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第38話 新婚生活

 ベルンハルトとの結婚式が終わり、あっという間に3ヶ月が過ぎた。季節は秋を通り越し、寒い冬の真っただ中だ。メルロー村の辺りはたまに雪になるが、積もるほどに降ることはなく、畑では冬に採れる野菜を作っている。

 ベルンハルトの提案で建てることになった療養院は、兄エラルドの力も借りてつい10日前に完成し、すぐに病人の受け入れを開始した。

 シルヴァーナは午前中に農作業をし、午後は療養院で病人のために料理を作るという忙しい日々を過ごしている。


「皆さん、お待たせしました。今日のスープは甘いお芋がたっぷり入っていて美味しいですよ」


 シルヴァーナがお鍋を乗せたワゴンを押して病室に入ると、ベッドに寝ていた人たちがこちらを向いた。


「聖女様……」

「ああ、起き上がらなくていいわ。持って行くから寝ていてね。ホリー、私がよそうから皆に配ってあげて」

「はい、シルヴァーナ様」


 病人の世話をしていたホリーは笑顔で頷く。ホリーは療養院が作られるという噂を聞きつけて隣町から来た少女だ。以前ホリーの父親をシルヴァーナが元気にしたということで、病人の世話係を申し出てくれた。

 17歳と若く、溌剌とした様子は、年配者の多いメルロー村に活気を運んできてくれたと、村人たちも喜んでいる。

 ホリーの他にも、療養院にはエラルドが連れて来てくれた、医者や手伝いの者たちが数名おり、病人の面倒を見てくれている。

 療養院ができたことにより、シルヴァーナの噂はさらに遠くまで広まったようで、開院したばかりだというのに、用意したベッドはすぐに埋まってしまった。


「さぁ、どうぞ。熱いのでゆっくり食べて下さいね」

「ああ、ありがとうございます……」


 ホリーが起き上がった男性に皿を手渡す。シルヴァーナも人数分をよそうと、寝たままの女性にスープを持って行った。


「起き上がれますか?」


 一度小さなテーブルに皿を置くと、年老いた女性をそっと抱き起こす。

 何度か咳をするので、背中をさすっていると、女性は目を開けてシルヴァーナを見た。


「聖女様……、お手を煩わせて申し訳ありません」

「なに言ってるの。辛い時は助け合うものよ。さぁ、少しでもスープを飲んで。きっと元気になるから」


 シルヴァーナはそう言うと、スープを匙に掬い口元に持っていく。

 女性は涙ぐんで「ありがとうございます」と言うと、スープを飲んだ。


「ああ、美味しい……。なんて美味しいんでしょう……」

「口に合って良かったわ。さぁ、もう一口」


 そうして食事が終わる頃、病室にベルンハルトが訪れた。


「そろそろ食事は終わったようだね」

「ベルンハルト」


 ベルンハルトはいかにも領主らしい、ピシッとしたスーツを着ていた。結婚してからは出会った頃のように、ぼさぼさの髪でいるようなことはなくなったが、それでも毎日農作業をするため、ラフな格好でいることが多い。

 今日のようなスーツ姿は珍しく、シルヴァーナは素敵なベルンハルトの姿に、少しだけ見惚れてしまった。


「いらっしゃいませ、領主様」

「ああ、ホリー。頑張っているね。シルヴァーナ、そろそろ時間だから、呼びに来たよ」

「え? 何かあったっけ?」

「やっぱり忘れてるな。今日はパトリック王子がお越しになるんだぞ。そろそろ支度しないと間に合わない」

「あ! そうだったわ!」


 シルヴァーナはベルンハルトの言葉に慌てて腰を上げる。

 朝食の時、パトリック王子は今日到着するだろうと、執事のドナートに言われていたのをすっかり忘れていた。


「ホリー、後は任せていいかしら?」

「はい、お任せ下さい」


 起き上がっていた女性をゆっくりと寝かせ、空になった皿をワゴンに戻すと、シルヴァーナはベルンハルトと共に療養院を後にした。


「ごめんなさい。大切な用事なのに、忘れてしまっていて」

「仕方ないさ。毎日忙しくしているんだから。それに今日の訪問は個人的なもので、公式の訪問ではないから、それほど畏まることもないさ」


 ベルンハルトはそう言うと、自然にシルヴァーナの手を取り握り締める。結婚当初、夫婦だというのに、手を握るのでさえ顔を赤くしていた頃から考えると、かなりの進歩だ。

 シルヴァーナは手を握り返すと、少し歩を早め隣に並ぶ。


「パトリック様、何の用事で来るのかしら……」

「さぁ。届いた知らせには詳しいことは書かれていなかったからな。単に視察というだけのことかもしれない」

「そっか……」


 もう王族に関わるのは嫌だと思っていたシルヴァーナは、1週間ほど前に届いたパトリック王子からの連絡に少なからず不安を覚えていた。


「また王都の教会に戻れ……、とかじゃないわよね……」


 つい不安が口に出てしまうと、ベルンハルトが足を止め身体を向けた。


「まさか。そんな命令だったら、王命でシルヴァーナを王都に呼び寄せるさ。わざわざパトリック王子が来る必要なんてないだろ?」

「そっか……。そうよね」

「色々心配だろうが、今は考えても仕方ない。とにかくパトリック王子を出迎えて、話を聞こう」

「ええ」


 ベルンハルトの言葉に勇気付けられたシルヴァーナが明るい笑顔で頷くと、ベルンハルトも笑顔で頷き返した。



◇◇◇



 屋敷に戻ると、シルヴァーナの母クレアが、慌ただしく執事のドナートとメイドのエルナに何か指示を出していた。


「お母様、ただいま戻りました」


 シルヴァーナの声でやっとこちらに気付いたクレアが、パッとこちらに顔を向けると目を吊り上げた。


「シルヴァーナ! あなたったらいつまでも帰ってこないで!」


 クレアは足音も高く近付いてくると、まるで子供を叱るように声を上げる。


「お母様、そんなに怒ると身体に障りますよ」

「まぁ! 私はもうすっかり元気ですよ!」


 腰に手を当ててそう言うクレアは、確かに健康そのもので少し前まで車椅子で生活していたとは思えないほど元気に見える。

 結婚式にメルロー村を訪れてからずっと屋敷に滞在している内に、クレアはすっかり健康を取り戻した。


「ごめんなさいね、ベルンハルト。落ち着きのない娘で」

「そんなことは……。義母上、少し休んで下さい。もう殿下をお迎えする準備は整っていますので」

「ありがとう、ベルンハルト。じゃあ、シルヴァーナの着替えを手伝うわ。エルナ、ドレスの準備はできてる?」

「もちろんです、大奥様」

「では行くわよ、シルヴァーナ」

「はーい……」


 シルヴァーナはベルンハルトに肩を竦めてみせると、階段を上がっていくクレアの後を追い掛けた。

 自室に入ると、すぐにクレアは髪飾りを見比べ始める。


「奥様、ドレスはこちらでよろしいですか?」


 淡いオレンジ色のドレスは、以前新調した中の一つで、普段着にするにはもったいなくて一度も袖を通していなかったものだ。


「素敵な色じゃない、シルヴァーナ。そのドレスなら髪にはこの真珠の飾りがいいわね」

「これ、お母様のアクセサリーよね?」

「そうよ。若い時のものを持ってきておいたの。あなたに全部あげるから使ってちょうだい」


 テーブルに並べられたアクセサリーは、ネックレスや髪飾り、指輪も含めて相当な数だ。

 ドレスには慣れてきたとはいえ、華やかに着飾ることにはまだまだ抵抗のあるシルヴァーナには、こんな高価な宝石は必要ないように感じてしまう。


「こんなに必要ないわ、お母様」

「あら、仮にも男爵夫人なのよ、あなたは。畑仕事で着飾れなんて言わないけれど、貴族の方に、ましてや王族の方に会う時は、それ相応の格好をしなくちゃだめよ」

「それは分かっているけど……」

「それに! たまには着飾った姿を見せないと、ベルンハルトに嫌われてしまうわよ」

「そんな人じゃないわ、ベルンハルトは……」


 すぐに否定したシルヴァーナだったが、ほんの少しだけそんな気もして言葉は小さく消えていく。


(やっぱり綺麗な格好をしている子の方が、ベルンハルトもいいのかしら……)


 つい考え込んでしまうと、クレアは苦笑してシルヴァーナの肩を優しく撫でた。


「ベルンハルトがあなたを見た目で選んだんじゃないのは分かっているわ。でも、ベルンハルトを放っておいちゃダメよ」

「放っておいてなんて……」

「畑も療養院もって、忙しいのは分かるけどね」


 クレアの諭すような言葉を、シルヴァーナは噛み締めるように考える。

 確かに結婚したばかりだというのに、二人でのんびりする時間なんてまったくない。ましてやベルンハルトのために、綺麗なドレスをわざわざ着るなんてしたことがない。

 いつも美しい姿で父の前にいた母にそう言われてしまうと、とても説得力があった。


「……エルナ、えっと、今風の髪型にできる?」

「もちろんです。さぁ、お化粧もいたしましょう。こちらへどうぞ」


 エルナは嬉しそうに答えると、クレアも笑顔でシルヴァーナの支度を手伝った。

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