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第32話 あなたのことが好き

 シルヴァーナとベルンハルトは城の一室に案内されると、外出しないようにと兵士に一言言われドアを閉じられた。

 途中まで一緒に歩いていたノエルは、事情を説明するために他の騎士に連行されて行ってしまった。


「ノエル様、大丈夫かしら……」

「平気さ。見た目は優男だが、何事にも動じない男だ。多少厳しく詰問されても、痛くもかゆくもないだろう」

「よく知っているのね……」


 そう言うと、ベルンハルトは苦笑して頷いた。学友と言うなら長い時間を共に過ごしたのだろう。ノエルのことを心から信頼しているから出る言葉なのだろうと感じ、シルヴァーナは少しだけ羨ましく感じた。


「とにかく着替えて、少し休もう」

「そうね」


 いつまでも血塗れのドレスを着ている訳にもいかないと、服に手を掛けた途端、ベルンハルトと目が合った。


「あ! そうだな! えーと、俺はあちらを向いている! いや、メイドを呼んだ方がいいか!」


 バタバタと手足を動かしたベルンハルトは、慌てて扉に向かうと、外に声を掛けた。


「すまないが、シルヴァーナの世話をするメイドを寄越してくれないか!?」

「少々お待ち下さい」


 願いは通るようで、そう返答があると、すぐにメイドが部屋に訪れた。

 シルヴァーナはやっときついコルセットを脱ぐと、楽な夜着になって大きく息を吐いた。切られたはずの背中に違和感はないのだが、とにかく疲労が酷くよたよたと歩くとベッドに腰掛けた。


「疲れたわ……」

「すぐに寝た方がいい。あれだけ血が流れたんだ。とにかく寝て、回復を待った方がいい」


 ベルンハルトが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、ベッドに寝かせてくれる。

 その優しさに笑みを浮かべていると、扉からノックの音が響いた。すでにメイドは部屋から出ていたが、また戻ってきたのかとベルンハルトが扉を開けると、部屋に飛び込んできたのはシルヴァーナの兄――エラルドだった。


「お兄様!!」

「シルヴァーナ!!」


 エラルドはそのまま部屋を横切り、シルヴァーナを勢いのまま抱き締める。


「王太子になぜか捕えられたが、国王陛下が解放して下さった。何なんだ! 一体何が起こっているんだ!?」

「お兄様……、巻き込んでしまってごめんなさい。お母様は? お母様はどちらに?」


 シルヴァーナが訊ねると、少し落ち着いたのか、エラルドはシルヴァーナを離しその顔を見て微かに笑った。


「大丈夫。母上は客室で横になっているよ。この頃は調子も良くて寝込んだりはしていないんだ。心配はない。今日は突然王太子に城に来るように命令されて来たんだが、どういうことか説明してくれるかい?」


 エラルドはそう言うと、シルヴァーナの顔を覗き込み頭を撫でた。

 シルヴァーナは懐かしい兄の顔を見て、ホッと息を吐いた。シルヴァーナの髪質とそっくりな、ふわっとした茶色の髪と茶色の瞳。優しそうな顔はいくつになっても変わらない。

 いつも穏やかで争いを好まないエラルドに説明するのは気が引けて、どう言おうかと悩んでいると、ベルンハルトが歩み寄った。


「私から説明してもよろしいでしょうか」

「君は?」

「私は、ベルンハルト・フェルザーと申します。西にあるメルロー村の領主をしています」

「領主……、爵位はあるのか?」

「男爵です」


 エラルドはベルンハルトを静かな視線で見つめると、シルヴァーナのベッドに腰を落ち着けて改めて二人を見た。

 そうして「聞こう」と一言言うと、それから長いベルンハルトの説明を、一言も口を挟まず聞き続けた。


「シルヴァーナが不死……、本当にそうなのか?」


 説明が終わると、エラルドは信じられないという風にシルヴァーナを見た。

 シルヴァーナは頷くこともできず、困った顔で見つめ返す。


「コンスタンス嬢が王太子を唆して、シルヴァーナの命を狙っていた? なんだそれは……」

「まだ推測ではありますが、彼女の言い様では、王太子妃になりたかったのではないでしょうか」

「だが彼女は聖女だろう? 聖女となるような者が、そんな欲望を持つものだろうか」

「それは……」


 エラルドの言葉にベルンハルトは言い淀む。

 答えが出ぬまま沈黙が続いたが、エラルドは小さく息を吐くと笑顔を見せた。


「ともかく君が妹を守ってくれたのは確かだ。礼を言う」

「いや、そんな……。私は偶然、シルヴァーナに出会っただけで……」

「お兄様、私が今日まで生きてこられたのはベルンハルトのお陰なの。本当に優しくしてくれて」

「そうか……。それで、王妃を治すというのはできるのか?」


 エラルドの質問に、シルヴァーナはベルンハルトと目を合わせる。


「このままでは無理です」

「このままでは? どういう意味だ?」

「シルヴァーナの癒しの力は、たぶんシルヴァーナの作った野菜がないとだめなんです」

「野菜?」


 意味が分からないと首を捻るエラルドに、ベルンハルトは続けて説明する。


「これは私の推測に過ぎませんが、シルヴァーナの癒しの力は、たぶんシルヴァーナの作ったものに関係しているんだと思うんです」

「ベルンハルト……」


 ベルンハルトの言葉はシルヴァーナの納得のいく内容ではない。自分はそう思っていないのだ。

 皆が元気になったのは、あくまで偶然だと思う。単に病気が治るタイミングで自分が村にやってきただけだ。

 だから癒しの力などと誤解されたくない。けれどシルヴァーナの気持ちとは裏腹に、ベルンハルトは話し続ける。


「王妃様を治すのなら、村に行ってシルヴァーナが育てた野菜を持ってこないと……。それで料理を作れば、きっと王妃様の病気は治るはずです」


 ベルンハルトがそう言うと、エラルドはしばらく黙り込んだ。

 そうしてシルヴァーナを見ると、ポンと肩に手を置いた。


「私が取ってこよう」

「お兄様!」

「二人はこの部屋から出られないのだろう? それなら私が行く。メルロー村まで馬を飛ばせば往復4日ほどだろう? どうにか間に合う」

「だめです! お兄様を、お母様を巻き込む訳にはいきません!」


 シルヴァーナはエラルドの腕を取って必死に言い募る。もしここでエラルドが手を貸せば、王妃を治せなかった時、一緒に罰せられてしまうかもしれない。

 そんなことには絶対にさせられない。


「シルヴァーナ、今私がやらなければ、お前は偽聖女の烙印を押されてしまうのだろう? そんなことは絶対にさせない!」

「お兄様……」


 皆が自分を信じてくれている。それが心苦しくて堪らない。


「フェルザー男爵、私が戻るまでシルヴァーナを必ず守ってくれ。お願いだ」

「もちろんです」


 ベルンハルトがしっかりと頷くと、エラルドは立ち上がり足早に部屋を出て行った。

 それを見送ったシルヴァーナは、静かになった部屋で溜め息を吐く。


「シルヴァーナ」

「ごめんなさい……。もう横になっていいかしら……」


 たくさん考えなくてはならないことがあるけれど、あまりの疲労感に思考はまったく動かず目を閉じる。

 ベルンハルトがそばに走り寄ると、身体を支えてくれて横になった。


「ゆっくり眠れ。明日また話そう」

「ええ……」


 ベルンハルトの優しい声に、シルヴァーナは微かに返事をすると、あっという間に眠りに落ちた。



◇◇◇



 次の日、シルヴァーナは昼頃にやっと目を覚ました。

 それからしばらく時間が経つと、普通に過ごせるほどに体調は戻った。部屋から出ることができないため、何もすることができず、ただベルンハルトと静かに時間が過ぎるのを待つしかなかった。

 窓からは城下町と大きな教会が見える。それはシルヴァーナが14年間を過ごした懐かしい場所だ。定期的に聞こえる鐘の音は聞き馴染んだ響きで、嫌でも昔のことを思い出させた。


「綺麗な鐘の音だな」

「ええ……。懐かしいわ……」


 夕暮れの景色を二人で眺めながら、シルヴァーナは静かに頷く。

 教会での生活は息苦しさもあったが、充実した日々だった。大人になるにつれ自分の存在に疑問を持ち不安も大きくなっていったが、それでも人々に奉仕する仕事は、遣り甲斐を感じていた。


「大きな教会だ。王都には久しぶりに来たが、やはり広いな。俺一人じゃ迷ってしまいそうだ」

「ふふ……。私も同じようなものよ。いつも教会にいたし、それほど自由に外に出ることはなかったから」

「そうか。じゃあ、いつか二人で街を見て回ろう」


 ベルンハルトの言葉にシルヴァーナはにこりと笑うだけで、ただその目を見つめた。

 穏やかな時間が過ぎて、寝る時間になってもシルヴァーナは中々眠ることができなかった。深夜になっても眠れず起き上がると、ベッドから出て窓から街を眺める。

 暗闇の中にポツポツと明かりが見える。大通りのガス灯の明かりだろう。


「眠れないのか?」


 じっと外を眺めていると、ふいに声を掛けられた。いつの間に起きたのか、ベルンハルトが起き上がってこちらを見ていた。


「ごめんなさい、起こしちゃった?」

「いや……」


 ベルンハルトはベッドから出てシルヴァーナの隣まで来ると、肩にショールを掛けてくれる。


「まさか王都でこんなにゆっくりできる時間が持てるなんて思わなかったわ……」

「そうだな」


 シルヴァーナはベルンハルトを見上げ、しばらく見つめてから口を開いた。


「ベルンハルト、あなたに会えて良かった……」

「シルヴァーナ?」


 ベルンハルトの手を取りギュッと握り締める。


「もう会えないかもしれないから、今言っておくわ。私を助けてくれてありがとう」

「突然……、何を……」


 明後日からコンスタンスと代わり、自分が治療をする番になる。そうなればすべては終わるだろう。

 その前にベルンハルトにはちゃんと感謝を伝えておきたかった。


「私が捕まったら、ベルンハルトは騙されてたと言ってね。村の人たちも皆騙されていたんだって。そうすればきっと重い罪になることはないわ」

「シルヴァーナ?」

「私を匿ったんじゃないってはっきり言ってね。そうすれば大丈夫だから」


 シルヴァーナにとってそれが一番心配だった。自分が捕えられてしまった後、ベルンハルトや村の人たちまで罪に問われるのだけは嫌だった。

 最後にこれだけは言っておかなければと言い募ると、ベルンハルトの目はみるみる険しくなった。


「……どうして君は、それほどまでに自分を信じられないんだ?」


 ベルンハルトはシルヴァーナの両肩を掴むと、顔を近付けて言ってくる。


「私は……聖女じゃない」

「でも、君の料理を食べて皆が元気になったじゃないか! それは事実だろう!? 生き返ったのも俺はこの目で見た!!」

「ベルンハルト……」


 シルヴァーナは首を弱く振ると、目を合わせていられず下を向いた。


「聖女は生き返ったりしない……。神の力を自分のために使うなんて、そんなのは聖女じゃないわ。悪しき者よ」


 化け物と言われて、否定できない自分がいた。それは自分もずっと考えていたことだからだ。

 神の力を奪う者。それが聖女な訳がない。それは何か悪しき力を持った者だ。


「悪しきって……。そんな訳ないじゃないか! シルヴァーナは自分がそうだと思っているのか!?」


 ベルンハルトの言葉に微かに頷くと、大きな溜め息が聞こえた。


「じゃあなぜ君の料理で皆が元気になるんだ? 悪しき力ならそんなことにならないだろう!?」

「それは……、分からないけど……。でも、私は一度も神の声なんて聞いてない……。いくら祈りを捧げても、神の声は聞こえないのよ……」


 シルヴァーナの目から涙が零れた。本当はちゃんとした聖女になりたかった。

 教会で何度も読んだ聖女の記録のように、神の声を聞き、奇跡の力を使い民たちを助けてあげたかった。

 涙は次から次に溢れて止まらなかった。


「私だって胸を張って自分が聖女だって言いたい……。でも違うのよ! 全然違うの!」


 こんなことベルンハルトに言ってもしょうがないのに、感情は抑えきれなかった。

 すると突然ベルンハルトが顔を近付け、唇にキスしてきた。驚いたシルヴァーナは目を見開いて硬直してしまう。

 ベルンハルトはすぐに唇を離すと、シルヴァーナを力いっぱい抱き締める。


「シルヴァーナ! もういい! もういいから!」

「……ベルンハルト……」

「君の気持ちは分かった。聖女というものをよく知る君が言うならそうなのかもしれない。でも俺は君を信じたい。聖女だと信じてるんじゃない。君はいつも笑顔で働き者で、どんな人にも分け隔てなく優しくできる素敵な女性だ。そんな君の心根を信じたいんだ」

「……っ……」


 ベルンハルトの言葉があまりに優しくて、シルヴァーナは余計に涙が溢れた。

 こんなちっぽけな自分を信じてくれているベルンハルトを裏切りたくない。


「君がそれほど自分を信じられないなら、君を信じる俺を信じてはくれないだろうか」


 シルヴァーナはゆっくりと顔を上げて、ベルンハルトの瞳を見つめる。


「俺を信じることはできるだろう?」

「当たり前よ……、でも……」

「なら、今は色々なことを考えるのはやめて、俺を信じてほしい。君は最後までやり遂げると信じている俺を、信じてくれるかい?」

「……信じるわ」


 ベルンハルトの言葉に、シルヴァーナは自然に頷いていた。

 またギュッと抱き締められて、身体から力が抜けると、ホッと息を吐きベルンハルトの胸に頬を寄せる。


「ベルンハルト……大好きよ……」


 心に溢れる思いを口にすると、その感情ははっきりと形を作った。


(うん……、私はベルンハルトが好き……)


 出会ってから今日まで、ベルンハルトと一緒に過ごした時間が宝物になった。

 これからもずっと一緒にいたい。死の覚悟よりもずっと強く思う。

 

「俺も、君が好きだ」


 苦しいくらい抱き締められて、シルヴァーナは涙を零して微笑んだ。

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