Karte.81 皇女メンタル強し、そして、第一皇女はいかに
「セイン、皇女様、お疲れさまでした!」
「ユーリさんも、お疲れさまでした」
未だに眠っているジークさんにも浄化魔法をかけて、体に着いた血液や汚れをキレイにし、タオルをかけた。
「皇女様、大丈夫でしたか?その、あまり聞きたくない音がしたり、臓器の独特の臭いもしていたと思うんですけど」
目隠しの布を外しながら聞くと、
「いえ、全く大丈夫でした……むしろ、素晴らしかったです!」
「え?」
ピンク色の目を輝かせながらこちらを熱く見てきた。
「実はユーリ様が心臓を露出させたところから見ていたんです。布の隙間から」
「はいっ?!」
なんでそんな自分から気分悪くなるようなことをするの!
「ユーリ様のご配慮を無碍にするようなことをして申し訳ありません。ですが、ユーリ様の鮮やかな手の動きから目を離せなくなってしまいましたの」
「は、はあ~」
何と言うか……この皇女様、見かけによらずとんでもなく神経太いんじゃないの?
「と、とりあえず、こちらの治療は無事終了したけど……レンジ君の方はどうなっているのかしら?」
玄関の方を向くが、特に大きな騒ぎも起きていないようだ。
(ひょっとして、あの第一皇女、まだここに到着していないのかしら?)
《リオディーネであれば、診療所前ですでにレンジと交戦中です》
「えっ?!……と~、こっちも落ち着いたからぁ……外の様子も見た方がいいかなあ、なんて……」
かろうじて奇声を会話に繋げて、セインと皇女様に提案した。
(ちょっと、アイ!交戦中ってどういうこと?!ていうか、なんでもっと早く教えてくれなかったのッ!)
頭の中でアイに文句を言うと、
《ユーリにとっては手術の方が優先順位が高かったため、余計な雑音を入れないようにしたまでです》
アイは澄ましたように答えた。
《それに加え、診療所の前とはお伝えしましたが、地上で戦闘が行われているわけではないので、こちらに妨害行為がされないだろうと推測されたため、敢えてご報告致しませんでした》
(地上で戦っていない?どゆこと?!)
そのとき、
「ユーリ様。お手を煩わせて申し訳ないのですが、私もご一緒に外の様子を確認してもよろしいでしょうか?」
思いがけず皇女様から声がかかった。
「えっ、でも皇女様は、リオディーネ皇女と接触しない方がいいんじゃないですか?」
セインも、
「まだ体力が戻り切っていない状態で万が一にも第一皇女から攻撃を受けてしまったら、それこそ命に関わるのでは?」
と難色を示した。
だが皇女様はゆっくり首を横に振り、
「リオディーネお姉様については、私がお話しなければお引き取り願うことは難しいと思われます。お姉様は次期皇帝の座をお望みですから、私が生きている限りどこまでも命を狙い続けるでしょう。余程のことがあって諦めて下さらない限り」
と静かに、だけど確信を込めて話した。
「でも、それじゃあ……!」
「ご安心ください。ユーリ様、セイン様」
私の言わんとすることを察したのだろう、皇女様は微笑んだ。
「あなた方と、レンジ様に救っていただき、そして、お兄様が守って下さったこの命……決して、無碍にはしないことを必ずお約束致します」
(皇女様……本当に強くなったな)
初対面のときの頼りない面影は完全にない。
今だって、顔は微笑んでいても、ピンク色の瞳が強い光を放っている。
「……分かりました。攻撃はてんでダメでも、防御には自信がありますから。微力ながら、私も付き添わせて頂きます」
「ありがとうございます、ユーリ様」
私はセインの方を向き、
「セインはジークさんに付き添ってあげて。まだ意識が戻っていないみたいだから」
「分かりました。どうか、お気をつけて」
セインも引き締まった表情で、見送ってくれた。
「皇女様、それは?」
外に出ようとしたとき、白い手に何かが握られていることに気が付いた。
「お兄様が愛用しているナイフですわ。お姉様とお話しするとき、必ず必要になってくるでしょうから」
と強く握りしめた。
(御守り代わりに持っていきたいのかな?)
きっと、ジークさんが傍に居てくれると心の支えとしたいのかもしれない。
それ以上は何も言わず、私は皇女様の肩を支えながらドアを開けた。
「どうなってんの、コレ?!」
ドアを開けた瞬間の第一声がこれだ。
むしろ、当然である。
診療所の前に、とんでもない歪な四角い大穴が開いていたのだからだ。
縦横10m、穴の底は5mくらい、か?
しかも穴の縁には、バリケードよろしく土の棘が一分の隙間もなく突き出ている。
私達が手術している間に、いきなりこんな穴が出現しているなんて!
「な、なな、なんでこんなことにッ?!」
目の前の光景を信じることができず頭を抱えていると、
「あ、ユーリちゃん!大丈夫かい?!」
穴に落ちないよう注意しながら、穴の反対側から声をかけてくる人がいた。
「マリーさん!」
ティムのお母さん、マリーさんだ。
「なんか、ここ最近の雨で地面が沈んじゃったらしいよ!レンジ先生が穴の底に女の人と一緒に落ちているらしいんだけど!」
「レンジ君がッ?!」
慌てて穴の底を見ると、2つの影がすぐに分かった。
1人はもちろんレンジ君だ。
そしてもう1人は、というと……
「リオディーネ皇女?!」
確かにアイの言ったことは正しかった。
レンジ君とリオディーネ皇女は交戦中だった。
しかも、地上では戦っていなかった。
(これはどう見ても雨のせいじゃなくて……あの第3太子、とんでもない方法を取ってくれたわね)
要するに、お得意の土属性魔法で即席でこんな大穴を作って、そこで第一皇女を足止めしていた訳だ。
これなら確かに他の村人への危害は最小限に抑えながらリオディーネ皇女と戦うことができるだろう。
理屈は分かる。
ただ、本当にできるかどうかは別問題なんだけど。
(しっかし、この状態でどうしたら平和的解決が見込めるんだろうか……)
ウーンと頭を捻っていたら、
「ユーリ様」
ソフィアナ皇女が声をかけてきた。
「皇女様も、落ちないように気を付けてくださいね!」
流石にここに落ちたら、私は助けられない。
何より、穴の底ではまだドンパチしているみたいだし。
すると、
「私も今からこの穴の中に入ろうと思います」
と更にとんでもない発言が飛んできた。
「はいッ?!」
私が素っ頓狂な声を上げると、
「レンジ様だけに任せる訳には参りません」
「いや、その通りですけどッ!」
そりゃあ、手術は無事終わったわけだから、後はこの戦いを終息させる必要がある。
でも、階段もまだ覚束ない皇女様をこんな大穴にダイブさせる訳には!
「大丈夫ですわ、ユーリ様」
私の心配を余所に皇女様はひどく余裕な雰囲気だ。
「私はティナ・ローゼン精霊国の第2皇女であり、そして……次期皇帝の継承権を認められる実力を持っていると自負しておりますから」
そして、私が引き留める間もなく、
「皇女様ッ?!」
自ら穴の中に飛び込んでいった。
皇女様が上から降ってきたことに気が付いたレンジ君とリオディーネ皇女が驚いた顔をする。
「水の精霊よ、我に御加護を。”アイス”」
すると、
パキパキパキ―――!
まるで穴の底に向かう滑り台のように坂ができて、皇女様はスケートよろしく見事に滑っていった。
「あんなことができるの?!」
今日1日で皇女様への印象が大幅に変わっていく。
「どッ、どうしよう!私も中に入った方がいいのかな?!アイ、どう思う?」
《ユーリはこのまま様子を見ていた方がよいと思われます》
アイは淡々と答えた。
《3人の魔力量は相当のものです。あの3人が戦うとこの穴から攻撃が飛び出し、周囲が巻き込まれる恐れがあります。その場合、ユーリが結界魔法で攻撃を防いだ方がよいでしょう。何より、ソフィアナの思惑が不明である以上、穴の上からも様子を伺った方がよろしいと思われます》
「……分かった」
私は穴の上から、ことの次第を見守ることにした。




