Karte.78 皇女見直す、そして、作戦決行!
目の前の光景を信じられない気持ちで私は見ていた。
(こ、今度は……皇女様に、土下座させているッ?!)
慌ててどうにか皇女様を立ち上がらせようとするが、彼女が訴えるのは『兄を救いたい』という悲痛なまでの懇願だった。
(そんな……わざわざ土下座なんてしなくても、こっちはとっくの昔にそのつもりなのに……でも)
私を真っすぐ見つめてくる強い意志を感じる瞳を見返す。
(この皇女様……こんなにしっかりしてたっけ?)
ここに来てからの彼女の印象は、蝶よ花よと育てられた、正真正銘のお嬢様だった。
我儘が過ぎるとか、とんでもなく高飛車だとか、性格的な問題はなく、育ちの良さが全面に出て礼儀正しい方だったから、こちらが不愉快になることは全くなかった。
だけど、彼女の美しい瞳はいつもふんわりと頼りなく、まるで意思と言うものを感じられなかった。
本当に聞き分けのよい、美しい『フランス人形』。
それが彼女の印象だった。
それが、今はどうだ。
彼女の中でどんな心境の変化があったのかは分からないけど、それでも、最愛の兄への強い思いが彼女を奮い立たせていることだけはよく分かった。
「……ありがとうございます。皇女様」
彼女と同じ目線でしゃがみ、華奢で薄い肩に手を置いた。
「貴女のお覚悟……確かに承りました!」
「ユーリ様……!」
すると、
「は、はは……参ったな」
レンジ君が自分の額に手を当てた。
まるで被ってもいない帽子を脱ごうとしているかのようだ。
「ユーリ。1つ目の懸念事項がまだ解決していなかったな」
「あ、リオディーネ皇女のことね!」
そう言えば、彼女の襲撃をどう対処するか考えるのを忘れてた。
「その件は、僕に一任してはもらえないだろうか」
「レンジ君が?」
レンジ君は深く頷き、
「第一皇女が2人のことを突き止めてしまったのは、あのブローチをルーベルト伯に報告した方がいいと提案した僕の責任だ。僕自身の手で落とし前をつけたい」
「そんな……レンジさんがそこまで責任を感じる必要なんてありません」
セインが慌ててフォローした。
「あのブローチは本当に王族の所持品だったのですし、庶民である我々があのまま安易に持っていれば、後々あらぬ疑いをかけられていたかもしれません。レンジさんの判断は正しかったと思います」
セインの言葉に私もウンウン頷くと、レンジ君は軽く頭を下げた。
「ありがとう。そう言ってもらえて、いくらか気が楽だ。だが、それだけではない」
頭を上げたとき、レンジ君の口元は微笑んでいた。
だけど、目は鋭い光を放っていた。
「恐れながら、あの第一皇女には是非とも知って頂かなければならないんだ。『薄汚いモグラのような種族』である我らドワーフの力が、如何ほどのものなのかを、な」
『薄汚いモグラのような種族』―――森でリオディーネ皇女がレンジ君に放った暴言だ。
(レンジ君……平然としていたけど、内心では相当腹に据えかねていたんだ)
「姉がそんな無礼なことを言うなんて……!何とお詫び申し上げればッ!」
未だ座り込んだままのソフィアナ皇女が顔色を変えた。
(あの第一皇女と、この2人って、本当に血が繋がっているのか?)
ここまで性格に雲泥の差があると、第一皇女とこの2人は『他人の空似』なのだと言われた方が余程しっくりくる。
すると、レンジ君は皇女様の方を向き、
スッ―――
彼女の前で片膝をつき、右手を胸に当てた。
「お詫びしなければならないのは、僕の方です」
「えっ?」
驚く皇女様をレンジ君は優しく見つめた。
「僕はどうやら貴女のことを相当見くびっていたようです。周囲が気遣ってくれるのを待つだけで、自ら動こうとはしない御令嬢なのだと、そう思っておりました」
ジークさんに続き、皇女様にもめっちゃズケズケ言うな。
「いえ、レンジ様のおっしゃる通りですわ」
皇女様は頭を振った。
「むしろ感謝しております。貴方が私のために厳しく仰って下さったお陰で、私は再び誤った考えをせずに済んだのですから」
花が綻んだように可憐な笑顔が浮かぶ。
「本当に……ありがとうございます!」
一瞬レンジ君は目を見張るがフッと口元を緩ませ、
「……身に余るお言葉でございます、皇女」
恭しく、深く頭を垂れた。
「でも……本当に大丈夫?あの皇女、結構強いんじゃない?しかも、かなり攻撃的だし容赦ないし」
レンジ君の実力を疑うつもりは毛頭ない。
だけど、あの森で皇女の攻撃を受けた私としては、やっぱり心配だ。
なにより、相手は正真正銘の王族であり、万一のことがあれば外交問題に発展するという厄介な存在。
(いくらドラゴンを倒せる英雄とは言え、厳しい相手なのでは?)
だけどレンジ君は自信たっぷりに、
「安心しろ。君達の治療の邪魔など決してさせない。あの皇女に一切の傷をつけず、完璧に制圧してみせると誓おう」
と堂々と言い切ってきた。
そうとまで言われてしまえば、私の方は何も言うことはない。
「分かった……頼んだよ、レンジ君!」
「ああ、任せろ」
そして、皇女様を立たせて、
「そうと決まれば、あまり時間がないわ。これからの流れを手早く確認して、すぐにでも行動に移りましょう!」
とみんなの顔を見渡した。
「私、セイン、皇女様はここでジークさんの黒死病の治療を」
セインと皇女様に目配せすると、2人は力強く頷く。
「レンジ君は1人で申し訳ないけど、第一皇女の足止めをお願い!」
「ああ」
レンジ君は不敵な笑みを浮かべながら返事をした。
「絶対に成功させましょう……私達の意地にかけても!」




