第11話 夢を見る
聖女として教会に迎えられたのは5歳の時だ。たまたま家族でミサに訪れた教会で、教皇に声を掛けられた。
両親は娘を手放すことなどできないと拒んだそうだが、教皇の再三の説得に最後は仕方なく頷いたのだという。
当時のことはよく覚えていないが、聖女の降臨に国中が歓喜し、自分に会いにきたらしい。
「教皇様、なぜ私は聖女なのですか?」
7歳の誕生日を迎え、自分の立場がどういうものなのか、少しずつ分かってきたシルヴァーナは、『聖女』という存在が一体どういうものなのか、よく分からなかった。
自分には特別な力などない。昔、この国にいた聖女たちには色々な力があったという。未来を視る力や、傷を癒す力、悪霊を滅ぼす強い力を持つ者もいたとか。
けれどシルヴァーナにはその力の片鱗さえ現れない。
「自分が聖女だとは思えないかい?」
リード教皇は、目尻の皺をもっと深くして微笑む。すっかり白くなった髪が光りに透けて、白銀に見える。
シルヴァーナは優しそうな灰色の瞳を見つめ、コクンと頷いた。
「だって私、何の力もないのです。皆いつも期待してる。私がいつ不思議な力が現れるかって。でも……」
シルヴァーナは自分の小さな手を見下ろして肩を落とす。どんなに一生懸命お祈りしても、奉仕活動を頑張っても、そんな力は現れない。
「皆の期待に応えられないのが辛いかい?」
「はい……」
リード教皇は穏やかに笑うと、シルヴァーナの頭を優しく撫でる。
「君は聖女だ。私には分かる。君の中には不思議な力がある」
「本当ですか?」
「ああ。だがその力をどうやって外に出せばいいかは、私には分からない」
シルヴァーナはリード教皇の言葉にがっかりして、大きな溜め息を吐いた。
「そんなに落ち込むことはない。君は確かに聖女なのだから。堂々としていればいいんだ」
「でも……」
「祈りを忘れないことだ。ティエール神の教えに従い、誠心誠意お仕えすれば、いずれ報われる時がくる」
「本当ですか?」
リード教皇は優しい笑顔で頷くと、シルヴァーナの手を大きな手で包み込み、優しく握ってくれた。
◇◇◇
15歳の誕生日に王宮に呼ばれた。そこでアシュトン王子と婚約することになった。
2歳年上のアシュトンとは子供の頃から会っていた。ちょっと気難しいところがあって話が合うことはなかったけれど、それでも小さな頃はそれなりに話ができていた。けれど大きくなればなるほどアシュトンは神経質なところが出てきて、付き合いにくくなった。
できれば会いたくないと思っていた矢先に婚約の話になって、シルヴァーナはまったく嬉しくなかった。
「シルヴァーナ、お前は私と結婚するんだ」
「殿下……」
どう返事をしていいか分からず、眉を寄せた顔をアシュトンに向けると、アシュトンも眉間に皺を寄せていた。
「結婚はお前が20歳になったらする。だからそれまでにどうにか奇跡を起こすんだ」
「え……?」
「お前が聖女として特別な力を見せなければ、皆いつまで経ってもお前を疑うだろう?」
「それは……」
「本物の聖女だと世間に知らしめるんだ。私は何の力もない聖女と結婚するつもりはない」
アシュトンに言われた言葉にシルヴァーナは唖然とした。アシュトンの言い様は、まるでシルヴァーナ個人を無視しているものだった。ただ『聖女』という存在と結婚すると言っているのだ。それも『本物の聖女』じゃなければ結婚しないだなんて、なんて自分勝手なんだろうか。
「私のことは、何とも思っていないんですか……?」
恐る恐る聞くと、アシュトンは意外な言葉を聞いたように驚いた顔をした。
「お前が本物の聖女なら、私の妻に相応しいと言っているんだ。光栄に思え」
そんなことは当たり前だろうという風に言われ、シルヴァーナは怒りを通り越して呆れてしまった。
本物の聖女でないなら、この婚約を破棄することはできるだろうか。
(聖女を辞めるなんてできない……)
いくら無能だと言われても、自分からこの立場を降りることはできない。
誰からも信じてもらえなくても、リード教皇だけは自分を聖女だと信じてくれているから。
アシュトンのためではなく、ずっと優しい祖父のように見守ってくれていたリード教皇のために、微かでもいいから聖女の奇跡を起こしたいとシルヴァーナは強く願った。