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第6話 妻ってなんですか?

 朝、ノックの音で目を覚ました。


「おはようございます、シルヴァーナ様。入ってもよろしいですか?」


 ドアの向こうからエルナの声がして、ハッと目を開けたシルヴァーナは慌てて起き上がる。「どうぞ」と声を掛けると、エルナがドアを開けて入ってきた。


「おはようございます、よく眠れましたでしょうか」

「あ、はい。とっても」

「朝のお支度をお手伝い致します。こちらで顔をお洗い下さい」


 エルナは持ってきた水差しの水をタライに注ぐと、タオルを持ってこちらを向いた。

 シルヴァーナは申し訳なく思いながらも、ベッドから下りて顔を洗う。その間に、エルナはもう一度廊下に出て、ワゴンを押して戻ってきた。


「お着替えですが、突然でしたので申し訳ありませんが、大奥様のドレスをご着用下さいませ」

「え!? いえ! このローブをまた着ますので」

「こちらはわたくしが洗濯をして繕っておきますので、その間はこちらのドレスをどうぞ」

「でも……」


 エルナの笑顔の圧力に負けて、シルヴァーナはそれ以上食い下がることができなかった。

 仕方なく頷くと、エルナはにこりと笑ってみせる。


「先に髪型を決めてしまいましょうか。こちらへどうぞ」


 ドレッサーの前に座ると、エルナは機嫌良さげにシルヴァーナの編んでいた髪を解いた。


「纏めるだけでいいから……」

「折角ですから、今風の髪型にしましょう。このドレスにも似合いますから」


(なんだか、この屋敷の使用人さんたちって、しっかり意見を言うのね……)


 執事もメイドもただ命令に従うだけの使用人ではないという雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。


「大奥様が亡くなられてからもうだいぶ経ちますので、このドレスもずっとしまっていたのです。またこうして出すことができて、わたくしごとですが嬉しく思っているのですよ」

「ベルンハルトさんのご両親は……」

「お二人とも、6年前の流行り病でお亡くなりに……。今は旦那様が男爵位を継いで、村の経営も任されているのです」

「男爵様なのですか……」


 男爵と聞いてシルヴァーナは顔を曇らせた。爵位のある人間なら、アシュトンと繋がりがあるかもしれない。

 助けてもらった恩はあるが、やはり早くここを離れた方がいい気がしてくる。


「シルヴァーナ様の髪はふわっとしておいでなので、少し巻いてそのまま下に垂らしましょう。素敵になりますよ」


 エルナは手慣れた様子で髪を整えていく。その速さと正確さは、自分とは比べようもない。いつも朝、纏めるだけの髪に手こずっている自分では、到底できない髪型だった。


「さ、これでよろしいですわ。次はドレスを着ましょう」

「はい……」


 もう何も言うまいと、シルヴァーナは返事だけをすると立ち上がる。

 薄紫のドレスは胸元に花があしらわれており、控え目ながらも可愛らしい印象のあるドレスだ。

 慣れていないコルセットを着けてドレスを着ると、鏡に映った自分はまるで違って見えた。


「よくお似合いです。大奥様が若い頃のドレスですが、ぴったりで良うございました。さ、もう一度お座り下さい。仕上げを致しましょう」


 エルナにされるがまま、薄く化粧をすると、髪には花の髪飾りをつけた。すっかり貴族の女性のような姿になると、エルナは満足げに腰に手を当てる。


「うん、ばっちりです。早く旦那様に見せに行きましょう」


 シルヴァーナはぎこちない歩きで部屋を出ると、エルナの案内で階下に向かう。

 開け放たれた扉の奥に、イスに座っているベルンハルトが見えて、挨拶しようと近付くとガタッとなぜか立ち上がった。


「おはようございます、ベルンハルトさん」

「お、おはよう……。シルヴァーナ……」

「旦那様、どうですか? 見違えたでしょう?」


 エルナの言葉に、こくこくと頷くベルンハルトについ笑ってしまう。


(女性に慣れていないのかしら? 年上だろうし、貴族なのに、おかしな人……)


 社交界で幾らでも女性と接する機会があるはずなのに、ベルンハルトはいちいち物慣れない態度を取る。

 それがなんだかおかしいけれど、親しみが持てた。


「あ、どうぞ、座って。朝食にしよう」

「ありがとうございます」


 ベルンハルトの正面に座ると、あっという間に美味しそうな朝食がテーブルに並べられた。

 良い匂いに反応したのか、お腹がぐぅと鳴ってしまう。


(やだ……、私ったら……)


 慌ててお腹を押さえたシルヴァーナは、ちらりとベルンハルトを見る。

 目が合ったベルンハルトは、ゴホンとわざとらしく咳払いをしてからフォークを手に取った。


「とりあえず食べようか」

「はい」


 そう言って二人で食事を始めた。


「ベルンハルトさん、ここは何という村なんですか?」

「メルロー村だ。王都までは馬車でも片道3日は掛かる田舎だよ」

「メルロー……」


 まったく知らない地名に、シルヴァーナは首を傾げる。


「君は昨日、王都の騎士たちが運んできたんだ。受け取り手がいない罪人だから、領主の俺が埋葬を受け持てと言われた。それがまさか聖女だとは……」

「私の顔は知らなかったのですか?」

「知らなかった。『王都に聖女がいる』ということは知っていたが、何か恩恵がある訳でもなかったからな。あ、すまない……」

「あ、いえいえ。全然役に立っていなかったのは、本当のことですから」


 苦笑してそう言うと、ベルンハルトは申し訳なさそうに眉を下げる。


「私は5歳から聖女として教会にいましたが、特別な力なんてまったくありませんでした。それでも選ばれたからには頑張ろうと、勤めてきたつもりです。王太子とは歴代の聖女がそうだったように、15歳の時、婚約しました」


 シルヴァーナは当時、少しだけ婚約を喜んでいた。王太子妃なんて、どんな少女も憧れる地位だ。喜ばない女の子はいないだろう。

 だが次第に自分にはあまりにも分不相応だと感じ始め、できれば辞退したいと考えていた。それに、時折会うアシュトンの性格が、どうしても自分には合わない気がしたのだ。


「それが突然、王太子が現れて、なんだかすごく怒っていて、『奇跡を見せろ』と……」

「突然だったのか?」

「ええ。教会に突然来て、王家を騙していると騒いで。聖女でないなら断罪すると言って、私を……」


 本当に何度考えても不条理この上ない。こちらの言い分も何も聞かず、突然剣を向けたのだ。

 アシュトンが少し間の抜けた人間だとは思っていたが、これほど無茶なことをする人だとは思わなかった。


「酷い話だ……」

「私は、私の意思で聖女になった訳でも、婚約者になった訳でもありません。いつだって誰かに言われて、命令されて……」


 拒否することもできず、素直に従っていた。けれどこんな仕打ちを受けては、もはや従順な態度などできようはずがない。


「大変だったのだな……」


 優しい声に、シルヴァーナは俯いていた顔を上げた。ベルンハルトはきっと同情してくれているのだろう。その優しい瞳を見つめ返す。

 言葉もなく見つめ合っていると、突然ホールの方からドンドンと扉を叩く音が鳴り響いた。


「フェルザー男爵はいるか!?」


 怒鳴るような男の声と激しく扉を叩く音に、二人は顔を強張らせる。


「シルヴァーナ、君はここにいなさい」

「でも」

「大丈夫だ。俺に任せて」


 そう毅然と言ったベルンハルトは、立ち上がるとホールの方へ歩いて行く。

 シルヴァーナは立ち上がると、動揺しながらも玄関が見える位置にそっと移動した。


「朝から何事でございましょう」


 ドナートがしらっとした顔でドアを開けると、騎士の服を着た男性二人がいて、ホールの方へ視線を投げた。


「男爵はいるか!?」

「突然押し掛けて、無礼ではないか」


 ベルンハルトも顔色を変えず騎士の前に立つ。今はあの細い身体がとても頼もしく見えた。


「教会に安置した罪人の遺体が消えた! 何か知らないか!?」

「何を馬鹿な。遺体は霊安室に入れたでしょう? 今日にも埋葬する予定です。それが何か?」

「だから! その遺体が消えたのだ!! お前が何かしたんじゃないだろうな!?」

「遺体を? なぜ私がそんなことを?」


 呆れたように肩を竦めるベルンハルトに、騎士たちは苛々とした表情で睨み付ける。


「村中聞いて回ったが、深夜、この屋敷の方から女の叫び声が聞こえたという証言があった。お前、何か隠しているだろう!?」

「女の叫び声? まさか遺体が叫んだと?」

「とにかく、調べさせてもらうぞ!!」

「おい!! 勝手に中に入るな!!」


 ドカドカとホールに踏み込んできた騎士たちに驚き、シルヴァーナは慌ててへばりついていた扉から身を離した。

 このままでは見つかってしまうと、あたふたと部屋を見渡すが、どこにも隠れる場所などない。


(ど、どうしよう!?)


 机の下にでも隠れようかと思ったが遅かった。扉から入ってきた騎士と目が合ってしまう。


「誰だ、お前は!?」

「え!? えーと、えーと、私は……」


 頭が真っ白になってしまい言葉を詰まらせていると、ベルンハルトが駆け込んできて、突然肩をガシッと抱いた。


「この人は私の妻だ!!」


(は!?)


 声も出せず驚く。見上げるベルンハルトの目は真剣そのもので、シルヴァーナはポカンと口を開けたまま立ち尽くした。

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