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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.89 治療経過、そして、お疲れさまでした!

コンコンコンッ―――


セインの部屋をノックしたが、特に答えは返ってこなかった。


(まだ夜明け前だから、仕方がないか)


本当なら勝手に入らない方がいいのだろうけど、中には術後の患者がいる。

しかも開心術の術後だ。


こまめに経過を見ていく必要があった。


「皇女様、失礼します」


ベッドに横になっているジークさんと、ベッドサイドに座っている皇女様がいた。


突っ伏した状態でゆっくり規則正しく上下に動く彼女の背中を見ると、やっぱり眠っているようだ。


彼女を起こさないようにそっとジークさんに近づき、


(アイ、彼のバイタルを)


《かしこまりました》


アイが血圧、体温、心拍数、呼吸数を教えてくれた。


(体温は38.0度。まだ高いわね)


それ以外は特に問題ないようだ。


額に乗せていた濡れたタオルを取り、サイドテーブルの洗面器に浸けた。


「……ここ、は」


小さく掠れた声が聞こえてきた。


「ジークさん、目が覚めたんですね!」


開心術をしてから、半日以上眠り続けていた患者がようやく目を覚ました。


体を起こそうと覚束ない様子で身じろぎする彼を、


「無理しないでください。まだ熱が高いんですから」


と慌てて制止した。


「ここはセインの部屋です。ジークさん、意識を失ってから半日以上眠ってたんですよ」


その間に次から次へと本当に色々あったけど、その話は後でいいだろう。


「体を起こせるようにクッションか何かを持ってきますから、ちょっと待っていてください」


絞り直したタオルを額に乗せ、その場を離れようとすると、


「アイツは……リオディーネは……」


熱でぼんやりした目で私に訴えかけてきた。


やっぱりそれが一番心配だったんだろう。


「リオディーネ皇女はティナ・ローゼン精霊国へお引き取り願いました。皇帝には、あなた方は死んだと説明してもらえるよう説得して」


「本、当に……?アイツが、それを、納得したの、か?」


たどたどしい口調で必死に訊ねてくるジークさんに、


「ええ。ソフィアナ皇女が……あなたの妹さんが、とっても頑張ってくれましたから」


ベッドサイドで未だ深い眠りについている白銀の頭に視線を誘導した。


「フィー……ッ!」


一瞬目に力が入り、上手く力が入らない腕を何とか持ち上げ、彼女の手に自分の手を乗せた。


「ジークさん、あなたは黒死病を発症していたんですよ?」


「ッ?!」


私の発言にジークさんの目が驚きで大きく開いた。


「……やっぱり、気づいてなかったんですか」


まあ、何となくそうじゃないのかなとは思っていた。


(核自体はまだそこまで大きくなかったし、皮膚の変色も気づくかどうかという程度だったし)


だけど、気づいたときにはもう命はなかっただろう。


「……何となく」


ポツンとジークさんが呟いた。


「胸が、締め付けられるような、感じは、あった。国を出た、辺りから。でも……しょっちゅうじゃなかったし、気のせいだと、思っていた」


記憶を辿るように、ジークさんはゆっくりと話した。


「リオディーネと、戦った、時だ。魔法を使おうと、したとき……胸がすげえ痛くなって、攻撃を避けることも、できなくて……そのまま、アイツの攻撃を、喰らうことしかできなかった……」


「そうだったんですね」


「お前が……黒死病を、治したのか?」


「私だけの力ではないですよ。セインもレンジ君も、それに皇女様も協力してくれましたから」


「……なんでだ」


「えっ?」


ジークさんの方を向くと、私を真っ直ぐ見つめてくる蒼い瞳と目が合った。


「なんで、俺を助けた。俺のことなんて、見捨ててりゃあ良かったのに。そうすれば、面倒ごとに巻き込まれなくて、済んだのに」


「……」


「……なんだよ」


無言になった私をジークさんが見遣る。


私はジークさんの額に置いてあるタオルをどけ、


ビシッ―――!


「……ッテ?!」


デコピンしても弱々しい声しか上がらなくて良かった。

皇女様を起こしたくなかったし。


「流石にその言い方は失礼なんじゃないですか?あなたを必死に助けようとしたというのに」


「で、でもよ……そのせいで、お前達は巻き添え喰らって」


「私達のことはこのさい、どうでもいいです。あなたを誰よりも必死になって助けたいと願ったのは、他でもない、皇女様ですよ?」


「フィー……が?」


ジークさんは驚いて皇女様の寝顔を見つめた。


「まさか、あなただけでなく、皇女様にも土下座されるとは思いも寄りませんでしたよ」


「なッ……?!」


「別にそんなことされなくたって、私達はジークさんのことを助けるつもりだったのに……それでも、あなたを助けたいと、必死に思いを伝えてくださいました」


呆然とするジークさんに話し続けた。


「皇女様はジークさんの黒死病の治療も手伝って下さいましたし、しかも、リオディーネ皇女と直接交渉もして、最終的にお引き取り願うよう説得して下さったんです。あなたは、そんな妹さんの努力を踏みにじるつもりですか?」


「そ、そんな……あの、フィー、が?」


ジークさんは信じられないように呟く。


(ジークさんの頭の中では、皇女様は守らなければならない、か弱い妹なんだろうな)


ほんの1週間前までは、確かにその通りだったんだろう。


なんせ、黒死病を発症して、衰弱して、冗談抜きで死にかけていた訳だったんだから。


(だけど、たった1日で人は変わるものなのね)


それは、きっと。


「兄であるジークさんのことを誰よりも大切に思う気持ちが、皇女様を強くしてくれたんですよ」


「……フィー」


何かを堪えるようにジークさんは皇女様の手を優しく、だけどしっかり握った。


ポンと、デコピンした彼の額に濡れたタオルを再度置いた。


「ジークさん」


「な、なんだよ」


「あなたは、十分頑張りましたよ」


「……え?」


目を丸くするジークさんに微笑みかけた。


「黒死病を発症した皇女様をたった1人で守りながらここまで来て、自分が黒死病を発症したことも気づかないくらい皇女様のことを気遣って……罪も罰も、自分が全てを背負うつもりだったんですよね」


剥き出しの肩にそっと手を置く。


「もう頑張らなくていいんです。現にあなたは、熱が出ている立派な病人なんですから。今は皇女様の手も借りて、ここでゆっくり休んでください」


「お、前……」


「皇女様のために、本当によく頑張ってくれましたね。ジークさん」


―――ツゥ


「見、見るな……ッ」


顔を私の反対側に向け、皇女様の手を握っていないもう片方の腕を顔の前に持ち上げた。


「さてと、じゃあ私はクッション持ってきますから。少しずつ体を起こしていきましょうか」


ドアノブに手をかけた時だった。


「……ユーリ」


ポツリと、消えそうな声で名前を呼ばれた。


「ありがと……な」


フッと自然に笑みが零れる。


「どういたしまして。皇女様にもちゃんとお礼言ってあげて下さいね」


階段を降りると、セインがリビングでお茶を飲んでいた。


部屋をジークさん達に明け渡しているので、今日は診療室で寝ていたのだ。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


「いいえ。私もちょうど目が覚めたところですから」


セインは私の分もお茶を煎れてくれた。


ちなみに、昨日の騒ぎの時も大人しくしてくれていたドラコは、今は私の部屋でまだ眠っている。


まだ子どもなのに、空気読んでくれて本当に賢い子だ。


「ユーリさんも気が休まらないでしょう。こまめにジークさんの様子を見ているようでしたし、全然眠れていないのでは?」


「大丈夫大丈夫。そこまで辛くないから」


なにせ前世の当直では、術後患者の経過フォローだけでなく、救急車の対応もしなきゃならないときもあって、眠れた試しがなかったのだ。


今回はたった1人だけの様子を見ればいいのだから気楽なものだ。


お茶を飲みながらホッと一息つく。


「ちょうどジークさんも目が覚めたところよ。まだ熱は高いけど、今のところは落ち着いてる」


「そうですか、それはよかったです」


セインも安心した顔をした。


「これ飲んだら、ジークさんにクッション持って行くわ。上体を起こしやすいように」


「ええ、お願いします」


その時だ。


コンコンッ―――


玄関からノックが聞こえてきて、セインと顔を見合わせる。


「こんな早い時間に?」


「急患でしょうか?」


すると、


「僕だ。レンジだ」

隣に住むドワーフの声だった。


「レンジ君、どうしたの?こんな朝早く」


「窓から灯りが漏れていたから、あの2人に何かあったのかと思ってな」


中に通してセインがレンジ君にもお茶を出した。


「ジークさんは大丈夫よ。皇女様が付きっきりで看てくれているしね」


「そうか、それなら安心だな」


フッと穏やかに微笑み、お茶に口を付けた。


「レンジさんも昨日はお疲れさまでした。穴も無事塞ぐことができましたしね」


「村長も何とか説得できたしな」


どうやらレンジ君にとってはそっちの方が大変だったみたいだ。


「ちなみに、何て言って納得させたの?」


ちょっとした興味本位で尋ねると、セインとレンジ君は一瞬目を合わせ、


「このまま穴が開いたままでいると、セインが村を出て行かざるを得なくなると言ったら、あっさり了承してくれた」


とレンジ君が肩を竦めた。


「はいっ?!」


思わず大声が出てしまい、慌てて口を抑えた。


「それはいったいどういう理屈な訳?」


と聞き直すと、


「その通りの意味だ。あの穴が開いているのはこの診療所の前であり、穴に落ちて怪我をした村人は当然この診療所に運ばれる訳だ。そうすると、セインが治癒魔法を使う機会は多くなり、セインの負担も必然的に増え、最終的にはセインが過労に追い込まれるだろう、と」


「ああ、そういう方向ね」


とセインの方を見た。


「まあ、通行の邪魔にもなりますしね。村長さんが納得してくださったのなら、それでよかったですよ」


引き合いに出されたセインは頬を掻いた。


「まあ、とにもかくにも」


2人の顔を交互に見て、


「今回も無事一件落着ということで、2人とも、ありがとう。そして、お疲れ様でした!」


軽くコップを顔の前に上げると、


「ああ、ユーリもよくやってくれた」


「ええ、お疲れさまでした」


3人で祝杯を上げるようにコップを高く持ち上げた。

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