第46話 ライアンの目的
シルヴァーナは目を覚ますと、視界に入った景色は見慣れた自分の寝室で、ホッと息を吐いた。
(村に戻ってこられたのね……)
ゆっくりと起き上がり部屋を見渡すが、真っ暗な部屋の中に人の気配はない。
(ベルンハルトは……)
ぼんやりとする頭で考える。だがすぐにライアンの顔を思い出して眉を顰めた。
わざとではないにしても、ライアンが「様子を見てこい」などと言わなければ、自分は矢に倒れることはなかったのだ。
隣国の王太子に文句を言える訳もないが、恨みの気持ちが湧くのも仕方ないことだろう。
「今何時かしら……」
シルヴァーナは重い溜め息を吐くと、枕元のランプに手を伸ばした。灯りをつけようとしたが、ふと外が何やら騒がしい気がして手を止める。
村の方で誰かが叫んでいるような声に、シルヴァーナはベッドを降りると窓辺に寄ってカーテンを開けた。
暗闇の中に、ちらちらと明かりが見える。村に街灯などはないから、誰かが明かりを持って動いているのだろう。
「なにかしら……」
屋敷からでは何も見えず、それでも目を凝らして村の方を見ていると、背後でノックの音がした。
返答をする前にドアが開くと、そこにはライアンが立っていた。
「殿下……」
「具合はどうだ、シルヴァーナ」
「え、ええ……。あ、お見苦しい恰好を……」
夜着の姿を見られて顔を赤らめると、シルヴァーナは慌てて肩掛けを身体に巻き付ける。
ライアンは別段気にする様子もなく部屋に入ってくると、そばに歩み寄った。
「本当に不死なのだな」
シルヴァーナは頷くこともできず、ただライアンを見つめる。
「不死の力と、癒しの力。素晴らしい力だな……」
「殿下、わたくしは、」
「お前は国に戻りたいと思わないのか?」
「国に?」
突然言われた言葉の意味が分からず、シルヴァーナは怪訝な表情で問い返す。
ライアンはほんの少し笑みを浮かべて頷く。
「お前の母はヴィルシュの生まれだ。エクランド侯爵の一人娘」
「それは知っておりますが……、わたくしはルカートの生まれです」
(何を言いたいんだろう、殿下は……)
遠回しに何かを言われている気がして、シルヴァーナは慎重に言葉を選んで答える。
「ヴィルシュの話は聞いていないのか?」
「……母は、あまり母国のことは話さないので……」
「ヴィルシュに来たことは?」
「ありません。……あ、いいえ、小さな頃に一度だけ……、行ったことが……」
ライアンの質問に一度は否定したシルヴァーナだったが、ふいに記憶が蘇ってきて首を振った。
微かな記憶の中に、大きな屋敷を訪れた思い出がある。かなり小さい頃のことではっきりとは思い出せないが、その屋敷が母の実家だったような気がする。
「さきほど療養院を見てきた」
「あ……、ご見学なさったのですね」
「癒しの力も本物だな」
「……わたくしは、ただできる限りのことをしているだけです」
シルヴァーナは目を伏せると曖昧に答える。ライアンにこの力が偽物だと言ったところで、ちゃんとした説明はできないのだ。それならばこれ以上の答えはできない。
「そういえば、さきほど村に野盗が入り込んだらしく、お前の夫は屋敷を出て行ったぞ」
「え!?」
脈絡もなく言われた言葉に、シルヴァーナは声を上げた。慌てて窓に寄り、暗闇を見つめる。
「村の方が騒がしいと思ったけど、そんな……」
「野盗など、別に大したこともあるまい」
「なんで野盗なんて……。今までこんなこと一度もなかったのに……」
「大丈夫だ、心配いらない。お前はこんな村とは関係なくなるのだから」
背後でライアンが呟くように言う。その言葉の意味を図りかねて振り返ろうとしたシルヴァーナだったが、突然口元に何かを押し付けられて目を見開いた。
「なに!?」
ライアンが背後から抱き締めてきて身動きが取れない。シルヴァーナはどうにかライアンの手をどかそうともがいたが、なぜかすぐに手足に力が入らなくなっていく。
「な……、なに……これ……」
強烈な眠気に襲われて、立っていられない。
「さぁ、国に帰ろう。シルヴァーナ」
「なに……言って……」
「お前はティエール神などの聖女ではない。我が国ヴィルシュ王国の神、ラヴィネラ神の遣わした聖女なのだ」
ライアンの声に閉じかけていた目をどうにか開けると、ライアンは優しく微笑んだ。
その顔を睨み付けたシルヴァーナだったが、もはや声を出すこともできず、意識は闇に沈んだ。