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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.82 診療所前の戦い、そして、レンジの思い

***

診療所の中で、ジークの心臓手術が執り行われている一方。

診療所前の大穴の中では、レンジとリオディーネの交戦が繰り広げられていた。


「"ウォーター・アロー"!」


リオディーネの周囲に水の球がいくつも出現し、そこから無数の水の矢がレンジ目掛けて放たれる。


だが、


「"ファイア"」


レンジの前に炎が壁のように立ち上り、壁に当たった矢は全て蒸発してしまった。


「クッ!」

呆気なく攻撃を抹消され、リオディーネの顔からは完全に余裕が無くなっていた。


(一体なんなのですか、このドワーフは!先程から基本的な魔法だけで、私の攻撃魔法を全て相殺させている。まるで……格の違いを見せつけるかのように!)


魔力がもう残り僅かであることを、リオディーネは自覚せざるを得なかった。


現に、今の攻撃魔法を放った時点で肩で息をしてしまうほど全身に疲労感がのしかかってきた。


対するレンジの方は、顔色を全く変えることがなく余裕綽々の表情だ。


左手の鎧部分を剣に変形させているが全く出番がない。


「薄汚いドワーフの分際でッ!」


美しい顔は汗にまみれ、悔しそうに歪められていた。


「どうやらまだ戯言(たわごと)を仰る余裕がおありのようですね」


レンジは溜め息を吐き、


「土の精霊よ、汝の加護を以て彼の者を大地に縫い止めよ。"アース・ニードル"」


穴に落ちてから初めて、レンジは攻撃魔法を第一皇女に向けて放った。


その瞬間、穴の底から次々に土の棘がリオディーネを突き刺そうと襲いかかった!


「……ッ!」


最早、魔法で迎撃する力も残っていなかった。

自身が串刺しにされることを想像し、リオディーネは顔の前で腕を交差させ思わず目を閉じた。


「……始めに申し上げたように、貴殿には傷一つつけるつもりはございません」


「っ……!」


恐る恐る目を開けると目前に土の棘が迫っており、その距離は1cmあるかどうかというところだった。


「こちらの要求は、あの2人にこれ以上関わらないこと、貴殿にはこのままティナ・ローゼン精霊国にお帰りいただくこと。この2つです」


憎らしいほど冷静沈着なレンジをキッと睨みつけ、


「なぜ、あの2人のためにそこまでするのですか?!ソフィアナは黒死病を発症しているのですよ!遅かれ早かれ失われる命です。それを私がここで手を下したところで大差ないでしょう!」


なりふり構う余裕もなくなり、美しい髪を振り乱しながら喚き立てた。


「あのケダモノにしても、そう!アレは既に王族を剥奪された出来損ないですよ!同じ血が流れていることを恥ずかしいと思うくらい!あなたがわざわざ庇うメリットがあるのですか?!」


「ありません」

「なっ?!」


レンジは瞬時に答えた。

リオディーネが呆気に取られるほどだ。


「彼らを庇うメリットなど僕にはありません。現に彼等を匿っていることで、僕は貴殿とこうして戦う羽目になっています。しかもこの戦いは外交問題にも発展しかねません。その場合、僕は間違いなく己の命を以て責任を取ることになるでしょう」


端から聞けばとんでもなく深刻な事案だというのに、その口振りは非常に淡白で他人事のようであり、それが尚更リオディーネを混乱させる要因だった。


ほんの少し関わっただけで、リオディーネはこのドワーフが、魔法の才で自分よりも遥かに高みにいる存在であり、その上、いかなる時でも冷静で合理的な考えができる相手であることを理解した。


にもかかわらず、助けても何の得にもならない、むしろ自身の命すらも危うくなることを十分すぎるほど理解しながら、それでも自分の弟妹を守ろうとすることは、彼の合理性とはかけ離れた思考回路だった。


「……同じだからです」


何の脈絡もなく、レンジは話し始めた。


「……以前、僕を庇ったがために、ある人間の命を危険に晒してしまったことがありました」


思い出されるのは、祖国でドラゴン討伐に駆り出されたときのことだ。


黒死病を発症したことを実の兄に責め立てられたとき、ユーリはレンジを庇ったため兄の不興を買ってしまった。

その結果、レンジだけでなくユーリやセインもドラゴンが出現した坑道に閉じ込められてしまったのだ。


「僕のせいで危うく死にかけたというのに、その人間は僕に一度も責任を追及することはなかった。それどころか、僕の命をも助けようと尽力してくれました」


「……何が言いたいのですか?」


訝しそうな顔をするリオディーネに、


「僕はその人間の真似事をしているに過ぎないということです」


レンジは微笑みを返した。


「あの時、僕を庇うことは『百害あって一利なし』でした。僕のことなど見捨てていれば、あんな恐ろしい思いをすることはなかったでしょう。しかしその人間が、損得勘定抜きで自分が正しいと思うことを実行してくれた結果、僕は今もこうして生きているのです」


そして、リオディーネを真っ直ぐ見据えた。


「貴殿が『ケダモノ』と呼ぶ彼、ジーク殿は、確かに一般的なエルフとはあまりにもかけ離れた存在です。攻撃的で礼儀もない。僕も彼とは、性格的に相容れないと思っております」


「当然ですわ。そもそもアレがエルフとして生まれたことが信じられないくらいですもの」


フンッと、リオディーネは鼻で嗤った。


「ですが、僕は彼のことを尊敬しています」


「はっ?!あなたがアレを尊敬ですって?!」


信じられないようにエメラルドの瞳が見開かれる。


「黒死病患者は迫害される。それこそ、己の親兄弟からも。ですが彼は違いました。彼は妹であるソフィアナ皇女を見捨てることなく、ここまでずっと寄り添い続けてきた」


その姿はかつてのユーリと同じだった。


黒死病を発症した自分を決して見捨てなかった、あのときの彼女の姿を彷彿させるものだった。


そして、そんな兄を救ってほしいと、取るに足らない矜持をかなぐり捨てて、ユーリに土下座して懇願したソフィアナ皇女の姿も。


「今度は僕の番だ。あの2人を守ることが損であるということが分かっていても、僕の行いは正しいものだと信じております」


そこまで話したときだった。


「どうなってるの?!」


頭上から、素っ頓狂な声が降ってきた。


「ユーリ……!」


(彼の治療が無事成功したのか!)


だがホッとしたのは一瞬だけだった。


「ソフィアナ皇女?!」


なんと、目の前の刺客に命を狙われている渦中のエルフが、自ら大穴の中に飛び込んできたのだ。


氷魔法を駆使して穴の底に叩きつけられることなく着地したことは見事だったが、レンジは信じられない思いで第ニ皇女を見つめた。


「どうしてここに?!いやとにかく、早く穴の外へッ」


「よろしいのです、レンジ様」


焦ったレンジの言葉を遮って、ソフィアナ皇女微笑み、そして姉に向き直った。


その姿はこれまでの頼りない雰囲気が嘘のような、むしろ王族の風格を漂わせた堂々としたものだった。


「お久しぶりですね、リオディーネお姉様」

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