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第9話 みんな元気になりました

 それから20日ほどは平和な時間が続いた。

 聖女の病死のことはそれから徐々に村人にも伝わったが、シルヴァーナには調べようもなかったため、どうすることもできなかった。

 村での生活にはすっかり慣れ、ベルンハルトと共に農作業に精を出した。教会では奉仕活動などで働くことに慣れてはいたが、農作業はしたことがなく、畑で働くことはとても新鮮に感じた。広い畑で風や土の匂いを感じながら汗を流して働くと、毎日とても清々しい気持ちになった。

 自分に起きたことは、もう夢だったのではないだろうかと思いたかったが、村人たちが聖女の病死のことを噂しているのを聞く度、シルヴァーナの心はそわそわと落ち着かない気持ちになるのだった。


「それにしてもシェーナ様はよく働くねぇ」

「そうかしら?」

「丸一日働いている日もあるじゃないか! 元気だねぇ」


 すっかり仲良くなった恰幅の良い女性はキャシーといって、それこそ自分よりもよく働く女性だった。朝から晩まで働き、昼食もよくスープや炒め物など、村人に振る舞っている。

 二人並んで肥料を撒いていると、キャシーはふーっと汗を拭った。


「私よりよっぽどキャシーの方が働いてるわ」

「この村は大抵の人が流行り病に罹っちまったんだ。死なずに助かったのは良かったけど、皆身体が弱くなっちまってね。私は本当に偶然、病にはならなかったから、こうして皆の代わりに頑張っているんだよ」

「そうだったの……」


 確かに言われてみれば、村の人たちは皆身体が細い。時たま咳をしたりして苦しそうだし、長い時間農作業をしていると、次の日は熱を出したりしている。

 そこまで考えて、ふと思い至った。


「もしかして、ベルンハルトさんも?」

「ああ、そうだよ。領主様は家族で病気になっちまったのさ。不憫なことにご両親はそのまま亡くなられて、領主様はどうにか回復したけど、すっかり痩せ細ってしまってねぇ」

「そんな……」


 棒のように細い身体に、やつれたような頬はどこか病的な様子だった。たまに疲れた顔をしていたのは、そういうことだったのだ。


(それでも一生懸命農作業をして、村の経営も頑張っているのね……)


 ベルンハルトが夜遅くまで私室で何か調べ物や書き物をしているのを何度も見た。執事やメイドが「もうお休み下さい」と声を掛けているのも知っている。


「皆、元気になってくれればねぇ……」

「そうね……」


 キャシーは少しだけ考えると、「そうだ!」と声を上げた。


「シェーナ様! 今日の夜、星祭りなのを知ってるかい?」

「星祭り?」

「ああ。祭りといったって、皆で夜、星を見ながら食事を食べるだけなんだけどさ」

「そんなお祭りがあるの」

「そこでさ、シェーナ様が育てたせっかち草を収穫して、料理を作らないかい?」

「え?」


 キャシーはシルヴァーナの腕を掴み歩くと、一番最初に種を蒔いた畑に引っ張って行った。

 

「ほら! もうすっかり食べられるよ!」

「まぁ! ホント!」


 シルヴァーナは小さな葉っぱが出ているのを見て目を輝かせた。膝を折って葉を触ってみると、指の長さほどの葉はとても柔らかい感触だった。


「生でも食べられるし、スープに入れても美味しいんだ。料理なんてしたことないかもしれないけどさ、シェーナ様が作ってくれたって知ったら、皆きっと喜ぶよ」

「キャシー、なんて素敵な提案なの! 料理なら任せて! 私、料理は得意なのよ!」

「貴族のお嬢様が?」

「うふふ」


 料理は教会でいつもしていた。奉仕活動で料理を振る舞うこともあったし、教会では料理は持ち回りの仕事だった。

 こうして二人は慌ててソールの葉を収穫すると、村に戻った。

 夕暮れの近付く広場では、すでに女性たちが料理を始めている。


「皆、シェーナ様が料理を作ってくれるってさ」

「まぁ、本当かい? そりゃ、男どもが喜ぶねぇ」


 シルヴァーナは持ってきたソールの葉を使ってスープを作ることにした。テーブルには、ベルンハルトが差し入れたという豚肉のソーセージがあって、それを輪切りにすると他の野菜と共にスープで煮込んだ。

 教会で振る舞う料理の定番だが、身体の弱い村人のために薄い味付けにして、食べやすいように細かく野菜を刻んだ。

 日が暮れると、それぞれ働いていた男性たちが集まってきた。その中にベルンハルトもいて、こちらに気付くと驚いた顔をして歩み寄る。


「君も料理を作っていたのかい?」

「ええ。皆に食べてもらいたくて。皆さん! 今日は私が初めて育てたせっかち草でスープを作りました! ぜひ食べて下さいね!」


 シルヴァーナが広場に向けて大きな声でそう言うと、歓声と拍手が上がった。

 すっかり村の人気者になったシルヴァーナの料理が食べられると聞いて、家で寝ていた人まで広場に集まってきた。


「無理しないで。辛かったら言ってね」

「ありがたいことです。シェーナ様自ら料理を作って下さるなんて……」


 老齢の男性は祈るように手を合わせると、スープを口にする。すると目を見張り笑顔になった。


「なんて美味い……。なんだか元気が湧いてくるような気がします」

「そんな大袈裟よ。さ、皆も遠慮しないで食べてね!」


 シルヴァーナはテーブルの間を動き回って、スープを配った。自分の料理を「美味い、美味い」と食べてくれるのが嬉しくて、自分が食べるのも忘れて振る舞い続けた。


「ベルンハルトさん、味はどうですか? 口に合います?」


 男性たちに混じって食事をしていたベルンハルトに声を掛けると、ベルンハルトは感動したような顔をしてうんうんと何度も頷いた。


「すごく美味い。こんな美味いスープ、食べたことがない……」


 涙ぐんでいるようにも見えて、シルヴァーナは少し驚いたが、周りの人たちも似たような表情で食べていて、料理を作って良かったと心の底から思った。


「なぁに、皆で。そんなに持ち上げても、これ以上何もありませんからね!」


 シルヴァーナの明るい声に、広場は温かな笑い声で満ちた。

 楽しい星祭りが終わり、全員で後片付けを終わらると、シルヴァーナとベルンハルトは屋敷に戻った。


「ベルンハルトさん、今日はとっても楽しかったわ」

「そうか……」

「ありがとう。こんな私をずっと匿ってくれて……」


 そう言うと、ベルンハルトが足を止めた。


「気にしなくていい。村の皆も喜んでいる」

「……聖女の病死のこと、もう国中に噂が広まりましたね」


 村の人もよくそのことを話している。「まだ若いのに、お可哀想に」と。自分のことを言われているはずなのに、なぜか他人事のように感じられ、この頃はあまり気にしなくなっていた。


「シルヴァーナ、ここ数日考えていたんだが、なぜ君はこの村に送られてきたんだろうか」

「え?」

「もし本当に君を殺したとして、その死体はどこかに埋めてしまえば良かったんじゃないか?」

「それは……」


 確かにおかしな話だ。殺した相手をなぜわざわざ田舎の教会まで運んで、埋葬しようとしたのだろうか。

 シルヴァーナは少し考えると、なんとなく思い付いたことを口にしてみた。


「殿下は本当に聖女かとしつこく聞いていたわ。それってきっと半信半疑だったからだと思う。結局私に剣を向けたけど、疑惑はそのまま……。だから、恐れたんじゃないかしら」

「恐れる?」

「ええ……。本当に聖女なら、それを殺した自分は呪われるとでも思ったんじゃないかしら。その辺に埋めてしまっては呪いが降りかかる。だから小さくても、ちゃんとした教会で葬儀をして埋葬しようとしたんじゃ……」


 アシュトンは偉そうにしている割に、いつも何かに怯えているように見えた。他者からの評価も異常なほど気にしていて、国王や国民からの評価はもちろん、身近にいる護衛騎士や女性からの評価さえ気にしていた。王太子という立場だから評価を気にするのは仕方ないにしても、度が過ぎている気がした。


「呪いか……」

「酷い人だけど、一つだけ、あの人は良いことをしました」


 ベルンハルトが首を傾げるので、シルヴァーナはふわりと笑う。


「私の埋葬をこの村にしたことです」

「シルヴァーナ……」

「ベルンハルトさんに会えなかったら、今頃どうなっていたか分かりません。本当にベルンハルトさんに会えて良かった……」


 シルヴァーナの言葉に、ベルンハルトは少し照れた顔をしながらも目を逸らすことなく笑みを返した。


「俺の方こそ、感謝する。君が来てから、村はすっかり明るくなった。畑仕事までさせてしまって、すまない」

「いいえ。私、もともと働くのが好きなんです。畑仕事は初めてだったけど、野菜を作るのはとっても楽しいし、まったく苦じゃないわ」

「そうか……」


 二人はそうして微笑み合うと、またゆっくりと歩きだした。



◇◇◇



 そして、次の日――。

 昨日と同じように、朝から農作業のためにベルンハルトと村に向かった。


「なんだろう……」


 ベルンハルトが歩きながら呟く。


「どうしました?」

「いや……、なんだかすごく身体が軽いような……」


 ベルンハルトは不思議そうに自分の手を見つめ、握ったり開いたりしている。


「昨日、よく眠れたとかじゃないですか?」

「そうかな……。確かに昨日はよく眠れたような気がするが……」


 そんな話をしながら村に到着すると、なぜか広場がいつも以上に賑わっていた。活気のある声がそこここから聞こえる。


「みんな、おはよう」

「おはようございます! シェーナ様!」


 明るい声で挨拶をすると、村人たちがわっとシルヴァーナに駆け寄った。


「シェーナ様、聞いて下さい!」

「どうしたの? なんだか朝から元気ね」

「そうなんですよ! 今日はなぜか、みんな朝から元気なんですよ!」

「え?」


 ベルンハルトと同じことを言う村人たちに、シルヴァーナは首を傾げる。


「毎日だるくて辛かったけど、今日はなぜか朝から微熱もなくて身体が楽なんだよ!」

「私もなんです! 目が覚めたらなんだかすごく元気になった気がするんです!」


 皆が口々に言う言葉に、シルヴァーナはベルンハルトと目を合わせた。


「それは良かったけど、みんなが元気になるなんてどうしたのかしら」

「それはシェーナ様のお料理のお陰ですよ!!」

「え!?」


 突拍子もないことを言われて、シルヴァーナは驚いた。村人たちは全員がうんうんと頷いており、見解は一致しているようだ。


「そんなまさか……」

「シェーナ様の料理を食べた全員が元気になっているんです! 絶対そうですよ!」


 興奮する村人たちに困ってベルンハルトに視線を投げると、ベルンハルトは顎に手を添えて考え込んでいた。


「確かに今まで何度も皆で食事をしているが、こんなことはなかった。他の日と昨日の違いといえば、君が料理を振る舞ったことだ」

「ベルンハルトさんまで……」


 自分の料理を食べて元気になったと言ってくれるのは嬉しいが、なんだか大袈裟過ぎて恐縮してしまう。

 それでも村人たちのいつもよりずっと血色の良い顔を見ると、これ以上は否定しなくてもいいかと思えた。


「私の料理で元気になってくれるなら、いくらでも作るわ! 楽しみにしててね!」


 シルヴァーナが言葉に、村人たちは歓声を上げて喜ぶと、顔を見合わせ笑い合った。

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