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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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戦闘、そして、やるしかない!

ドサッ!


何かが地面に崩れる音に体がビクッと跳ねる。


弾かれたように横を向くと、


「セ、セイン!?」


セインが蹲っていた。


慌てて私も跪きセインの様子を伺う。


「ちょっ、大丈夫?!」


「え、えぇ……」


ひどい顔色。


完全に土気色だ。


口に手を当て吐くのを必死にこらえているようだ。


(無理もないよね。辺り一面魔物の血が飛び散っているし、怪我人もいるし)


気持ちを落ち着かせるようにセインの背中をさすっていると、


「怪我はないか、ヒーラー殿」


剣を腰に納めたカーラさんがこちらに近づいてきた。


ダウンしているセインを一瞥し、わざとらしく溜息を吐く。


「ヒーラーがそのザマとは。そんなことで仕事ができるのか」


「面目、ございません……」


「まあいい。それよりも、見ての通り怪我人がいる。あなたにはすぐにでも治癒魔法を……ッ!」


突然パッと振り返り、流れるように抜刀するが、


「ぐっ、ぅ……!」


「カーラさん!!」


カーラさんの左肩を鋭い爪が抉り、白い巨体が彼女に覆いかぶさろうとする。


紙一重で牙を躱し、カーラさんは新たな敵に油断なく剣を向けた。


「まさか、そんな……!」


「ワイルドウルフがもう一体なんて……!」


「だ、団長がッ!」


部下の兵士達は完全に浮足立っているが、何とか態勢を立て直し2匹目のワイルドウルフに切りかかっていく。


だが、


「ぐわァッ!」


「ギャア!」


ワイルドウルフの爪や牙を躱しきれない兵士達が次々と倒れていく。


「そ、そんな……どう、しよう……どうすれば!」


《落ち着いてください、ユーリ》


「アイ!」


顔を上に向けても、もちろん何も見えない。


でも、いついかなる時でも冷静なこの声に、思わず縋りたくなってしまう。


「だって、このままじゃ……!」


「ユーリさん……?」


空中に向かってなりふり構わず叫ぶ私に、顔色が最悪なセインが当惑したように視線を向けてくる。


《落ち着いてください。ユーリ》


アイがもう一度語り掛ける。


《結界魔法であれば、ワイルドウルフの爪や牙など簡単に防ぐことができます。負傷者の止血も可能です》


「わたし、の……?」


《はい。ユーリが結界魔法を行使すれば、この事態も収束可能です》


わたしの……私の魔法で……!


「グルル……」


「……くっ」


遂に兵士の中で剣を構えているのはカーラさんだけになってしまった。


ワイルドウルフの殺気だった双眸に毅然と対峙しているが、肩で息を吐きながら何とか立っているという様子だ。


特に爪で抉られた左肩の傷は深く、剣を握っていられるのが不思議なほどだ。


(このままじゃ、カーラさんが……!)


魔物が態勢を低くし、カーラさんに狙いを定める。


「グルァァッ!」


「危ない!」


グンッ!


「え」


足が思わず一歩踏み出た。


そこまでは、いい。


うん、そこまでは分かっている。


でも次の瞬間、急に体が動き、勝手に足が人生で最高速度の脚力を叩き出していた。


「なっ……?!」


「ユーリさん!!」


背中ではカーラさんの驚愕の声が、遠くから私の名前を呼ぶ切羽詰まった叫び声が届く。


「ガァッッ!」


「ひい!」


(な……なんで魔物と、こんなに急接近?!)


知らないうちにカーラさんと魔物の間に自分の体が滑り込んでいた。


アワアワと頭の中が白くなる。


そんな私の驚きに魔物がもちろん構ってくれることはなく。


(あれ、ひょっとして、私、死ぬんじゃ……)


右脚の鋭い爪が、スローモーションで眼前に迫って……


《”ガード”》


……アイの声?!


ゴンッ!


「ギャンッ!!」


「ッ!」


目の眩みそうな白い光が現れ、咄嗟に顔を腕で守り目をつぶる。


それと同時に重い衝撃音と魔物の悲鳴が起きる。


恐る恐る目を開けると、


「光の、壁……?」


「なっ……?!」


私とカーラさんを庇うように白く煌めく、半透明の壁が出現していた。


「なんだこれは?!というか、なぜここにいる?!お前、死にたいのか!」


背中ではようやく我に返ったカーラさんに食って掛かられる。


「や、そ、そんなこと言われても……」


カーラさんの勢いにたじろぐことしかできないでいると、


「グルアァッ!」


「きゃあっ!」


ドン、という荒々しい衝撃音に思わず首を竦ませる。


いけない!カーラさんに気を取られて忘れていた。


当の魔物は突如現れた障壁にすっかり苛立っていて、目に見えて殺気立っているのが分かる。


(どう見ても怖すぎでしょ!私は争いごととは縁のない、善良な一般市民なんだよ?!)


《だから、落ち着いてください。ユーリ》


怖気づいた私に、若干呆れを滲ませ、アイが話しかけてくる。


《私の独断で結界魔法を発動させていただきましたが、御覧のとおり、ワイルドウルフが体当たりしてきてもびくともしません》


確かにアイの言うとおりだ。


魔物は何とか壁を壊そうと、躍起になって体当たりしたり爪を立てたりしているが、『ガード』は全く破られる気配がない。


(でも……でも!このままじゃ、オオカミ倒せないじゃない!私達への攻撃を諦めても、他の人に襲い掛かるかもしれないし!)


そう。


このまま私とカーラさんだけが守られていても、今度はセインや他の人達が魔物の餌食になってしまう。


そうなったら意味がない。


《その通りです》


アイが即答する。


《ユーリにワイルドウルフを倒すことはできません。ここにいる者たちの中で唯一倒すことができる者は、カーラという人間だけです。ですが彼女はすでに重傷であり、これまで通り戦うことはできないでしょう》


よって、とアイは続ける。


《あなたが彼女をサポートするしかありません》


(私が?!)


ギョッと目を剥く。


よりにもよって私をご指名ですか?!


《そうです。あなたが結界魔法を使えば、止血することも、魔物を拘束することも可能です》


もう一つの結界魔法って……。


背中越しに聞こえるカーラさんの荒い息遣いに、初めて魔法を使った時のことや、この世界で初めて執刀した手術が駆け巡る。


一つ息を吐き、気持ちを落ち着かせる。


そして今度は、正真正銘自分の意志でカーラさんに手を向け、


「光の精霊よ、我に御加護を……”ヴェール”!」


「!」


カーラさんの左半身を、光が泡立つ穏やかなさざ波が優しく覆い被る。


光が消えると、


「血が、止まっている……!まさか、治癒魔法を使えるのか?!」


驚きを隠せない様子に、正直に首を振る。


「残念ですけど、私は止血しただけ。治癒魔法は使えないんです。当然、あの魔物を倒すこともできない。だから、カーラさん」


彼女の紫紺の瞳を真っすぐ見つめながら私は宣言した。


「あなたが、あの魔物を倒してください。私が動けないようにしますから」

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