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第65話 あなたは、誰?

 シルヴァーナはノエルの腕の中で意識を失うように眠り続けた。どれくらい経ったのか、意識が浮上してうっすらと目を開けると、夜明けが近いのか、辺りは白み始めていた。


「ノエル様……」

「起きたか。だいぶ楽になっただろう」

「はい……」


 返事をしてから気付いたが、確かに胃も胸も苦しくない。

 シルヴァーナはホッとしながら周囲に目を向けた。


「ここは……?」


 周囲は何もない雪原に見える。ぽつんぽつんと木があるくらいで、道でもない場所を進んでいる。

 ノエルは迷っている様子でもないので、進む道が分かっているのだろう。


「もうすぐエクランド邸だ」

「エクランド? でも……」

「君がいたあの屋敷は偽物だ。本当のエクランド邸はこの先にある」


 静かに答えるノエルの顔をシルヴァーナはじっと見つめる。ノエルの顔は女性から見ても麗しい顔をしている。柔らかな金髪に、深い青の瞳。鼻がすっと高くて、その目に見つめられたら、誰でも恋をしてしまいそうだ。

 シルヴァーナも会うたびに、少しだけ胸がドキドキしていた。それなのに、今間近にいるノエルには、まるで気持ちが動かない。

 不思議なほど落ち着いていて、まるで親の腕の中にいるようだ。


「本当の……。お母様が暮らした……」

「そうだ。クレアが過ごした屋敷だ。今はもうぼろぼろだがな」


 馬の速度はもう随分ゆっくりだった。ふと連れ出してくれた時のことを思い出して、シルヴァーナはそっとノエルの頬に触れた。


「あの時、あなたの顔、おじいさんだった。なぜ?」

「医者はそういう姿だろう」


 はぐらかす言葉にシルヴァーナは首を傾げる。ノエルはずっと前を見たまま、それでも黙ることはしなかった。


「ベルンハルトは必死に君を助けようとしていた」

「ベルンハルト……」

「君の兄も必死だった。何の手立てもないまま、ただ感情だけで君を取り戻そうと躍起になっていた」

「きっと誰でもそうよ……。大切な人が奪われてしまったなら……」

「そういうものか」

「ええ……」


 シルヴァーナが頷くと、ノエルは一瞬シルヴァーナを抱き締めた。

 少しだけドキッとしたけれど、ノエルはそれ以上何をすることもなく腕を緩めた。


「ああ、見えてきた。あれが君の実家だ」


 ノエルの指し示す方向に目を向けると、そこには太陽に照らされたぼろぼろの屋敷が遠く見えた。



◇◇◇



 屋敷の前で馬を降りると、シルヴァーナは自分の足で立った。よく眠ったからか、あまり疲労は感じない。

 ノエルが屋敷の中へと入って行くのでその後を追うと、広い玄関ホールに入った。がらんとしたホールには何もなかったが、壁にはたくさんの絵画が残っていた。


「こちらに。君の祖父母が描かれた絵がある」


 ノエルに呼ばれ、隣の部屋に入ると、壊れたソファやテーブルがあって、少しだけ昔の名残が見えた。

 暖炉の上に飾られた肖像画を見ると、30代ほどの夫婦が並んで立っている。その男性の瞳の色は、シルヴァーナの瞳とまったく同じように思えた。


「これが……、私のお祖父様、お祖母様……」


 自分にも母にもあまり似ているとは思えない顔だった。けれど王宮で紹介された人よりも、なぜか近しいものを感じる。他の肖像画に描かれた人も、どこか同じ血を感じる気がした。


「クレアの肖像画は二階にある」


 惹かれるようにシルヴァーナは二階に上がると、ノエルとドアが倒れてしまっている部屋に入った。

 可愛らしい小花の壁紙がまだ少し残る部屋には、ぼろぼろになった天蓋付きのベッドがあった。テーブルやイスはないが、子供用の勉強机があって、そこに小さな絵が嵌め込まれていた。


「これがクレアだ」


 卵の大きさよりも小さい楕円の肖像画には、5歳ほどの女の子が描かれている。ふわっとした茶色の髪と緑の瞳は、まるで自分が描かれているようだった。


「お母様だわ……」


 これこそ疑いようがなかった。この屋敷は本当に自分の祖父母の家であり、その祖父母はもうこの世にはいない。

 やっと納得できた。


「不思議……、私、ここに来た気がする……」


 小さな頃のほんの微かな記憶の中に、確かにここによく似た景色がある。けれどなぜここに来たのか、思い出せない。

 シルヴァーナは記憶を思い出そうと、屋敷の中を見て回る。そうして一度外に出ると、ふと裏庭の方に意識が向いた。

 雪で覆われた地面を踏み締めて、一歩一歩前へ進む。


(あっちに何かあった気がする……)


 ぼろぼろの塀を見ながら、裏庭から続く木立の中を進むと、ぽっかりと空間が空いている場所に着いた。

 そこには何個かのお墓があって、シルヴァーナはその中の一つに足を止めた。


「ヒューゴ・エクランド、アリシア・エクランド、ここに眠る……」

「君の祖父母だな」

「思い出した……。私、ここに来たわ……」


 目を見開いてシルヴァーナは呟いた。5歳になったばかりの頃だ。母に連れられてヴィルシュ王国に向かった。口数の少ない母の口からは何も聞かされず、ただこの屋敷で数日過ごした。


「このお墓に花を手向けたの、覚えてる……」

「そう。君は小さな手で野の花を摘んで、この墓に手向けた」


 背後に立つノエルの言葉に、ゆっくりと振り返る。


「悲しみに暮れるクレアには、兄が付き添っていた。君はここで一人、祖父母に話し掛けていた」

「あなたは……、誰?」


 立ち上がり、訊ねる。

 シルヴァーナの静かな問いかけに、ノエルは優しく微笑んだ。

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