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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.79 レンジの作戦、そして、対決リオディーネ

***

黒い雲が空を覆い、いつ雨が降ってもおかしくなかった。


最近の天候不順には村人達も辟易しており、曇り空を見上げて足早に目的の場所に急ぐ者が多く、外を歩く者は少ない。


そんな中、レンジは1人セインの家の玄関の前で黙って佇んでいた。


ジーク救出の際に手放した左の義手を覆う鎧も、すでに新しいものを装着済みだ。


「先ほどはよくも邪魔をして下さいましたね」


ほどなくして、その来訪者はやってきた。


レンジに対して、すさまじい殺気と怒気を放ちながら。


「……リオディーネ皇女」


対するレンジは眉一つ動かさず、静かに彼女に対峙した。


レンジが出現させた鉄の束縛と土の堅牢では、やはり完全に彼女を閉じ込めておくことはできなかった。


最もレンジからすればそんなことは予想通りであり、逆にそれ以上の緊縛をすればこの皇女に害が及んでしまうことも分かっていたのだ。


エメラルドの瞳がレンジの背後の家に向けられた。


「どうやら、我が妹とケダモノはその家の中にいるようですね」


そして今度はレンジに向けられ、


「今すぐ妹とケダモノを私に引き渡しなさい。そうすれば、今までの無礼は全て水に流して差し上げますわ」


とあからさまに見下したように命令してきた。


「この私が……ティナ・ローゼン精霊国の正統なる皇帝継承者が、あの2人の身柄と引き換えに、貴方方の行いを不問にしようと言っているのですよ?例え、あの泥臭いドワーフ共の王族すら務められなかった貴方であっても、これがどれほど寛大な処置であるかくらいは、お分かりですわよね?」


美しく微笑むその口から発せられる侮蔑に満ちた言葉を、レンジは神妙に聞いていた。


もちろん、表面上は、だ。


「なるほど……確かによく理解できました」

レンジは片膝をつき、右手を胸に当て軽く頭を下げた。


その様子に皇女は満足そうに頷いた。


「貴方は、弟と呼ぶのも悍ましいケダモノや、あの卑小で愚かな人間の小娘よりも、本当に分別のある方のようですね」


ピクッとレンジの体が僅かに反応した。


それに気づかず、リオディーネはレンジにまるで温度を感じない笑みを向けた。


「さあ。あの2人をここへ連れてきなさい。もし2人の処分も手伝って下さるのであれば、ちゃんと褒美を取らせてあげますわよ?」


「左様でございますか……」


頭を下げたたまま、レンジは素っ気な答えた。


「ええ。ですから」

「恐れながら」


リオディーネの言葉を遮り、胸に当てた右手を地面に置いた。


そして、リオディーネに顔を向ける。


「これ以上聞くに堪えない戯言(たわごと)を宣うのは、ご遠慮願えますか?」

「なっ……」


リオディーネを睨む琥珀色の瞳は、苛烈に燃える炎のように強い光を湛えていた。


「土の精霊よ、我に御加護を。”ダート”」


すると、地面に置いた右手から魔力が伝わり、


「なッ、なんですの?!」


レンジとリオディーネを中心に地面に大きな穴が開き、2人揃って穴の中に落ちていく。


―――スタッ!


レンジだけでなく、リオディーネも、底に叩きつけられることなく見事に着地した。


「これは、いったい……?!」

「僕が土属性魔法で地面を操作して作り出した、言わば落とし穴です」


周囲を忙しなく見渡すリオディーネとは対照的に、レンジは終始落ち着き払っていた。


そのとき、

「レンジ兄ちゃん、大丈夫?!」

頭上からレンジにとって聞きなれた少年の声が降ってきた。


「大丈夫だ、ティム。どうやら、ここ数日の雨で地盤沈下したらしい。君は危ないから近づくな。他の人達にもそう伝えてくれないか?」


レンジは平然とティムに嘘を返した。


「レンジ兄ちゃんは?!ていうか、そっちの女の人は?!」

ティムがリオディーネの方も見て、心配そうにレンジの身を案じた。


「僕と彼女は大丈夫だ。自分達で脱出できる。僕が左腕をロープのように変形させるところを見たことがあるだろう?」


以前、レンジが左腕に装着している鎧部分を錬成魔法でロープのように変形させて、川に落ちた村長の孫娘を救い上げたことを思い出させた。


「そっかぁ!分かった、みんなに伝えてくる!」


ヒョコっと穴の縁からティムの顔が消え、走り去っていく音が聞こえた。


「……どういうつもりですか?」

憎々しげにリオディーネはレンジを睨んだ。


「恐れながら、あの診療所で行われている治療を貴殿に妨害されないようにするため、このようにさせていただきました」


「治療ですって?」


「ええ。貴殿の弟君を救うため、全員が力を尽くしております。当然、妹君である第二皇女も」


『第二皇女』と聞いた途端、リオディーネの顔色が変わった。


「貴方はアレがどうして我が国を追われたのかご存じないのですか?!アレはッ」


「黒死病を発症していらっしゃる。ええ、存じ上げております」

リオディーネの言葉を引き継ぎ、レンジは肯定した。


「……であれば、アレがどれだけ罪深いことをしたか分かっておいでですか?次期皇帝の継承者として皇帝陛下の寵愛を受けながら、『精霊から見放された異端者』と成り下がるなど……恩知らずにも程があるというもの!」


リオディーネは声を荒げて捲し立てた。


まるで、『黒死病を発症したのは第二皇女のせいであり、自分達はその被害者だ』と言わんばかりだ。


「第一皇女であり、皇帝陛下に最も忠実であるこの私が、アレの処分を全うすることは至極当然のことなのです。にもかかわらず、ケダモノもあの下賤な人間も、そして貴方も!どうして、私の邪魔をしようというのですか?!」


フン、とリオディーネはレンジを鼻で嗤った。


「少しは分別があると思っておりましたが、とんだお門違いでしたわね。やはり、この穴のように、泥臭くて薄汚いドワーフには、誇り高きエルフである私の考えを理解できると期待したのが間違えでしたわ」


レンジはただただ黙って聞いていた。


それと同時に、

(……驚いたな)

と自分でも気づかなかった心の内を、垣間見ていた。


ドワーフとはあまりにもかけ離れた姿で産まれたため、レンジは『出来損ない』という蔑みの言葉とともに育ってきた。


そのため、自分が見下されることに関して、諦めとともに受け入れていることを自覚していた。


だが。


「……命を懸けて守った者」

「え?」


突然話し出すレンジにリオディーネが怪訝な顔をした。


「尊敬に値する者」


ドラゴンから守り抜いた祖国にいるドワーフの民。


診療所の中で黒死病に立ち向かっているエルフの兄妹やセインの顔。


「そして―――心から崇拝する者」


目の前のエルフが『下賤で愚かな人間』とほざいた、彼女の―――ユーリの顔が脳裏に浮かぶ。


「どうやら僕は自分よりも、彼等を貶されることの方が……心底許せないらしい」


右手を左腕の鎧部分に翳し錬成魔法をかけると、鎧が一振りの剣に変形した。


―――ゾクッ!


(なッなんですの、この威圧感……まさかッ!)


信じられないという表情でリオディーネはレンジを見た。


(この……矮小な、泥臭いドワーフの……魔力だとでもッ?!)


今までとは明らかにレンジの纏う空気が変化したことに気づいたリオディーネは、慌てたように、


「わッ私にもしものことがあれば、我が国とこの国とで深刻な外交問題となりますのよ!貴方の命では決して贖うことすらできない事態になりますわ!」


「ええ、承知しておりますよ」


フッと口元を緩めてリオディーネを見た。


その瞳に。

その小さな体に。

燃え滾る紅蓮の炎のような怒りと魔力を溢れさせながら。


「どうかご安心を。貴殿に傷一つつけることなく……その高くなりすぎた鼻柱を、徹底的にへし折ってご覧に入れましょう」


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