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第22話 ずっとここにいたい

 それからまた10日ほどは静かな時間が過ぎた。ベルンハルトの心配も少しずつ和らぎ、今は夕方くらいまでなら外にいることも多くなった。

 今日の午前中はベルンハルトと屋敷の隣の畑で、初夏に採れる野菜の収穫作業に精を出していた。

 ベルンハルトが野菜を引き抜き、シルヴァーナがそれを箱に入れていく。そうして二人で黙々と作業をしていると、昼を告げる教会の鐘の音に、シルヴァーナは顔を上げた。


「ベルンハルトさん、昼食にしましょう!」


 少し遠くにいるベルンハルトに声を掛けると、ベルンハルトは顔を上げ大きく頷く。

 シルヴァーナは笑顔を返すと、畑から出て昼食の準備に取り掛かった。敷布を地面に広げて、その上にバスケットを置く。中には自分で作ったサンドイッチとお茶が入っている。


「家に戻らないのか?」

「今日はお天気が良いから、外でランチにしようかと思って、サンドイッチを作っておいたの」

「え、出掛ける前に作ったのかい?」


 驚くベルンハルトに笑顔で頷くと、サンドイッチの包みを開く。


「こっちがチキンと香草のサンドイッチ。こっちは卵ね。もう一つは、じゃがいもとチーズを入れたの。どれがいいですか?」

「すごいな……。じゃあ、じゃがいものやつを」


 シルヴァーナの隣に座ったベルンハルトが、手拭いで手を拭くのを待ってサンドイッチを手渡す。

 ベルンハルトは大きな口を開けて一口食べると、目を見開いた。


「美味い! すごく美味いな、これ!」

「もう、ベルンハルトさんはいつも大袈裟よ」

「大袈裟なものか。シルヴァーナの作る料理は、いつも驚くほど美味いんだ」


 ベルンハルトの言葉にシルヴァーナは少し照れながら、自分も卵のサンドイッチを口にする。少し甘い卵の味が口の中に広がって、笑みを浮かべる。


「今日はずっと農作業をしているが、疲れていないか?」

「全然。まだまだ大丈夫です」

「シルヴァーナは身体を動かすのが好きなのか?」

「そうですね。教会でもずっと働いていたから、身体を動かすのは好きなのかも。何もしないでいる時間って、もったいなく感じてしまうんですよね」


 シルヴァーナがそう言うと、ベルンハルトは声を上げて笑う。


「俺と一緒だな。俺も机に向かってする仕事より、よっぽど畑仕事の方が楽しい。雨の日なんて、かなり憂鬱なんだ」


 ベルンハルトは2つ目のサンドイッチをペロリと食べてしまう。シルヴァーナはたくさん作っておいて良かったと、また一つサンドイッチを手渡した。


「教会ではどんな仕事をしていたんだ?」

「普通の修道女と一緒です。祈りを捧げて、掃除洗濯、それから奉仕活動とか。奇跡を起こせればそういう活動もあったけど、私は奇跡を起こせなかったから……」


 教会で過ごしていた頃のことが、遠い昔のようにシルヴァーナには感じられた。聖女としての生活は息苦しさしか感じられなかったけれど、このメルロー村では戸惑いはあっても、どこか解放されたような気持ちなのだ。

 シルヴァーナは目の前に広がる畑を見渡した後、大きく広がる青空を見上げる。


(ずっとここにいられたらいいのに……)


 聖女なんてならなくていい。このメルロー村で、ベルンハルトの隣で、静かに暮らしていきたい。

 シルヴァーナがそっとベルンハルトの横顔を見つめると、ふと視線が合った。


「君を聖女に認定したのは、先代の教皇だよな」

「え、ええ!」


 突然目が合って驚いたシルヴァーナは、パッと前を向くと、慌てて返事をする。


「確か先代の教皇は数年前に亡くなって、今の教皇と代替わりしたと思ったが……」

「そうです。3年前にご病気で……。とても優しい、私にとってはおじい様のように感じていた方でした……」


 シルヴァーナは自分を育ててくれたリード教皇を思い出し、肩を落とす。


「5歳で聖女になったと言っていたが」

「ええ。私を聖女だと最期まで信じてくれていた。落ち込む私をいつも励ましてくれた。亡くなってしまった時は、本当に悲しかったな……」


 ポツリとそう言うと、ベルンハルトがそっと背中に手を当ててくれる。その温かさに口の端を上げると、笑顔を向ける。


「ありがとう、ベルンハルトさん」

「家族はいるのかい?」

「母と兄がいます。ずっと会っていないけど……。母はあまり身体が強い人じゃないから心配だわ……」

「そうか……。シルヴァーナが生きていると、知らせることができればいいんだが」


 ベルンハルトの言葉に、シルヴァーナは弱く首を振る。


「ずっと私のせいで社交界では肩身の狭い思いをさせてきてしまったし、王太子に関してのことなら兄に迷惑は掛けられないわ」

「社交界? もしかして、君は貴族なのかい?」


 ベルンハルトはシルヴァーナの言葉に驚き目を見開いた。その顔を見て、そんなに驚くことかと思いながら頷く。


「ええ、私の家は伯爵家なの。4年前に父が亡くなって、今は兄が伯爵です」

「そうだったのか……。驚いた」

「いつか家族にこの村を見せてあげたいな……。この綺麗な景色、私の大好きなこの景色を……」


 シルヴァーナは目を細めて景色を見つめる。ベルンハルトはお腹がいっぱいになったのか、敷布に横になると、目を閉じた。

 そのくつろいだ様子にシルヴァーナは微笑むと、ポットからお茶を注いで一口飲んだ。


「美味し……」


 色々考えなくてはいけないのに、なんだか今は何も考えたくない。こんな風に、二人でのんびり過ごす時間を大切にしたい。

 そう思ってシルヴァーナはしばらく無言で景色を眺めていた。

 お茶を飲み終わって、ふとベルンハルトの顔を見ると、前髪の上に小さな葉っぱが乗っている。眠ってしまっているベルンハルトを起こさないように、シルヴァーナはそっと手を伸ばすと、突然ベルンハルトが起き上がった。


「キャッ!」


 驚くほど顔が近付いて、思わず小さく声を上げてしまうと、ベルンハルトも目を見開いて硬直する。


「す、すまない!!」

「ご、ごめんなさい! 髪に葉っぱが付いていたから取ろうと思って……、それで、あの……」

「あ、いや! 俺が突然起き上がったから!」


 シルヴァーナは耳まで真っ赤になってしどろもどろで言い訳をする。同じように顔を赤くしたベルンハルトがぶんぶんと首を振った。

 お互いがあたふたと謝っていると、はたと目が合って二人は動きを止めた。


「あー……、仕事に戻ろうか」

「そうですね」


 頭を掻きながら照れた顔でそう言うベルンハルトに、シルヴァーナはクスッと笑いながら頷く。

 ベルンハルトが立ち上がり伸びをするのを横目に、バスケットを片付けて自分も立ち上がろうとすると、手を差し伸べられた。その手を自然に握り締めると、ぐいっと力強く引っ張られる。

 まるで体重を感じないように立ち上がったシルヴァーナは、ベルンハルトの顔を見上げる。


「ベルンハルトさん、私、」

「見つけたぞ! シルヴァーナ!!」


 シルヴァーナの声を掻き消すように激しい声が聞こえ、二人は思わず声のした方に顔を向けた。

 そこには、騎士を従えたアシュトンが、二人に鋭い視線を向け立っていた。

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