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第10話 また殺されました

 シルヴァーナはテーブルに並べられた料理を見下ろして、数日前に村人たちに言われた言葉を思い出した。


(私の作った料理で元気になったって、どういうことなのかしら……)


 あれから宣言した通り、何度か村人たちに料理を振る舞ったが、本当にみんなが元気になっているように感じる。

 痩せ細っていた人たちは、ふっくらと肉が付いて健康的な見た目になった。熱で寝込む人も明らかに減って、一日農作業をしても辛そうな人はいなくなった。

 そして、目の前のベルンハルトも随分変わった。


「なんだ?」


 思わずベルンハルトの顔を見つめてしまい、シルヴァーナは笑顔で首を振る。

 ベルンハルトもまた、健康的な姿へと変わった。痩せこけた頬が消え、細い体に肉が付いた。もうすっかり普通の男性の体型で、初めて見た頃のひ弱な印象はない。


「そのキッシュは私が作ったんですよ。味はどうですか?」

「うん。すごく美味いよ」

「それにも私が育てたせっかち草を入れてあるんです。本当に何にでも使えて、良い野菜ですね」

「シルヴァーナの作る料理は、なんでも美味い」

「あら、それは言い過ぎです。私だって失敗する時はあるんですよ」


 おどけてそう言うと、ベルンハルトは楽しそうに笑った。その笑顔があんまり素敵で、シルヴァーナはまたぼんやりと見つめてしまう。


(なんだか変だわ、私……)


 農作業をしている時も、皆で食事をしている時も、つい目で追ってしまっている。

 優しそうな笑顔も仕事をしている真剣な目も、なんだか目が離せないのだ。


「村の皆は、すっかり元気になったな」

「ホントですね。なんだか不思議ですけど」

「シルヴァーナの料理のお陰だよ」

「またそんな……。おだてられると調子に乗っちゃうから言わないで下さい」


 苦笑してそう言うと、ベルンハルトは真剣な目を向けてきた。


「いや、冗談で言ってるんじゃない。本気だ」

「え?」

「もしかして、これも聖女の力なんじゃないのか?」


 思い掛けない言葉に、シルヴァーナは戸惑った。


「聖女の力って……、まさか……」

「今まで流行り病の後遺症で、皆ずっと苦しんできた。俺もそうだが、薬を飲んでもいくら食べても虚弱は治らなかったんだ。それが君の料理であっという間に元気になった」

「本気で言っているんですか?」

「ああ」


 静かに頷くベルンハルトを見て、シルヴァーナは顔を曇らせる。


(そんな、まさか……)


 今まで聖女の力なんて、微塵も感じたことがなかった。教会でどんなに強く祈っても、そんな力の片鱗はまったくなかったのだ。それが今更現れたというのだろうか。


「で、でも、料理なら教会でもいつもしていたわ。奉仕活動で貧しい人たちに料理を作ることもあったし……」


 自分の作った料理で元気になってくれているのなら、もっと早く気付いていただろう。

 ベルンハルトをがっかりさせたくはないが、さすがにこれは同意することはできない。


「そうか……。偶然、ということもあるかもしれないな……。それでも皆はシルヴァーナのお陰だと思っている。嘘でもそれに応えてやってほしい」

「それはもちろん。私の料理で元気になってくれるなら、毎日作ります」

「……俺にも、作ってくれるか?」


 ベルンハルトの言葉にシルヴァーナは少し驚くと、頬を赤くして下を向いた。


(今のって……、村の人と同じように、単に料理を作れってことよね……。他意はないわよね……)


 ちらりとベルンハルトの顔を見ると、ベルンハルトも顔を赤らめ目をうろつかせている。

 その動揺した姿が可愛くて、シルヴァーナはクスッと笑うと顔を上げた。


「もちろんです。明日は野イチゴでパイを作る予定なの。楽しみにしていて下さいね」

「ああ」


 シルヴァーナの言葉に、ベルンハルトは嬉しそうに笑うと小さく頷いた。



◇◇◇



 3日後、朝から降っていた雨は勢いを増し、日が暮れる頃には暴風雨になった。

 農作業もできず、窓から外を眺めていたシルヴァーナは、外套を着て出掛ける様子のベルンハルトを呼び止めた。


「ベルンハルトさん。出掛けるんですか?」

「ああ。村の様子を見てくる」

「村に?」

「畑も心配だが、村で困っている人がいないか確認してくる。この雨だからな。どこか壊れたりしていたら大変だ」


 ベルンハルトは工具などが入った大きなカバンを執事のドナートから手渡される。


「私も行くわ!」

「こんな雨の中、わざわざ濡れに行くことはないよ。村のことは心配いらない。帰りは遅くなると思うから、先に夕食を食べていていいから」


 村の人たちが心配でそう言ったが、ベルンハルトにやんわりと断られてしまう。しょんぼりとすると、ベルンハルトが肩にポンッと手を置いた。


「気持ちだけ受け取っておくよ。危ないからシルヴァーナは家にいてくれ」

「分かりました……」


 仕方なく頷くと、ベルンハルトはシルヴァーナの頭を優しく撫でてから玄関を出た。

 その後、一人で夕食を済ませても、まだベルンハルトは帰ってこなかった。雨はますます激しく降り、窓を叩いている。


「シルヴァーナ様、先にお休みになられますか?」

「エルナ……」


 メイドのエルナがお茶を運んできてくれて、一度窓から視線を外す。

 お茶を一口飲むと、シルヴァーナは「よし」と立ち上がった。


「私も出掛けるわ」

「え!?」

「村はベルンハルトさんがいるから大丈夫だと思うの。私は畑を見てくるわ。外套を持ってきてくれる?」

「ま、待って下さい! 外は危険です! 旦那様も外に出るなと言っていたじゃないですか!!」


 驚いて声を上げるエルナに、シルヴァーナはにこりと笑い掛ける。


「大丈夫、少し様子を見に行くだけよ。畑を一回りしてくるだけ。ね?」

「でも……」

「遠くの畑には行かないわ。それなら20分くらいで帰ってこられる。それならいいでしょ?」


 シルヴァーナの粘りに負けたのか、エルナは渋々頷いてくれた。


「では私も行きます。お一人では心配です」

「エルナはここにいて」

「だめです!」

「びしょびしょになると思うから、お風呂を用意しておいて? お願い」


 自分のわがままでエルナまで濡れるのは申し訳ないと、シルヴァーナが手を合わせてお願いすると、エルナは肩を竦めて小さく息を吐いた。


「もう、仕方ありませんね。分かりました」

「ありがとう、エルナ」


 そうしてエルナが用意してくれた外套を着てランタンを持つと、強い風雨の中に飛び出した。

 フードを被っているがあっという間に顔が濡れてしまう。それに構うことなく小走りで走り続けると、昨日やっと芽が出た野菜の畑に到着した。


「だいぶ土が流れてしまってる……」


 ランタンの明かりに照らされて小さな芽を確認する。土は流れてしまっているが、畝が崩れているところはない。


「良かった。大丈夫そうね」


 安堵して、他の畑にも行こうとすると、誰かに呼ばれたような気がした。


「シルヴァーナ様!!」


 暗闇の中から、自分の名前を呼ぶ声がする。男性の声に振り返り目を凝らす。


「シルヴァーナ様!!」


 激しい雨音でよく聞こえないが、確かに自分の名前を呼んでいる。背格好から執事のドナートかとシルヴァーナは手を上げた。


「ここにいるわ! どうしたの!?」


 心配して様子を見にきてくれたのかと返事をすると、男性が小走りに近付いてくる。

 少し心細かったこともあって、シルヴァーナも男性に歩み寄る。だがランタンのぼんやりとした明かりの中に男性の姿が見えると、ギクリと足を止めた。

 フードを被っている姿がドナートではないような気がしたのだ。屋敷で働いている使用人にもこんな男性はいない気がする。


(村の人……? でも……)


 住民の顔はすべて覚えている。小さな村なので全員で農作業をしている間に、すっかり覚えてしまったのだ。


「シルヴァーナ様ですよね?」

「え? なんで……」


 なぜ名前を確かめる必要があるのかと戸惑っていると、外套で隠れて見えなかった男性の手に、なぜか剣が握られているのが見えた。


(嘘!?)


 恐怖で身が竦んだが、このままでは絶対にいけないと、勇気を振り絞りどうにか足を動かした。

 振り返り全速力で走りだす。


「待て!!」


 激しい声に危険を感じ、がむしゃらに走る。けれどぬかるむ土に足を取られて上手く走れない。


「シルヴァーナだ! やれ!!」


 背後の男性の声に、シルヴァーナが違和感を感じる暇はなかった。

 目の前の暗闇から突然現れたように見えた男性が、剣を振りかぶっている。


「キャーーッ!!」


 驚きと恐怖で叫び声を上げたが、肩に激しい痛みを感じて、それ以上声を出すことはできなかった。

 その場に倒れ込み、痛みに顔を歪める。肩から腹にかけて、焼け付くような痛みが広がる。


「あ……っ……ぐっ……」


 上手く呼吸ができず喘ぐように息をしながら、震える手で胸に触れる。

 生温かいぬるりとした感触が手に伝わり、シルヴァーナの心に絶望が広がる。


(なんで……、また私……、殺されるの……?)


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。自分はそれほど恨まれることをしたのだろうか。

 何度も殺されて、それほど自分の存在がこの世にあってはならないと思われているのだろうか。


「どうだ? やったか?」

「本当にシルヴァーナ・オーエンか?」

「ああ。名前を呼んだら、振り返った。本人に間違いない」


 雨音に混じって、微かに二人の声が聞こえてくる。


「本当に生きていたとはな」

「王子のことだから、腰が引けて上手く殺せなかったんだろうよ。剣の腕もからきしだからな、あの王子は」

「まぁ、これであの方も安心されるだろう」


(助けて……、ベルン……ハルト……、助けて……)


 意識が闇に落ちていく。以前も感じた怖ろしい感覚。

 シルヴァーナは何度も何度もベルンハルトの名前を心の中で呼びながら、重い目蓋を静かに閉じた。

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