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第37話 幸せな結婚式

これで第一章は完結です。

 シルヴァーナが村に戻ってきて1ヶ月が過ぎた。まだまだ暑い日もあるが、秋の実りも近付いていて、村は活気に満ちている。

 シルヴァーナといえば、毎日毎日村の人たちと畑仕事に精を出していた。


「シルヴァーナ様、そろそろお昼にしましょうよ。あたしゃもうお腹ペコペコだよ」

「あら、もうそんな時間? お昼まであっという間ね」

「はぁ、働き者ですねぇ、シルヴァーナ様は」


 同じ畑で芋の収穫をしていたキャシーに声を掛けられて、シルヴァーナはやっと手を止めた。

 ずっと腰を曲げて作業をしていたので、身体を起き上がらせると両手を持ち上げて伸びをする。


「うーん、腰が痛いわ」

「そういえば、今日はお屋敷でお昼を食べるって言っていませんでしたっけ」

「あ! そうだった! 忘れてたわ!」


 キャシーの言葉にハッとすると、遠くから名前を呼ぶ声がした。


「シルヴァーナ! 帰ろう! もうそろそろ到着する時間だ!」

「ええ!」


 違う畑で作業をしていたベルンハルトが駆け寄ってくる。

 シルヴァーナはエプロンの泥をはたいて綺麗にすると、慌てて畑を出た。


「キャシー! 午後は箱詰めを手伝うからね!」

「はいはい! お客さんが来るなら、もう行きなよ!」


 手を振りながらそう言うと、キャシーは手を振り返して声を上げた。

 それから走って屋敷に戻ると、すでに馬車は到着していて二人は慌てて玄関に走り込んだ。


「お母様! お兄様! お義姉様も! よくいらっしゃいました!!」


 ちょうど到着したのは、シルヴァーナの家族だった。

 母と兄が目を見開いて驚いている中、赤ん坊を抱っこした義姉のティナは、シルヴァーナを見てクスクスと楽しそうに笑った。


「久しぶりにシルヴァーナに会ったけど、元気そうねぇ」

「お義姉様、お久しぶりです! まぁ! ラウルも一緒なのね!」

「やっと5ヶ月よ。連れて来られて良かったわ。素敵な村ね。のんびりできそう」


 ティナとシルヴァーナが話していると、ベルンハルトが全員に頭を下げた。


「こんな遠いところまでよくお越し下さいました。狭い家ですが、おくつろぎ頂けると嬉しいです」

「可愛い家ねぇ。たくさんドライフラワーがあって。これはお母様が?」

「はい。生前は野の花を摘んでは作っていて。今はシルヴァーナも作っていますが」

「お母様、お昼はまだでしょう? 私が作ったキッシュを食べてね」

「お昼より、まずあなたは顔を洗って着替えてらっしゃい。子供みたいに顔に泥を付けちゃって、もう……」


 苦笑しながらハンカチで頬を拭いてくれる母に、シルヴァーナは嬉しそうに笑顔を見せる。

 その顔を見て母も同じように笑った。


「とっても楽しそうにやってるのね。安心したわ」

「3日後に結婚式を挙げる令嬢には見えないけどなぁ」


 エラルドの言葉にシルヴァーナは笑顔を向けると、腰を落として挨拶した。


「お兄様も、よくいらして下さいました。何にもない村ですけど、ゆっくりしていって下さいね」

「……そうだな。久々の家族団らんだ。楽しむとしよう」


 素直に笑みを見せて頷いたエラルドに、シルヴァーナはベルンハルトと目を合わせて微笑む。

 それから着替えを済ませると、遅めの昼食が始まった。


「まぁ、このキッシュ本当にシルヴァーナが作ったの? とっても美味しいわ」

「そうでしょ? 中の野菜も私が作ったのよ。これで少しはお母様の具合もよくなるといいんだけど」

「まぁ、お母様はもう胸いっぱいよ。あなたの幸せそうな顔を見てたら、もう……」

「母上、泣くのは3日ほど早いですよ。それまで涙は取っておいて下さい」


 本当に久しぶりに家族で食事ができて、シルヴァーナこそ涙が出そうだった。

 そしてその中にベルンハルトがいてくれるのが嬉しくてたまらなかった。


「実は村に療養院を造ろうと思っているんです」

「療養院?」

「はい。今もシルヴァーナの噂を聞きつけて、病気の者が村を訪ねてくるのですが、泊まるところが今のところ教会しかなくて……。いっそのこと療養院を作ってしまおうかと」

「資金はあるのか?」


 エラルドの質問にベルンハルトは頷く。


「国王陛下の許可を貰って、教会から一部資金援助をして頂けることになりました」

「なるほど。そこでシルヴァーナが治療をするのか?」

「私にできるか、ちょっと不安だけどね……」

「お前一人じゃ大変だろう。よし、それなら私に任せろ」

「え? お兄様?」


 エラルドがなぜかどんと胸を叩く。ベルンハルトは意味が分からず困惑した表情をしているが、それに構わずエラルドは話し続ける。


「聖女シルヴァーナの療養院だからな。それなりのものじゃないとだめだろう。それなら私も手伝ってやる」


 エラルドの言葉に、シルヴァーナは小さく溜め息を吐いた。

 シルヴァーナは結局聖女の立場を完全に降りることはできなかった。国王はシルヴァーナを死んだままにするのはよくないと、病死というのはデマであったと国民に知らせた。その上で、聖女としては公の場からは退き、今後は田舎で静かに暮らすということにしたのだ。

 ということで今のシルヴァーナの肩書きは、引退した聖女ということになってしまった。


「伯爵、手伝うというと?」

「資金援助はもちろんだが、運営にはそれなりに人がいるだろう? 医療の知識がある者がいた方がいいだろうし、手伝いも必要だ。この村の者たちは農業で手一杯だろうし、私が人を集めてやる」

「え、いえ、お気持ちは嬉しいですが、そんなに甘える訳には……」

「兄の言うことは素直に聞くものだ。私はその手のことは得意だからな。任せておけ」


 ベルンハルトに『兄』だと言ったエラルドに、シルヴァーナは苦笑を漏らした。あれだけ結婚を反対していたのに、もうエラルドの中ではベルンハルトの存在は『弟』になったようだ。

 昔よく弟が欲しかったとエラルドが言っていたのをふと思い出す。とはいえ年齢はベルンハルトの方が年上なのだが、エラルドはそこのところはまったく気にしていないのだろう。


「ベルンハルト、お兄様にお任せしましょうか。私たちだけじゃ手が回らないのは本当だし」

「そうか……、そうだな。では、えーと、義兄上、頼めますか?」

「もちろんだ!」


 ベルンハルトが照れくさそうにそう言うと、エラルドは嬉しそうに笑い、もう一度胸をドンと叩いた。



◇◇◇



 3日後――。

 村の小さな教会で、ベルンハルトとシルヴァーナの結婚式が挙げられた。

 教会の中は村中の人たちで満席となり、入りきらない人たちは開かれたドアの外に立って、シルヴァーナの登場を今か今かと待っている。

 神父の前で待つベルンハルトは、正装に身を包み、緊張した面持ちでドアを見つめる。

 そこにエラルドとシルヴァーナがゆっくりと姿を現した。父代わりとして隣に立つエラルドは、感無量な様子ですでに目が潤んでいる。

 シルヴァーナはベール越しにベルンハルトを見つめたまま、一歩一歩ゆっくりと近付いていく。

 そうして司祭の前まで来ると足を止めた。


「今日この善き日に、ベルンハルト・フェルザーと、ティエール神の加護を持つ聖女シルヴァーナ・オーエンの結婚式を行う」


 メルロー村に唯一いる司祭であるアーネストが、厳かに式を始める。

 髪も髭も真っ白なアーネスト司祭は、腰も少し曲がっていて、いつもよぼよぼしているのだが、今日に限っては真っ直ぐに腰を伸ばし、しっかりとした声を響かせた。

 ティエール神に全員で祈りを捧げ、司祭による言葉が終わると誓約が行われる。


「我ベルンハルトは、シルヴァーナ・オーエンを妻とし、ティエール神の御許に召されるまで、その身を守り愛することを誓う」

「我シルヴァーナは、ベルンハルト・フェルザーを夫とし、ティエール神の御許に召されるまで、その身を敬い愛することを誓う」


 二人が手を繋ぎ、それぞれが誓いの言葉を述べる。その手の上にアーネスト司祭が長い布を垂らす。


「闇は消え去り、影は打ち消される。光は常にあり、すべてを照らす。新たな道を行く二人の頭上にはティエール神がおり、死のベールに覆われるまで、永久に加護は続く」


 シルヴァーナは教会で何度も聞いたこの結婚式の決まり文句を、感慨深く聞く。いつかは自分の結婚式で聞きたいと思っていたけれど、こんなにも胸がいっぱいになるのかと感動した。


「では、指輪の交換を」


 ベルンハルトがシルヴァーナの手を取り薬指に指輪を嵌める。シルバーのシンプルな指輪は、ベルンハルトの母親の物を作り直したものだ。

 ベルンハルトは新しく作ろうと言ってくれたけれど、シルヴァーナはこちらの方がずっと嬉しい。会うことはできない二人だけど、こうして身に着けていればずっとそばで見守っていてくれるような気がするのだ。

 シルヴァーナもベルンハルトの指に指輪を嵌めると、二人は目を合わせて微笑んだ。


「互いの指輪には互いの魂が宿り、ティエール神と共にその身を守る盾となる。では、ベールを上げ誓いのキスを」


 アーネスト司祭の言葉に、ベルンハルトがぎこちなくベールをあげると、唇にそっとキスをする。

 その途端、割れんばかりの拍手が起こった。驚いたシルヴァーナが顔を向けると、皆が笑顔で手を上げ拍手をしている。


「おめでとうございます! シルヴァーナ様!!」

「おめでとう! 幸せになるんだよ!!」


 王都の教会では式の終わりまで厳粛な空気が続く。拍手などしてはいけない訳ではないが、大抵は静かなままで終わるので、シルヴァーナは驚いた。

 だが皆の笑顔と温かい拍手に包まれていると、とても心が満たされていく。


「この場にいる皆は二人の証人であり、また年若い二人の助け手となるのです。ティエール神のごとく、優しい光で二人を祝福し、導いてほしい」


 シルヴァーナは初めてその言葉の本当の意味を知った気がした。ここにいる皆が、自分を支えてくれている。本当に心の底からそう思える。

 ずっと笑顔でいられると思ったけれど、涙が溢れてきて視界はあっという間に歪んでしまった。


「シルヴァーナ」


 優しく名前を呼ばれて、シルヴァーナはどうにか涙を堪えて顔を上げる。そうして二人で皆に向かって深く頭を下げた。

 結婚式が終わると、村の広場で賑やかなパーティーになった。

 村中が花とリボンで飾られて、まるでおとぎ話に出てくる妖精の村のような景色の中で、皆が輪になって踊る。その輪の中心で、シルヴァーナとベルンハルトも手を取り合って踊り続ける。

 シルヴァーナは村に咲いている花で、花冠とブーケを手作りした。仕立屋は素敵なものをたくさん提案してくれたけれど、これだけは自分で作りたかったのだ。

 青空の下で、花の匂いに満たされて、シルヴァーナはベルンハルトに笑顔を向ける。

 こうして結婚式を終えた二人は、晴れて本当の夫婦になったのだった。


【第一章 完】

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