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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.94 レンジの苦悩、そして、一触即発再び

***

土砂崩れが起こる少し前。


宿屋兼酒場である『憩いの木馬亭』で、レンジはいつもより早めの夕食を取るため、カウンター席に座っていた。


店に向かう時は雨は降っていなかったが、店に入った頃から外の天気は急激に崩れ、今では本格的を通り越して、嵐のように雨粒を飛ばし風が唸り声をあげて吹き荒れていた。


(流石にこの悪天候では、ティムは来ないだろうな)


と思いつつも、暴風雨の中自宅に帰ることを考えると呑気に飲酒する気にもなれず、いつものようにアルコールの入っていない果実水と料理を頼んだ。


料理が来るのを待っている間に考えることは、あのエルフのことだ。


(……自分の態度が褒められたものではないことくらい分かっている)


昼間、セインにも言われてしまった。


『ジークさんに対して過剰にイライラしているように見えますが、何かあったのですか?』と。


(何も、ない……いや、無い訳ではないが、ここまで苛立つほどのことはされていない)


今日の昼間は、久し振りに晴れ間が覗いたから釣りをしようと出かけ、そしてあのエルフに邪魔をされた。


だが、ジークに悪気がないことは頭では理解していたし、ティムも魚を持ち帰ることができて喜んでいたから、今思えば、あそこまで怒る必要はなかったのだと反省している。


(そもそも、祖国にいたときに受けた嫌がらせや屈辱に比べれば、ジークがしたことなど取るに足らないことだ。しかも、本人には決して悪意があったわけではない。釣りをしている僕を喜ばせるためにしたのだ)


頭では理解できている。


なのに、ジークと接していると、心の中で自分でも説明がつかない焦燥感が湧き上がってくるのだ。


その正体が掴めず、さらに苛立ちが募るという悪循環に陥ろうとしてしまう。


(何とかうまく対処しなければ。せっかく、あの2人がユーリの黒死病治療を協力すると申し出てくれたのに、それを僕が台無しにする訳にはいかない……!)


これから先もユーリが黒死病の治療を続けるのであれば、内情を知っている協力者は多いに越したことはない。


しかも、フィーもジークも、類稀なる魔法の才能の持ち主だ。


(フィーの氷魔法は言うまでもない。そしてジークについても、診療所で相見えてよく分かった)


フィーの治療中にユーリが余計なことを言ったとき、ジークはリビングで暴れ、レンジは治療の邪魔をさせないよう必死に押し止めたのだ。


このとき、ほんの短い時間だったが、ジークの実力を垣間見たのだ。


(ジークの戦闘能力や魔法のセンスは僕と同等……体格や体力を考えれば僕より優れているかもしれない)


王族を廃嫡されてから日夜魔物と戦い続けていただけのことはある。


治療をしている最中のユーリ達を守るにあたって、これ以上心強い味方はいないだろう。


(ひょっとして僕は、戦闘能力の面でジークに劣等感を抱いていて、知らないうちに嫉妬していた……とか?)


一瞬そんな考えが思い浮かんだが、すぐに頭を振った。


(そんな分かりやすい理由なら、ここまで悩むことなどない。大体、嫉妬や劣等感なら嫌というほど祖国で味わったしな)


“どうして、自分の容姿は普通のドワーフとは違うのか?”


“どうして、自分は生まれつき左腕がないのか?”


この無意味で不毛な悩みが、何度頭を過ったか分からない。


それこそ、地位も権力もない、市井のドワーフとすれ違っただけで羨望の眼差しを向けそうになっていたのだ。


だから、ジークに対する感情が明らかに違うことだけは分かっていた。


むしろ―――


「……よお」


何かを掴めるかと思った、その時だった。


横を見ると、レンジの頭を悩ませていた件の人物が立っていた。


「レンジさんもこちらでお食事だったのですね」


その隣で、フィーが嬉しそうに声をかけてきた。


「ご一緒してもよろしいですか?」

「……どうぞ」


自分の視線が自然と剣呑になっていくのを感じながら、レンジはフィーに頷いた。


フィーがレンジの隣に座り、フィーを間に挟んでジークも横並びに座った。


レンジとジークの仲が険悪であることはフィーも十分理解していたからだ。


「レンジさんはもう注文されたんですか?」


「ああ、もうすぐ来ると思う」


「そうなんですか。何を頼まれたのですか?」


「本日のおススメのミートパイを」


「まあ、とても美味しそうですね!お兄様はどうされます?」


フィーがジークに話を振ると、


「特に嫌いなものはねえしな。俺もそれにするわ」


「じゃあ、私も!」


フィーはちょうど近くにいたマリーに声をかけ、


「私とお兄様もミートパイをお願いいたします」


と注文した。


「はいよ!あ、飲み物は何か頼むかい?」


「そうですわねぇ……メニューを見せて頂いてもよろしいですか?」


「料理は先に作り始めているから、飲み物が決まったらまた教えて!」


とメニュー表を渡し厨房に行った。


「お兄様、何かお飲みになりますか?」


ジークはチラッとメニューを見たが、


「……読み上げてくれるか?」


「分かりましたわ」


フィーは心得たと上からドリンクの名前を順番に言った。


(どういうことだ?)


実はレンジは、この店で2人と食事をするのが今日が初めてだった。


というのも、


(セインにいつまでも作ってもらうのも申し訳ないし、ここ最近は雨ばかりで外で食べるのも億劫だから簡単な料理くらいは作れた方がいいだろう)


と一念発起し、セインにも教わりながら自宅で料理をするようになったのだ。


レシピ通り作ってしまえば一応食べられる味には仕上がるし、自分しか食べないのであれば見た目が多少悪くとも問題ないだろうということで、この雨続きの日々の、特に夕食は自分で作るようにしていたのだ。


今日は久しぶりに天気が良かったので、

(この調子なら夜も大丈夫そうか)

と思い、店に行ってみたのだ。


結果は……見事に裏切られたが。


そのため2人がこの宿屋に泊まるようになってから、レンジはフィーとジークが注文する様子を初めて見たのだった。


(なぜフィーがメニューをジークに読み聞かせる必要がある?別に大したことは書いていないはずなのに……)


レンジの視線に気づいたのだろう、ジークは気まずそうに視線を逸らした。


(まさか……)


レンジは大きく見開いた。


「君……字が読めないのか?」


「―――ッ!」

一瞬でジークの顔が強張る。


「あ、あの!レンジさんッ」


ジークの顔色が変わるのを見てフィーは慌てて弁解しようとしてするが、


「まさか、本当に?100年以上生きているエルフが、しかも元皇太子が?どうして……?」


レンジが信じられないように言葉を続けた。


―――ガタンッ!


「……せぇよ」


椅子が乱暴に倒れる音が店内に響いた。


「どうして……?んなものなぁ!」


レンジを強く睨みつけ、


「俺が一番知りてえんだよッ!!」


「ッ?!」


ジークが拳を振り上げたのを見て、レンジも椅子からすぐに立ち上がり、臨戦態勢を取った。


「お、お兄様ッ!」


フィーが悲鳴のような声を上げ、


「ちょっと、何事だい!」

「どうしたんだよ、おい!」


酒場に居た客や店員にどよめきが走った。


「散々ヒトをバカにしたような目で見やがって!てめえに何が分かる?!頭が良くて……バカにされたことがないようなヤツがッ!」


(……そうだ)


ジークの激昂した、なのに、なぜか泣き出しそうな顔を見て、唐突に気づいた。


(そうだ……僕だ)


必死にフィーに宥められるジークを呆然と見つめた。


(彼を見ていると、まるで……祖国にいたときの僕を見ているような嫌悪感を抱くんだ)


左手が欠損したドワーフとは程遠い姿。


生まれつきどうしようもできないことで責められ、蔑まれることへの嫌悪感を、ジークを見ると、否応なしに彷彿とさせられるのだ。


(だがなぜ?ジークはどう見ても立派なエルフだ。これまでの様子からしても、特に体に不自由もないはず。僕とは何の共通点もないのに)


「ジーク、落ち着けって!」


フィーだけでなく、他の客も集まってきたーーーその時だった。


ゴゴゴォーーー!


「ッ?!」


「なんだ?!」


この暴風雨の中でもはっきりと聞こえるほど凄まじい轟音が鳴り響き、酒場にいた人間はもちろん、さすがのジークも驚いたように動きを止め、音の方へ顔を向けた。


「……止んだか?」


再び雨粒が吹き荒れる音だけが外から聞こえてきた。


すると今度は、

「大変だっ!今すぐ来てくれ!」

ずぶ濡れの村人が勢いよく酒場に駆け込んできた。


「どうしたんだいっ?!」


マリーが代表して尋ねると、


「『水車の家』に土砂が流れ込んで来やがった!家の連中も無事か分からない!とにかく早く来てくれ!」


と息せききって叫んだ。


「『水車の家』って……ブルームん家かよ?!」


「動ける奴は行くぞ!」


酒場にいた全員が立ち上がった。


レンジ達も顔を見合わせ、


「取りあえず休戦だ。僕らも行くぞ」


「……クソッ」


「私も行きますわ!」


なんと、フィーも名乗りを上げてきた。


「フィーはダメだ!危ねえだろッ!」


ジークがすぐに止めるが、


「私の氷魔法ならきっとお役に立てますわ!」


と自信満々に言い放った。


「でもよッ」


「ここで押し問答している暇はない。それに、加護使いが1人でも多くいた方がいい。フィーも行こう!」


「はいっ!」


レンジの言葉にフィーは嬉しそうに頷いた。


「マリー!君は、セインとユーリを現場に連れてきてくれ!」


返事を待たず、レンジ達は雨風が吹き荒れる中を魔力操作を使いながら全力で走っていった。


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