第28話 窮地の中で敵を知る
「お前に聞きたいことがある」
静かに話し出したアシュトンから視線を外し、背後を確認する。騎士が一人扉の前に立っているだけで、どうにかすれば逃げられるかもしれない。
(逃げなくちゃ……)
「お前は確かに教会で死んだはずだ。どうやって生き返った? それがお前の奇跡の力なのか?」
「……奇跡の力なんかじゃありません」
「病気の村人も救っていると聞いた。治癒の力まであるのか?」
「違います。私にそんなことできる訳がありません」
アシュトンの質問にシルヴァーナは頷く気はなかった。アシュトンは自分が肯定するのを待っている。絶対に頷いてやるものかと、きつい眼差しで答える。
「嘘を吐くと、お前の家族がどうなるか分からんぞ」
少し苛ついた声を出したアシュトンに、シルヴァーナはハッとした。
「お母様とお兄様に手を出さないで! お母様は病気なのよ!?」
「お前が聖女なら救ってやれるんじゃないのか?」
シルヴァーナは奥歯を噛み締めて、アシュトンを睨み付ける。
「……城の中でこんな騒ぎを起こして、どうなるか分かっているのですか? 舞踏会にいた人たちだってどう思うか。噂はすぐに広まりますよ」
「私を脅しているつもりか? ハッ。舞踏会にいた者らは皆私の信奉者だ。何を見ても訴える者などおらんよ」
「そんな……。で、でも、この騒ぎが国王陛下の耳に入れば……」
「父上か? 父上は今、母上に付きっ切りで城の中のことなど気にしておらん。こんな舞踏会での揉め事など、父上の耳に入るものか」
今まで国王や他者からの評価に怯えるような素振りを見せていたアシュトンだったが、自分の作戦によほど自信があるのか、その表情は変わらない。
どうにか動揺させて隙を作ろうとしたシルヴァーナだが、そう簡単に行かないことに焦りが募る。
(ぐずぐずしていたらベルンハルトがどうなるか……。早くここから出なくちゃ……)
「もう一度聞く。慎重に答えろ。お前の答え如何によっては、家族もフェルザーもその仲間もどうなるか分からんぞ」
アシュトンの卑怯な言葉に両手を握り締める。
「お前は生き返った。そうだな?」
「……ええ、そうよ……」
そう答えるしかなかった。低い声で呟くように言うと、アシュトンが口の端を上げる。
「村人の病気を治したのも、お前か」
「ええ……」
「不死だ……。不死の聖女! 治癒の力と不死の力! 今までどの聖女も一つの力しかなかった!」
「アシュトン様! これでいいでしょ!? 皆を助けて!!」
「ハハハ! これで私は本物の聖女を手に入れるぞ!!」
「アシュトン様!!」
こちらの声が聞こえないのか、アシュトンは狂ったように笑い続けている。
どうしたらいいのか分からず途方に暮れていると、突然バタンと激しい音と共に扉が開いた。
「どこにいるかと思えば、こんなところにいらっしゃったのね、アシュトン様」
高い声でそう言って入ってきたのはコンスタンスだった。場違いなほど優雅に扇を扇ぎながら、兵士のような男たちを従えてツカツカと室内に入ってくる。
「コンスタンス! お前は引っ込んでいろ!」
「アシュトン様。そこにいる女は聖女などではありませんわ。何度言えば分かるのです」
「黙れ! シルヴァーナが認めたんだ。生き返ったと」
「不死の聖女などおりません。それは聖女ではなく化け物です」
「ば、化け物!?」
コンスタンスはシルヴァーナの前に立つと、気味の悪いものを見るような目つきで見下ろしてくる。
その目を見てシルヴァーナは思い出した。
「あなた……、アシュトン様と教会に来た人ね……」
「あら、覚えていたの? そうよ。あなたを偽聖女だと暴くために一緒に行ったの」
「なぜこんなことを……」
「あなたがずっと嘘を吐いているからよ。自分が聖女だと偽って、王太子妃になろうとするなんて許せないわ」
シルヴァーナにはコンスタンスこそ聖女には見えなかった。どういう素性の人かは知らないが、こんな物言いをする人が、神の声を聞き、神の力を使えるのだろうか。
「コンスタンス! お前は出て行け!!」
「アシュトン様! わたくしはアシュトン様の婚約者ですよ!? 口を出す権利はあります!」
「お前はもう婚約者ではない! シルヴァーナが戻った。私の妻はシルヴァーナだ!」
「な、なんですって!? ふ、ふざけたことを言わないで!! わたくしが王太子妃です!!」
「お前はもう用済みだ! 出て行け!!」
アシュトンが声を荒げると、コンスタンスは肩をわなわなと震わせてアシュトンを睨み付ける。そうしてバキッと音を立てて扇をへし折った。
「その化け物に惑わされているのですね。分かりました……。聖女を騙る化け物が、何度生き返ったところで聖女になれる訳がない」
「コンスタンス、なにを言っている?」
「化け物だって首が無ければさすがに生き返れないでしょう。お前たち、あの女の首を刎ねなさい!!」
「何を!? よせ!!」
コンスタンスと共に入ってきた男たちが一斉に剣を引き抜く。慌てたのはアシュトンだった。
「おい! シルヴァーナを守れ!!」
扉の前に立っていた騎士に命令するが、すでに騎士は剣を突き付けられていて、剣を抜くこともできない。
それを見てシルヴァーナは咄嗟に動いていた。誰も守ってくれないなら、自分で自分を守るしかない。
勢いよく立ち上がると、部屋の隅へと飛び退く。
「何をしているの! 早く殺すのよ!!」
アシュトンは動揺してあたふたとするだけだ。決して自分を守ってくれないだろう。シルヴァーナは絶望的な気持ちで、取り囲む男たちとコンスタンスに目を向けた。