表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/73

第15話 ゾンビではありません

 シルヴァーナは仕立屋の持ってきた布地を見回して、頬を緩めた。華やかな布地はとても美しく、沈んでいた気持ちが確かに浮上するのが分かった。

 新しいドレスが欲しいなどと思ったことは一度もないが、それでもベルンハルトがそれを気にかけてくれて、仕立屋を呼んでくれたのが嬉しかった。


「シルヴァーナ様、見て下さい、このレース! とっても素敵ですよ!」

「わぁ、ホント。すごく細かい刺繍ね」


 うきうきとした様子のエルナに頷きながら、シルヴァーナは小さく息を吐いた。


「そうね……。ずっと落ち込んでいたら、ベルンハルトさんが心配するわよね……」

「そうですよ、シルヴァーナ様。旦那様は丸一日、シルヴァーナ様が目覚めるのを寝ずに待っていらっしゃいました。辛いこともあるとは思いますが、まずは目覚めたことを喜んでもいいんじゃないでしょうか」

「エルナ……」

「そして、これからのことは、旦那様とお二人で解決していけばいいんですよ」


 エルナの言葉が胸にスッと入り込んできた。自分でどうにかしなければとずっと考えていたけれど、一人で思い悩む必要はないんだと思える。


「ドレスなんて、いいのかしら……」

「遠慮なんてしないで下さい。旦那様のお心なのですから」


 エルナが満面の笑みで頷くのを見て、シルヴァーナも笑ってみると、また心が軽くなった気がした。


「さぁさぁ、お嬢様。男爵様には、何着でもお作りして良いと言われていますのでね、お好きな布地をお選び下さい!」


 仕立屋が明るい声でそう言うと、二人は目を合わせて楽しそうに笑った。



◇◇◇



 それから5日ほどは安全を考慮して屋敷から外に出なかったシルヴァーナだったが、心が落ち着いてくると畑のことや村の人たちのことが気になりだした。


「ベルンハルトさん、私、そろそろ外に出てみようと思うの」


 二人で朝食を食べている時にそう言うと、ベルンハルトは眉を顰め少し考えてから返事をした。


「村の周囲はかなり調べたから、もう不審な者は隠れていないと思う。だが……」

「心配なのは分かるわ。でもずっと家の中にいると、嫌なことばかり考えてしまうの。一人では行かないわ。ベルンハルトさんが村に行く用事があるなら、それに付いていくだけでいいの」


 ただじっとしていると、すぐに頭の中は暗く沈んでしまう。それに教会にいる時でさえ、何もしない日が5日も続くことなどなかった。だから身体がなまってしょうがないのだ。


「旦那様。屋敷の中に引き籠もっているのも身体に悪いかと。旦那様がご一緒なら、大丈夫なのでは?」

「そうだな……」


 ドナートのアドバイスにベルンハルトは静かに頷く。そうしてシルヴァーナに目を向けると、優しく微笑んだ。


「それなら、朝食を食べ終わったら村に散歩に行こうか」

「ええ! ベルンハルトさん!」


 ベルンハルトの誘いがとても嬉しかったのか、シルヴァーナは自分が驚くほど大きな声で返事をしたのだった。

 朝食を食べ終わると、早速出掛ける支度をして二人は屋敷を出た。

 よく晴れ渡った青空を見上げて、シルヴァーナは眩しそうに眼を細める。


「ベルンハルトさん、畑はどうなったのかしら。私、自分のことばかり考えていて、畑のことをすっかり忘れていたわ」

「それほど酷い被害が出た畑はなかったんだ。嵐が過ぎ去った後、全員で作業をして元に戻したから大丈夫だ」

「そうだったの。それは良かったわ」

「怪我をした者もいないし、心配することはない」


 ベルンハルトの優しさにシルヴァーナは微笑む。いつもベルンハルトは村の人たちのことを気に掛けている。領主だから当たり前だが、領地経営とかそういうことではなく、村の人たち一人ひとりを温かい眼差しで見守っているのだ。

 村に到着すると、もう畑に行こうと外に出ている村人がいた。


「皆、おはよう」


 シルヴァーナが声を掛けると、振り向いた男性が驚いた顔をした。


「シェーナ様!?」


 ギョッとした顔をして声を上げた男性は、のけぞるように一歩下がる。

 いつもなら笑顔で返事をしてくれるのにと、シルヴァーナが不思議に思っていると、男性の声に村人が集まってきた。


「シェーナ様? シェーナ様だって!?」


 キャシーが大きな身体を揺らして走り寄ってきた。シルヴァーナを見た瞬間、泣きそうな顔で抱きついてくる。


「シェーナ様! ああ、良かった! 生きてるじゃないか!!」

「ど、どうしたの!?」

「ダニーがシェーナ様は死んだって言ってたんだよ! なんだい、もう! 適当なことを言いふらしたりして!!」


 キャシーは嬉し泣きをしながらまくしたてる。


「う、嘘じゃねぇ! 本当にシェーナ様は死んでたんだよ!!」


 背後で声がしたと思ったら、怯えた顔をしてダニーが声を上げた。村で一人暮らしをしている男性で、少し偏屈な性格をしており、変わり者と言われている。


「なんだか分からねぇが、男どもに襲われてばっさり切られてた! ぶっ倒れて息が止まってたんだ! あれで生きてる訳ねぇ!!」


(私が襲われたのをダニーは見たんだわ……)


 「ダニー、お前の勘違いなんじゃないか?」

 「領主様! 俺たちに何を隠しているんです!? 死んだのに生き返るなんて化け物じゃないか!!」

 「なんてことを言うんだ!!」


 ダニーの荒げた声に村人が集まってくる。大抵の者がシルヴァーナに不審な目を向けている。


「俺は知ってる! 死んでも生き返る化け物はゾンビって言うんだ!」

「ゾンビってそんな……」


 物語に出てくる死霊の類だ。子供だましの怖い話によく描かれているものだが、自分がそうだと言われても、シルヴァーナは否定することができなかった。


(化け物……、本当にそうなのかもしれない……)


 自分が聖女だと思いたいだけで、本当は化け物かもしれない。

 死んだのに生き返るなんて、そんな聖女、今までいなかったのだから。


「ダニー! 酷い事を言うんじゃないよ! 目の前にシェーナ様はいるじゃないか! あんたの見間違いだよ!」

「キャシー! 俺は見間違ってなんかいねぇ! 嵐の中で畑の様子を見に行って、そこで本当に見たんだよ!!」


 ダニーは必至な様子で訴えている。シルヴァーナはどうしたらいいか分からずベルンハルトを見ると、ベルンハルトはダニーにゆっくり近付き肩に手を置いた。


「ダニー、言いたいことは分かった」

「領主様! この人は一体何者なんだよ!?」

「シェーナは、化け物なんかじゃない。……シェーナは、聖女だ」

「ベルンハルトさん!」


 まさか聖女だと言うとは思わずシルヴァーナが驚くと、ベルンハルトはシルヴァーナの肩を抱き寄せて、集まった村人に視線を向けた。


「聖女様って……、領主様……、何を言ってるんです?」

「シェーナが畑で瀕死だったのは本当だ。だがその聖なる力ですぐに回復した」

「ま、待って下さいよ! 聖女様ってどういうことです?」


 キャシーが困惑して訊ねると、疑問に思った村人たちも激しく頷く。


「皆、シェーナが作った料理を食べて元気になっただろう? シェーナには癒しの力があるんだ」

「まさか……、本当かい!?」


 キャシーに問われても、シルヴァーナは否定も肯定もできなかった。村人からの疑いを晴らすためにはこの嘘は仕方がないのかもしれないが、村人たちに嘘を吐くのはとても心苦しかった。


「そうか……、だから皆元気になったのかい……」

「聖女様! 聖女様だ!!」


 一人また一人と「聖女様!」と声が上がる。キャシーも嬉しそうに笑うとシルヴァーナの手を握った。


「なんてことだい……。本当に聖女様なんだね……」

「キャシー……」


 シルヴァーナは教会にいた頃のように、また『聖女』という名前に縛られることになってしまったことに顔を歪めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ