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第29話 3度目の死

 シルヴァーナが会場から連れて行かれ、ベルンハルトは追い掛けようとするが、行く手を騎士たちに阻まれ扉に近付くことすらできない。


「ベルンハルト! 今はこちらに集中しろ!」


 隣に立つノエルが、振り下ろされる剣を弾いて声を上げる。端正な顔が今は険しく歪み、相対する騎士たちを藍色の瞳がまっすぐに睨み付けている。

 学生時代の友人でこんなことに手を貸してくれる者はノエルだけだろうと声を掛けたが、本当に来てくれて助かった。この状況を一人で打破するのは、さすがに無理がある。

 ベルンハルトは目の前の騎士に剣を振るい、大きく後退させる。


「お前たちは王太子お抱えの騎士だな!? 剣を引け! こんな馬鹿げた事に手を貸すな!!」


 ノエルが訴えかけるが、騎士たちにはまったく響かなかったようで、剣の動きが鈍ることはない。

 ベルンハルトは言葉ではどうにもできないと諦めると、剣を握る手に力を込めた。


「ノエル! 時間がない! やるぞ!!」


 流行り病に罹ってからずっと身体が重く剣を持つことができなかった。だがシルヴァーナの料理を食べるようになってからすっかり健康になり、時間がある時は剣の鍛錬をしていた。

 今はもう本調子と言ってもいい。ノエルと一度視線を合わせると、呼吸を合わせ二人同時に攻撃に出た。

 多勢に無勢ではあったが、王太子の騎士たちはそれほどの手練れではなかった。一人また一人と倒していき、最後の一人をノエルが叩き伏せると、手を止めた。

 荒い呼吸のまま倒れた騎士たちを見つめる。


「ノエル、大丈夫か?」

「ああ。お前は?」

「俺も大丈夫だ。行こう。シルヴァーナが危ない」


 二人は駆け出すと全速力で会場を出た。だがシルヴァーナがどこに連れて行かれたのか、皆目見当が付かない。足を止めてしまったベルンハルトに、ノエルが声を上げた。


「どこかに監禁されたのなら上の階だ! 行くぞ!」


 城内のことを良く知っているノエルが先に立って走り出す。それに付いてベルンハルトも走ると、階段を駆け上がった。


「遅くなってすまなかったな、ベルンハルト。会場に侵入するのに、思いの外時間が掛かってしまった」

「いや、来てくれただけでもありがたい。連絡はできたか?」

「手こずったがどうにかな。腰を上げてくれるかは分からないが、それまでは私たちでどうにかするしかない」


 走りながらも会話を交わすと、ベルンハルトは少しだけ口許を緩めた。

 懐かしい友人の背中に、頼もしさを覚える。

 ノエルは学生の頃から端正な顔と優雅な立ち姿とは裏腹に、武術に優れ体を鍛えるのが何より楽しみで、ベルンハルトと最も話が合う友人だった。

 王太子に楯突くなんて、普通の近衛騎士ならできる訳がないが、正義感の強いノエルなら王太子の横暴を許さないと思った。その真っ直ぐな性格が今も健在で嬉しかった。


「部屋がたくさんあるが、どこか分かるのか!?」

「いや……」


 ベルンハルトはさすがに闇雲に捜すのは得策じゃないと声を掛けたが、ノエルが答えるよりも先に、少し先の扉が開いて女性が一人慌てて出てきた。

 その女性がアシュトンの隣にいたコンスタンスだと気付いたベルンハルトは、走る速度を上げる。


「あの部屋だ! ノエル!!」

「ああ!!」


 二人が廊下を走り抜けコンスタンスに近付くと、こちらに気付いたコンスタンスが悲鳴を上げた。


「な、なぜここに!? 殺されなかったの!?」

「下がれ! シルヴァーナはどこだ!!」


 コンスタンスは恐怖に歪んだ顔をこちらに向け、じりじりと下がっていく。

 ベルンハルトはコンスタンスに剣を向けたままちらりと部屋の中に視線を移すと、そこには剣を持った数人の男と、追い詰められているシルヴァーナが見えた。


「シルヴァーナ!!」

「ベルンハルト!!」


 シルヴァーナの悲痛な叫び声に、ベルンハルトが剣を強く握り締める。

 そのまま部屋に走り込み、手近な男を叩き切ると、また一人に剣を向ける。ノエルも部屋に入り剣を振るっているが、先ほどの騎士たちと手ごたえが違う。

 5人全員がこちらに剣を向けていて、シルヴァーナを狙う者がいないことに安堵しながらも、相手の強さに冷や汗が流れてくる。視界に入るノエルもまた苦戦しているようで、一人倒した後が続かない。

 お互い二人ずつを相手にしながら、どうにかシルヴァーナの元へと行こうとするが、身動きが取れず焦りが募っていく。


「なにをしているの! 早く倒しなさい!!」


 コンスタンスが部屋の外からヒステリックに金切り声を上げている。その声に男たちの動きが更に早くなった。捌ききれないと思わず後退ると、ノエルと戦っていた男がベルンハルトの隙をついて剣を向けた。


「ベルンハルト!!」


 声を上げたのはシルヴァーナだった。ぶつかるようにシルヴァーナが駆け込んできて、男との間に割り込む。

 その瞬間、嫌な音が響いた。


「う……っ……」


 肉を切る音と共に、シルヴァーナの口から小さな声が漏れる。


「シルヴァーナ!!」


 崩れ落ちるシルヴァーナの身体を抱き留めて、更に止めを刺そうとする男たちを無我夢中で切り伏せる。

 どうにか全員を倒すと、ベルンハルトは慌ててシルヴァーナに視線を向けた。


「シルヴァーナ! シルヴァーナ!!」


 ぐったりとして動かないシルヴァーナを床に寝かせ背中を見ると、溢れた大量の血でドレスが濡れている。


「これは……もう……」


 ノエルが顔を歪めて呟く。すると、血相を変えてアシュトンがそばに走り寄った。


「う、嘘だ……嘘だ! シルヴァーナ! シルヴァーナ!!」


 アシュトンが半狂乱で叫び続ける中、ベルンハルトは震える手をシルヴァーナの口元に寄せる。


(呼吸が止まってる……。鼓動も感じない……)


 それでもまだベルンハルトは諦めなかった。


「シルヴァーナ……。生き返るんだ。君は聖女だ。もう2度も君は死を退けた……っ……。生き返るんだ。生き返ってくれ……。頼むから……」


 声を詰まらせて呟くと、シルヴァーナの血塗れの手を握り締める。

 上半身を抱き上げてギュッと抱き締めてもぴくりとも動かない。それでも祈り続ける。


「光の神ティエールよ。お願いだからシルヴァーナに奇跡を……。どうか……どうか……」


 アシュトンの叫び声だけが部屋にうるさく響く中、ベルンハルトはただ祈るしかできない自分を悔しく思った。

 それでも今はそれしかできないと、何度も何度も光の神に祈りを捧げる。

 それは長くて短い時間だった。

 シルヴァーナの目蓋がピクリと動くと、微かに息を吸い込む音が聞こえた。


「……シルヴァーナ?」


 震える声で名前を呼ぶと、ゆっくりと目蓋が押し上がっていく。

 新緑の瞳がしっかりと意思をもってベルンハルトを見ると、にこりと笑った。


「ベルンハルト……。また泣かせてしまったわね……」


 柔らかい声でそう言うと、細い指が頬を撫でて流れた涙を拭ってくれる。


「生き……、生き返った……。本当に……。本当に生き返った……」


 腰を抜かして床に座り込んだままのアシュトンが、こちらを向いて呟くように言った。歪んだ笑みをシルヴァーナに向け、四つん這いで近付こうとするのをノエルが剣で遮った。


「殿下、それ以上動くと怪我をしますよ」

「な、なんだ、お前は……。お、おい! こやつを倒せ!」


 アシュトンを守り唯一無傷でいた騎士に怒鳴るが、その騎士は動こうとはしなかった。


「賢明な判断だ。殿下を捕まえておけ」


 ノエルの指示に従って騎士がアシュトンの腕を掴む。アシュトンは抵抗したが、騎士はびくともしないでアシュトンの動きを封じた。


「……化け物……」


 呟くように言った声に視線を向けると、コンスタンスが真っ青な顔で立ち尽くしていた。


「3回も殺したのに、生き返るなんて……。化け物よ……、お前は化け物よ!!」


 シルヴァーナを指差して叫ぶ。ベルンハルトが黙らせようとすると、シルヴァーナがそれを止めるように手を差し出した。


「コンスタンス……。私を殺したのはあなただったのね……」


 シルヴァーナは口から溢れた血で顎を濡らしたままそう言うと、ゆっくりと起き上がる。そうしてコンスタンスを燃えるような目で睨み付ける。


「王太子を唆して、私を殺したのはあなたね!!」

「ち、違う……。だ、だって……、お前がいたらわたくしが王太子妃になれない……。ば、化け物が聖女だなんて……、神が許さない……」


 シルヴァーナの剣幕に怯えているのか、コンスタンスは震えている。それでも言い訳を口にすると、今度はアシュトンが叫んだ。


「3回? 3回とはどういうことだ!? 俺は教会でしかシルヴァーナに剣を向けていない! コンスタンス! 何をした!!」

「わ、わたくしは悪くないわ……。死なないのがいけないんじゃない……。何度殺しても生き返って……。気持ち悪い……。化け物……、化け物……」


 コンスタンスはぶつぶつと呟くと、その場にへなへなと座り込んだ。

 もう危険はないかとベルンハルトはシルヴァーナを見ると、悲しそうに顔を歪めていた。


「シルヴァーナ、大丈夫か?」

「うん……」


 頷くだけで下を向いてしまうシルヴァーナが心配で声を掛けようとすると、遠くからバタバタと複数の足音が近付いてきた。


「城の中で何を騒いでいるんだ?」


 兵士を引き連れてきた国王は部屋に入ると、冷えた目をアシュトンに向けたのだった。

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