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第13話 ベルンハルトの見たもの

 嵐の夜、村の様子を見に行くためにベルンハルトは屋敷を出た。

 外は激しい風雨で、目を開けているのがやっとの状態だった。それでもどうにか村に到着すると、丁度家から出てきた村長と出くわした。


「領主様! 良いところに!」

「どうした!?」

「サムの家が酷い雨漏りなんです! 早く行って修理しないと!」


 ベルンハルトはすぐにサムの家に向かい、それから30分ほど屋根の修理をすると、他の家にも顔を出し無事を確認した。

 その後、村の畑を順番に回り、村の外れにある川が氾濫していなかを確認すると、後は屋敷の近くにある畑のみになった。そこはシルヴァーナが一生懸命野菜を育てている畑だ。

 しっかり確認してあげようと思いながら、小走りで屋敷へ続く道を戻っていると、正面から誰かが近付いてきた。


「旦那様!」

「ドナート?」


 暗闇の中だったが、声ですぐ分かり返事をすると、ドナートは慌てた様子で走り寄ってきた。


「どうした?」

「シルヴァーナ様が!」

「シルヴァーナがどうした!?」


 何かあったのだろうかと心配で声を荒げると、ドナートは少し焦った顔で続けた。


「30分ほど前に屋敷を出てしまったらしいのです。エレナに畑の様子を見に行くと言って」

「なんだと!?」

「20分ほどで戻ってくると言って出たらしいのですが、まだ戻って来ず、エレナが心配して私に報告に参りまして」

「なぜ止めなかったんだ!!」


 こんな激しい雨の中、何かあったら大変だと屋敷に残していったのだ。

 ベルンハルトが怒りに任せて問うと、ドナートが頭を下げる。


「申し訳ありません! 私は奥にいてシルヴァーナ様がお出掛けになったことに気付きませんでした。エレナもすぐそこの畑だからと、一人で行かせてしまったようです」

「謝罪は後で聞く。行くぞ!」

「はい!」

「20分で帰るつもりだったのなら、家の近くの畑だろう!」


 二人で畑に向かい持っていたランタンをかざす。


(シルヴァーナ、無事でいてくれ!!)


「シルヴァーナ! シルヴァーナ!!」

「シルヴァーナ様!」


 必至の呼びかけにも応える声はない。激しい雨音だけが響く中、畑の端から端まで見て回っても、誰かがいる気配はない。


(ここじゃないのか!?)


 もしかして村人の畑まで見に行ってしまったのだろうかと考えていると、土の上に黒い小さな塊のような影を見つけた。

 ベルンハルトはギクッとして足を止める。そんなはずはないとゆっくりと近付くと、ランタンの明かりにその影が照らされた。

 その途端、ベルンハルトの足は走り出していた。


「シルヴァーナ!!」


 全速力で走り寄り膝を突く。シルヴァーナは土に突っ伏す格好で倒れ込んでいた。

 抱き上げた瞬間、ぬるっと手が滑り心が凍り付く。


「旦那様! 血が!!」

「分かってる!」


 ベルンハルトは自分の鼓動が早鐘を打っているのを感じながら、シルヴァーナを仰向けにする。その肩から腹にかけて、大きな傷を見つけて顔を歪ませた。


「旦那様……、これは……」

「シルヴァーナ!!」


 声を掛けても、閉じた目はぴくりとも動かない。いくら身体を揺さぶっても何の反応もなかった。


(嘘だ! 嘘だ!!)


 震える手で口元に手を添えるが、呼吸は感じられず、慌てて胸に耳を押し当ててみても、鼓動はまったく感じられなかった。


「そんな……」


 ベルンハルトはただシルヴァーナを抱き締めるしかできなかった。ぶるぶると震えたまま、力いっぱい細い身体を抱き締める。


(なぜだ……。どうしてシルヴァーナがこんなことに……)


 笑顔で見送ってくれたシルヴァーナの顔を思い出すと、涙が溢れてくる。

 ずっと平和に暮らしていけると思っていた。聖女としてのいざこざはあったが、もうアシュトンとの縁は切れたのだから、これ以上何も起こらないと思っていた。

 勝手な願いだが、シルヴァーナさえ良ければ、このまま屋敷で一緒に暮らしていけたらと思っていたのだ。


(また俺は失うのか……)


 両親が流行り病で亡くなった時、自分の無力さに打ちのめされた。

 今度こそ、シルヴァーナだけは絶対に守ろうと決めていたのに。


「旦那様……。このままでは……」

「……そうだな。家に連れて帰ってやらないと……」


 ドナートの静かな声に顔を上げると、ベルンハルトはシルヴァーナを抱き上げた。

 泥に汚れていた顔に強い雨が当たり、少しだけ綺麗になっていく。


「家に帰って綺麗になろう。こんな泥だらけじゃ嫌だろう……」


 震える声でシルヴァーナに話し掛けると歩きだす。

 そうして屋敷に戻ると、玄関ホールで待っていたエルナがシルヴァーナを見て息を飲んだ。


「シ、シルヴァーナ様!? ま、まさか……」

「エルナ……。シルヴァーナ様を綺麗にして差し上げよう」

「う、嘘……。私……私が一人で行かせてしまったから……っ……」


 エルナはみるみる内に涙を溢れさせると、顔を両手で覆って泣き出した。


「エルナ、お前のせいじゃない……。さぁ、部屋に行こう」


 嗚咽を漏らして泣くエルナにベルンハルトが声を掛ける。

 ゆっくりと階段を上がり、シルヴァーナの部屋に行くとベッドに降ろした。明るい部屋の中で見るシルヴァーナの姿はぼろぼろだった。

 ざっくりと切り裂かれた服は、流した大量の血でべっとりと染まっているし、ぬかるんだ畑に倒れたせいで、どこもかしこも泥で汚れていた。


「ゆっくりと眠れるように、綺麗な夜着を着せてやってくれ……」


 ベルンハルトが静かにそう言うと、エルナはグスグスと鼻を鳴らしながらも、何度も頷いた。

 その後、エルナが傷に包帯を巻き、着替えをさせると、それからベルンハルトは、一人シルヴァーナのそばに寄り添った。

 上掛けを掛けてベッドに横たわる姿は、まるで眠っているようだった。その姿をただずっと見つめ続ける。


(本当に眠っているようだな……)


 あれからもう2時間以上が経っているのに、シルヴァーナの頬には赤みがあって、本当にただ眠っているようにしか見えない。

 手を伸ばして白い頬に触れると、不思議と温かく感じた。


(まさかな……)


 こんなに時間が経っていて、体温が残っているはずはない。ただ自分がそう思いたいだけだと苦笑して手を引こうとした時、ふと気付いた。

 顎の辺りにあったはずの、小さな切り傷がなくなっている。


(傷が……ない?)


 思わず腰を上げ、顎をくまなく確認する。たぶん倒れた時に石か何かで切ったのだろう傷だった。

 爪の長さほどの小さな傷だったが、確かにあったはずだ。


「まさか……。すまない、シルヴァーナ!」


 ベルンハルトは確かめずにはいられなくなって、シルヴァーナの夜着のボタンを外すと、上半身に巻かれていた包帯を外した。


「ない!! 傷跡が!!」


 ざっくりと切られたはずの剣の傷がどこにもない。傷があっただろう箇所には薄くピンク色の線があるが、それ以外には肌に染み一つない。

 ベルンハルトは慌てて声を上げた。


「ドナート! エルナ! すぐ来てくれ!!」


 二人を呼ぶと、すぐに階段を上がってくる音がして、二人が部屋に飛び込んで来た。


「キャッ! 旦那様! なんてことを!!」


 エルナが顔を赤くして声を上げたが、ドナートはすぐに状況を理解したのか、驚いた顔をしてシルヴァーナに走り寄った。


「傷が!? どうして!?」

「え!? 傷!?」

「エルナ! お前が包帯を巻いた時、傷はどうだった!?」


 エルナに訊ねると、エルナは動揺しながらも答えた。


「えっと、えっと、傷は確かにありました。血は止まっていて、だからそのまま包帯を巻いて……」

「そうだ。俺も全部ではないが、確かに見た……。でも今、傷は消えている……」

「旦那様……。もしや、シルヴァーナ様は、また生き返るのではありませんか?」


 ドナートが慎重に言った言葉に、ベルンハルトはごくりと唾を飲み込んだ。

 そんな奇跡が二度も起こるだろうか。


「生き返る? 生き返るってどういうことですか?」


 事情を知らないエルナが首を傾げる。


「エルナ、シルヴァーナは聖女なんだ」

「聖女? 聖女ってあの、王都の教会にいるっていう……? え、でも、聖女様は病死されたって……」

「病死じゃない。本当は王太子に殺されたんだ。そしてこの村に運ばれて、生き返った」

「そんな……、まさか……」


 ベルンハルトはシルヴァーナのボタンを掛け直すと、そっと上掛けを掛ける。

 一筋の希望が見えた気がした。


「様子を……見よう……」


 自分ができることは何もない。ただ祈り、見守ることしか。


 そうして丸一日、ベルンハルトは眠ることもせず、シルヴァーナの傍らにい続けた。

 ――そして、シルヴァーナは生き返った。

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