、とりあえず好きにさせとくか、と、大人の対応をするスカーレットとコロラドなのだった。
地団太を踏んで、ヴェノムは大声で叫ぶ。
「俺はな、《《もっとスッキリしたかった》》んだよ! メガクィーに追放されて、配信者になって、運よく成功して、金なら手に入った! 絶好調だよ! だがな、あいつは……メガクィーはそんなもん気にする男じゃないだろ? アイツ絶対に内心で『良かった、自分が追放したことでヴェノムさんが傷ついてなくて』とか思ってるぞ!」
「……それは、別に結果オーライじゃないんですか?」
「ああ、お前は《《そのこと》》をちゃんとメガクィー氏に伝えてただろう」
「あーそうだよ伝えたよ! 実際に本心だしな! ギルドにも未練はねえ! これはマジだ! でもな、俺が求めてんのはこんな《《お行儀の良い》》結末じゃねえの!」
まだ今一つヴェノムが何に怒りを向けているのか理解できず、首をかしげる女性二名。
「俺が求めてんのは、どこかの誰かにボコボコにされたアイツが弱り切った頭で『私は失敗してしまったんだ……反省しよう……』みたいなのじゃなくて、いつも通り働いてるアイツが『ヴェノムさんになんてひどいことをしてしまったんだ! 間違えてしまった自分が恥ずかしい! 辛い!』みたいな『《《それまでどおり働いてるアイツの反省》》』なんだよ! あれだけボコボコにされたら誰だって気弱になるだろ、今のままじゃ俺はどっかの犯罪者に乗っかってメガクィーを反省させたド外道じゃねえか!」
「あー……わかるような、気はする。強盗のせいで生まれた反省など、本当の反省とは言い難いな」
「で、でもド外道だなんて、ご主人様はそんな方じゃありませんよ!」
「気分の問題なの! お前らだってアイツがめちゃくちゃ落ち込んでたのは見てて分かっただろ、アイツたぶんこのままほっといても、バネッサみたいなのに見舞いに来てもらいながら『《《ものすごく反省》》』してそのまんま仕事辞めるぞ!」
これまで釈然としない顔のコロラドとスカーレットだったが、ヴェノムが叫び散らかすうちに納得したような表情になってきた。
「それは確かにそうだったな、アレはもう覇気が無かった。襲われたんだし気の毒とは思うが……」
「自分を襲った強盗を恨むとか、そんな感じがありませんでしたしね。凄く落ち込んでました……」
「だろぉ!? アイツは確かに恨みは買ってただろうけど、こんなのじゃ誰も面白くねえんだよ! アイツの心は《《強盗のせいで》》沈んだままだし、アイツに迷惑かけられた連中も喜ぶわけにはいかねえし、強盗が捕まったところで何も解決しねえ! あ、言っとくけど俺がアイツの為に何かしたいとかじゃないからな! 俺は俺の為にこうしないと気が済まないんだ、そこ間違えるなよ!」
「ああ、そうだな(そういうことにしといてやるか)」
「はい、わかってます(ご主人様、素直じゃないなぁ……)」
「だから決めたぞ、俺はこのままサクラさんに協力して、犯人をとっ捕まえてそれをメガクィーに知らせてやる! それで絶対にその動機を聞き出して、アイツに伝える! アイツ下手すると、『襲われたのは自分が恨みを買ったからだ』とか思ってるぞ。ふざけるなよ、ガンビットのギルドにそんなセコイ奴がいてたまるか! いたとしたらそれこそ追放してやるよ!」
その言葉に、顔を見合わせてコロラドとスカーレットが笑った。
「……つまりお前は、メガクィー氏を襲った犯人をタダで済ます気は無いんだな?」
「当然だ。こんな終わり方で俺の追放が流されてたまるか」
ふんす、と鼻息荒くヴェノムが腕を組んで宣言した。
「そうと決まれば犯人捜しですね、頑張りましょう!」
「ああ、協力してくれるよな? コロラド」
「はい! もちろんです!」
そうして、三名は病室に戻るのだった。
「……ところで、何でこんなところまでわざわざ来たんだ?」
「当たり前だろ病院だぞ、叫ぶとか周りの方にご迷惑だろ」
「そうだったな」
そうしてスカーレットとヴェノムが病室に戻り、コロラドは手を洗いに向かったのだった。
病室の外にいた兵士とスカーレットが入れ替わって、ヴェノムはそのまま病室に入る。すると、意外な見舞客がそこにいた。
「なんじゃバカ弟子、お主も来ておったのか」
まるで魔術師のようなとんがり帽子にローブを纏った褐色肌に銀髪のエルフ、エイルアース。その背丈は完全に子供にしか見えないほどに小柄な、ヴェノムの師匠だ。
「師匠! 先日ぶりですね」
「おう、コロラドはどうした?」
「トイレですよ」
「そうか。お主の配信も順調なようじゃな、何よりじゃよ。……で、サクラ、お主の見立てはどうなんじゃ?」
ベッドの方を見ると、眠ってしまったメガクィーの傍でサクラが脈を測っている。
問題は無かったようで、腕を布団の下に押し込んで、三名は部屋の隅へ離れた。
「容体からして、使われたのは麻痺毒……ヴェノム君が配信で使ってた花から作る毒だ。だから動画を見たウチの連中がヴェノム君を疑ったってのはあるんだけど」
「……あの毒は《《ちゃんと干した花とタネを三日三晩煮詰めて》》初めてあれだけ強力になる毒じゃぞ。このアホは簡単に作れるとか言っておったがな」
「《《比較的》》簡単じゃないですか、嘘はついてないですよ」
「そう。だからあの配信を見て作ったってのはあり得ないし、さっきヴェノム君たちの容疑も晴れた。で、他に何か手掛かりは無いかと思ってエイルアースさんを呼んだんだけど……」
「サクラ、お主は儂を買いかぶりすぎじゃ。お主が見破れんことを儂は見破れんよ」
「そうですか? まあそれでも頭数は多いに越したことはありませんよ、それにエイルアースさんには長いことお世話になってますけど、いつも私達は助けられて……」
「あーあーわかった話が長い!」
そう言って、ごそごそと懐を探るエイルアース。
一枚の紙を出して、病室の壁に押し付けてヴェノム達に見せた。
「古いが、儂が見つけてきた人相書きじゃ」
人相書き、つまり事件の犯人や指名手配犯の似顔絵だ。
ペンで書かれたその顔は、目の下に薔薇の入れ墨の入った女性。特徴的なのはその入れ墨とせいぜい癖の強い漆黒の髪質くらいで、あとは気の強そうな普通の美人、と言った程度だ。
「……こいつは誰です?」
「かれこれ一年近く姿をくらましておる、『毒華の茨』とかいう闇ギルドの長、『オブーナン・カーン』じゃよ。しばらく前に強盗団を率いておったらしいが、構成員が一名逮捕されたのを境に姿を隠し、闇ギルドを作ったらしい。その用心深さからこうして人相書きを回しても一切目撃情報が無く、儂が探るまで噂すらなかった」
「流石ですよ、エイルアースさん。ウチの連中じゃこうは行きません」
「公費で半年酒が飲めると聞いたからな、別に構わんよ」
「そ、それは言わないでくださいよ」
「わかっておるわかっておる」
「もう……」
エルフの裏取引はともかくとしても、この女の闇ギルドとメガクィーの件に何の関係があるのだろう。そう思ったヴェノムがエイルアースに目を向けると、
「こいつは他の王都から流れてきた輩でな、少し遠いが、クドキノと言う街を知っておるか? そこはこやつのギルドと他の闇ギルドの抗争で、一度滅びかけておる」
「王都が一つ……滅びかけた?」
「闇ギルドの抗争による治安の極端な悪化、逃げ出す民……そして残るのは腐敗した連中だけだからね、闇ギルドにその王都の王族が牛耳られれば末路は見えてる」
深刻な顔で、サクラは言葉を紡いだ。
この大陸に数多くある王都は、読んで字のごとく各地の王が治める街を指す。
そのほとんどが城壁に囲まれた輪になった街なのだが、王の統治能力の差は、そのまま内部の豊かさに直結する。中には外的要因や疫病……そして今挙がった、『犯罪組織による乗っ取り』で滅ぶ街も少なくない。
「それでこいつの次の標的が、この街だと?」
「そういうことじゃろうな。まずは強盗団としてスラム街に侵入、そこからの足がかりとして、『白き千片の刃』が狙われたと考えても不思議はない。とにかく用心深さに定評のある女じゃからな、儂も……」
と、その時部屋の扉がノックされた。
「所長、看護師が来ました、薬を取り換えるそうです」
「そうか、入って貰って」
「はい。許可が出たぞ、通ってよし」
「失礼します」
と、そこへ入ってきたのは震える看護師。
その手に持った薬瓶を見て、三名の表情が少し変わった。