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第39話 パトリック王子の来訪

 着替えを済ませ居間に行くと、ベルンハルトがこちらを見て目を輝かせた。


「お待たせ、ベルンハルト」

「シルヴァーナ、あ……、随分綺麗にしたね……」

「変、かな?」

「あ! いや! そうじゃなくて! いつもの格好もいいけど、綺麗なドレスを着ているシルヴァーナも、その……いいと思う……」


 照れながらそう言ったベルンハルトの様子を見て、クレアの言うことはまんざら間違いではないのだと思った。


(ベルンハルトが喜んでくれるなら、もう少しちゃんとした格好をしてもいいかもな……)


 シルヴァーナはそう思うと、ベルンハルトににこりと笑い掛けた。


「パトリック様が来るまで、二人でお茶にしない?」

「そうだな」


 そうして久しぶりにゆっくりと二人でお茶をしていると、30分ほどして表が騒がしくなった。


「殿下のご到着です!」


 エルナが居間に慌てて飛び込んでくると、興奮した顔で言ってくる。二人は慌てて立ち上がると、玄関ホールに向かった。

 いつもは冷静なドナートが、どことなく緊張した面持ちでこちらを見ると扉を開ける。全員で外に出ると、馬車から降りるパトリック王子に視線を送った。


「ようこそお越し下さいました、殿下」

「フェルザー男爵、出迎えありがとうございます」


 13歳になったパトリック王子は、国王に年々似てきている気がする。薄い茶色の髪も青い瞳もそっくりで、城に飾られている国王の少年時代の肖像画に本当に似ている。

 違いがあるとすれば、国王の目はきつい印象だが、パトリックの目はとても優しく感じる。それは王妃の眼差しに似ていて、二人の良いところを受け継いでいる気がした。


「遠路はるばるようこそお越し下さいました、パトリック様」

「シルヴァーナ、久しぶりだね」


 シルヴァーナに笑顔を向けたパトリックは、一度風景を見るように首を巡らせる。


「のどかな良い村のようですね」

「何もない村ですが、どうぞおくつろぎ下さい」

「お話の前に、療養院を見に行ってもいいですか?」

「療養院ですか?」

「はい。父上と母上から、ぜひ視察してこいと言われまして」


 パトリックの言葉に、シルヴァーナとベルンハルトは目を合わせると笑顔で頷いた。

 それからパトリックを村に案内すると、あっという間に人だかりができてしまった。

 パトリックはもちろん警護に騎士をつけているし、お付きの者も多いので大所帯になってしまい、畑仕事をしていた村人まで誰が来たんだと見に来てしまった。


「すみません、村の者たちが……」

「大丈夫ですよ。それより、あれが療養院ですね?」


 村の中心に建てられた2階建ての建物は、他の住居とは全く違うしっかりとしたレンガ造りで、みすぼらしい村には不似合いな大きな建物だ。

 当初は平屋で考えていたのだが、エラルドの資金援助により2階建てに拡張された。

 パトリックを先頭に、ずらずらと療養院に入ると、病人も世話をしていたホリーも驚いた顔をしてこちらを見た。


「シルヴァーナ様、えっと、この方々は……」

「仕事中にごめんなさいね、ホリー。この方はパトリック王子様よ。療養院を視察に来て下さったの」

「王子……? 王子様!?」


 シルヴァーナの説明に声を跳ね上げさせたホリーは、ガバッと頭を下げる。同じようにベッドに寝ていた人たちも慌てて起き上がろうとしている。


「ああ、皆さん。そのままで大丈夫ですよ。突然来てしまってすみません。すぐに出ていきますので楽にして下さい」


 パトリックは優しくそう言うと、近くのベッドに寝ていた男性に近付く。


「こんにちは。あなたはいつからここに?」

「昨日からです」

「顔色が良いですね。具合はどうですか?」

「聖女様の作った料理を食べたら、随分良くなりました。昨日まで息苦しくてたまらなかったんですが、今日はもう熱もありません」

「そうですか。それは良かった」


 声を掛けられた男性が緊張した面持ちで答える。そうしてシルヴァーナに視線を向けるので、シルヴァーナは笑顔で頷いた。


「まだ開院したばかりなのに、ベッドは埋まっているようですね。運営は大丈夫ですか?」

「はい。思った以上に良い人材が集まってくれて、今のところはまったく問題ありません」


 ベルンハルトが答えると、パトリックは感心したように頷き、それからキッチンやリネン室まで見て回った。

 療養院を出た後は、村もゆっくりと視察をすると、屋敷に戻った。


「療養院の様子が見られて良かったです」

「何か問題でもあったのでしょうか?」


 夕食のテーブルを囲み、和やかな雰囲気で食事は進む。

 ベルンハルトが訊ねると、パトリックは笑顔で首を振った。


「いいえ、問題ということではなく、父上と母上が上手くいっているかとても気に掛けていて、僕に様子を見てくるように言ったんです」

「陛下と王妃様が……」

「何か困っているようなら手助けしてこいと。ですが我々の手は必要ないようですね」

「お気持ちだけでも大変ありがたいことです」


 ベルンハルトは恐縮してそう言うと、軽く頭を下げた。


「パトリック様、王妃様はあれからお身体の調子はどうですか?」

「元気に過ごしています。医師も問題ないと太鼓判を押していますよ。本当にシルヴァーナのお陰です」

「そんな……、私は何も……」

「謙遜することはありません。母上も療養院にいる者たちも、シルヴァーナのお母上も、すべてシルヴァーナが治したのだから、胸を張るべきです」

「パトリック様……」


 パトリックの言葉にシルヴァーナは微笑む。

 大人のような発言にとても成長を感じる。ほんの少し前まで教会の庭で遊んであげていた気がするのに、今はもう誰が見てもしっかりとした王子だ。

 まもなく王太子となるだろうが、これならまったく心配いらないと思えた。


「殿下、シルヴァーナのことは王都で噂になっているのでしょうか?」


 それまで黙って話を聞いていたクレアが口を開いた。パトリックはクレアに視線を合わせると小さく頷く。


「そうですね。メルロー村に行けば聖女に会えると、噂は広まりつつあります」

「まぁ……。では患者はまだまだ増えるかしらね……」

「お母様、療養院は始まったばかりよ。今からそんな溜め息を吐いているようでは、これからやっていけないわ」

「それはそうだけど……、これ以上忙しくなったら、あなた、寝る暇もなくなってしまうんじゃない?」


 クレアの心配も分かるが、ベルンハルトと一緒に頑張ると決めたのだ。どれほど患者が来たとしても、救ってあげようとシルヴァーナは思っている。


「皆が聖女を頼ってきているんだもの、応えてあげなくちゃ」

「シルヴァーナ……」


 シルヴァーナの言葉に、クレアはしょうがないという笑顔を見せると小さく頷き、それ以上は何も言うことはなかった。

 その様子を見つめていたパトリックは、少しだけ黙った後、持っていたフォークとナイフを置き、しっかりとシルヴァーナに身体を向けた。


「シルヴァーナ。その聖女として、お願いがあります」


 真剣な声と目に、シルヴァーナは食事の手を止めると、パトリックに向き合う。


「何でございましょう」

「2週間後、西の隣国、ヴィルシュ王国から王太子がやってきます」

「ヴィルシュから?」

「ええ。父上との会談が予定されているのですが、その時シルヴァーナにも会いたいと親書で伝えてきたんです」

「私に!?」


 驚いて声を上げたシルヴァーナに、パトリックは深く頷く。


「ティエール神の聖女にぜひ会ってみたいと。ヴィルシュ王国とはなかなか微妙な関係なので、父上は今回の会談を穏便に終わらせるためにも、シルヴァーナに来てもらいたいと言っています」

「聖女として、ですか……」


 ヴィルシュ王国は表面上は友好国となっているが、数年に一度は国境付近で小競り合いがあり、常に警戒を強いられている相手だ。

 国王の要請とあればもちろん断るつもりはないが、それでも他国の王太子に会うというのは荷が重い気がして、シルヴァーナはすぐに返事はできなかった。


(本物の聖女ではないのに、ずっと嘘を吐き続けなくちゃいけないのね……)


 今の状況をやっと受け入れ始めたばかりだというのに、他国にまで嘘を吐くということに罪悪感ばかりが胸に湧き上がってくる。

 顔を曇らせて黙り込むシルヴァーナに、助け舟を出したのはベルンハルトだった。


「殿下、聖女はすでに公から退いているという事を、先方は知っているのでしょうか?」

「ええ。一度父上の方からそのことを知らせたのですが、王太子はそれでも一度会ってみたいと再度念押しされてしまって……」


 パトリックが困った表情で答えると、ベルンハルトは少し考えてからまた口を開いた。


「それでしたら、その場に私も同席させて頂けないでしょうか?」

「男爵も?」

「はい。私ごときが外交の場に出られぬことは重々承知しておりますが、シルヴァーナの夫として同席することを許して頂きたい」

「ベルンハルト……」


 ベルンハルトの申し出に、シルヴァーナはその顔を見つめる。


(確かにベルンハルトが一緒にいてくれれば、とても心強いけど……)


 判断に悩んでいるのか、パトリックは顎に手を当てて考え込んだ。その顔を見つめていると、パッとシルヴァーナに視線を向けた。


「分かりました。男爵も同席できるように、僕から父上に話します」

「パトリック様……」

「大丈夫。シルヴァーナが心配なのは僕も一緒だから、僕に任せて」


 にこりと笑ったパトリックの顔は、少しあどけなくて幼い頃を思い出させた。


「では正式に、聖女シルヴァーナにヴィルシュ王国ライアン王太子との謁見を依頼致します」

「分かりました」


 ベルンハルトは一度シルヴァーナと目を合わせ、二人で小さく頷き合うと、はっきりと答えた。

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