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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜
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Karte.7 転生して初めての旅、そして、魔物?!

さらに1ヶ月が過ぎ、セインに正式に出張が言い渡された。


セインとの2人だけの旅、なんて本当なら心ときめくものを感じたかもしれないけど、この摩訶不思議なファンタジー世界を旅するなんて、ときめきよりも不安しかない。


だからガルナン首長国に向かう行商達に同行させてもらうことになって正直ホッとした。


なるべく少ない荷物を心掛けながら荷支度をし、いよいよフラノ村を旅立つ日になった。


「今回はご一緒させていただきありがとうございます。よろしくお願いします」


「いえいえ。こちらこそ、ヒーラーの先生がご一緒とあれば心強いというものです。こちらこそよろしくお願いします」


行商の纏め役は、バレットさんという恰幅のよい男性だ。


旅の装いにしては身なりが良い。きっと腕のよい商人なんだろう。


「ありがとうございます。それからこちらが……」


「あなたが今回同行するヒーラーか?」


挨拶を交わしていると、ハスキーボイスに声をかけられた。


振り向くと、銀色に鈍く輝く鎧を身に着け、腰には一振りの剣を差している兵士がいた。


そして驚いたことに、亜麻色の長い髪を頭の天辺で一つに縛り、紫紺色の瞳をしたその人は、どこからどう見ても美しい女性。


不敵な視線は、真っすぐ私に向けられている。


「あ、いえ、私は違います。ヒーラーは……」


「私がヒーラーのセインです」


私の一歩前に出てきたセインが笑顔で会釈する。


「そうか。そちらのお嬢さんじゃなくて、あなたの方か」


お、お嬢さんって……。


確かに外見年齢は私より上みたいだけど。


さっきから全身をジロジロ見られて居心地悪いな。


「え、えーと、失礼ですが、あなたは?」


「私はカーラ。この行商の護衛団の団長だ。よろしく」


顎でバレットさんをしゃくりながら気負うことなくサラッと言ってのける。


「で、そのお嬢さんは?ヒーラーの奥方か?」


出た!毎度の話題だ。


「私はセイン……先生の助手です。ユーリと言います。今回ご一緒させていただきますので、よろしくお願いします」


ペコリとカーラさんに頭を下げると、カーラさんはフンと鼻を鳴らし、


「もうすぐ出発するから、早く馬車に乗るといい。予定通りの順路でガルナン首長国に向かうが、その途中に宿などという気の利いたものはない。基本的に野宿になるが、あまりわがままなど言わないで欲しいものだな」


そう捨て台詞を吐きながら、自分の馬車に戻っていった。


「お気を悪くしてしまったのでしたら、申し訳ありません」


すっかり恐縮したバレットさんが代わりに謝罪する。


「どうか、お気になさらず」


「そうですよ。女性なのに団長だなんて凄いですよ」


私とセインがそうフォローすると、


「そうおしゃって頂けるとありがたいです。彼女たちのことは何度か雇っているのですが、護衛としての働きぶりは文句ないですし。それに」


チラッと周囲の様子を確認し、


「ここだけの話、この護衛団はルーベルト伯の推薦なんです。だから、我々としても今後もいい関係を続けたいと思っているんですよ」


バレットさんは声を潜める。


なるほど、確かに商売するなら貴族との繋がりは重要だろうし、カーラさん経由で貴族の機嫌を損ねるような真似はしたくないだろう。


せっかくの異世界初旅行だ。


私もこれ以上波風立てないように気を付けよう。


そして村長さんに見送られ、私逹はガルナン首長国への貨物馬車逹と一緒にフラノ村を出発した。


私達も村から馬車を1つ借り、セインが主に御者をすることになった。


ちなみに野宿するときの寝る場所でもある。


私も馬車の扱い方を教えてもらったが、前世では自動車免許を取ってから結局一度も運転したことがないゴールド免許持ちのペーパードライバーだ。


馬が急に暴れたりしないかと、かなりおっかなびっくりだったけど、セインには

「筋がいいですよ」

と褒められたのでホッとした。


ガルナン首長国までの道中は整備されていて、初めての馬車の旅だったけどそれなりに平和そのものだった。


(護衛団もいるっていうからどんなに物騒なのかと思ってたけど。異世界の危険って、盗賊とか山賊とかなのかしら)


最初は呑気にそう思っていただけだった。


しかし間もなく私は、『この世界の危険』というものを、身をもって知ることになる。


フラノ村を出発したその日の夕方。


「そろそろ今日の野営場所に到着するみたいですよ」


「やれやれ、ようやくだね」


手綱を取るセインの隣でウーンと伸びをした、そのときだった。


「ウッ、ウワーー!」

「ま、魔物だ!」


突然後方の馬車から聞こえてきた、悲鳴と馬の嘶き、そして不気味な唸り声。


先頭を護衛していた兵士達も私達の馬車の脇を走り抜いていく。


「えっ…!ど、どうしたの?!」


「どうやら、魔物の襲撃に遭ったようですね」


「ま、魔物って……」


オロオロする私とは違って冷静沈着なセイン。


でも、いつものほのぼのした様子とは打って変わった険しい表情をしている。


「た、助けてくれ!怪我人が……!」


「行きましょう、ユーリさん!」


セインに名前を呼ばれハッと我に返り、セインに少し遅れて最後尾の馬車まで走っていった。


ーーーそれは前世の日本だったら一生目の当たりにすることがない光景だった。


血を流し、うずくまる人々。


カーラさんを筆頭に剣を構える兵士達。


今にも飛び掛からんばかりに威嚇する大きな影。


一瞬映画か何かの撮影なんじゃないかと思ってしまうほど、今までの人生とは縁のない光景。


でもあまりの生々しさに、これは紛れもない現実に起こっていることだと、その事実に立ち竦んでしまった。


「ワイルド・ウルフ?!まさか……こんなところで遭遇するなんて!」


セインの切羽詰まった声に、改めて影を注視した。


全身が灰白色の毛並みに覆われ、血に塗られたように目が赤い、犬のような姿をしている。


でも一番目を引くのはその大きさだ。


大型犬、なんて可愛らしいものではない。


馬車のそばで怯えている馬に匹敵する巨体だ。


「なっ、これ、いったい……」


《ワイルド・ウルフ。その名前の通り、オオカミの姿をした魔物です》


この緊迫した状況でもどこ吹く風と言いたげな、淡々としたアイの声。


場の雰囲気に飲み込まれて身動きが取れなかった私には、正直ありがたかった。


《獰猛で攻撃性が高く、獲物と判断したものには何でも襲い掛かります。この地域では稀ですが、一度現れると甚大な被害を招くこともしばしばあります》


(解説ありがとう。で?どうすれば、こいつを追い払えるの?)


《これだけ殺気立っていると、追い払うことはできません。討伐する以外の方法はないと考えられます》


隣に立つセインを見ると、青い顔をしながら周囲を必死に見渡している。


怪我人の方に意識を向けているのが分かるから、何とかして手当しに行けないか考えているんだろう。


でも悪いことに、私達と怪我人の間には兵士とワイルド・ウルフが睨みあっている。


とてもじゃないけど、それを突破するなんて無理な話だ。


(今のこの戦力で、ぶっちゃけ倒せそうなの?)


《ワイルド・ウルフを倒すためには、並みの兵士10人がかりでようやく倒すことができると言われています。結論として、不可能であると言わざるを得ません》


うわー、何て夢も希望もない言葉なんだ。

護衛団は、カーラさんも含めて全部で8人。


必要な人数の達してない。

どうあがいても倒せないじゃん。


そのとき。


「はぁっ!」


大きく剣を振りかぶり、カーラさんがワイルド・ウルフの正面から切りかかる。


ワイルド・ウルフが大きく口を開け、鋭い牙で迎撃する。


瞬間カーラさんの全身が淡く光ったかと思うと、


「ッングゥ?!」


確かに魔物の牙はカーラさんを捉えていたはずなのに、牙は空を噛んだだけ。


一瞬のうちに、彼女は魔物の左側に移動していた。


「はっ!」


「ガァツ!」


一閃が前足の付け根が切り裂き、血飛沫とともに悍ましい悲鳴が飛び出る。


「い、今のは…?!」

《魔力操作です》

(魔力、操作?)


魔物は必死でカーラさんを捉えようとするが、彼女が牙に触れそうになる瞬間に魔物の視界から消え、別の場所から斬撃を繰り出している。


もはや瞬間移動しているようにしか見えない。


《魔力操作とは、自身の魔力を利用して筋力や運動能力を飛躍的に向上させる技術です。六大精霊の加護を必要としないことから、俗に『無属性魔法』とも言われております》


次々と魔物の体に切り傷が増えていく。


完全にカーラさんの動きについていけていないようだ。


「これで……止めだ!」


ザシュッ!


今までで一番派手に血飛沫が飛んだかと思うと、オオカミの頭が空中に舞う。


ゴトンという重い音が辺りに響き渡り、少し間隔が空き、


ズ、シンーーー


ゆっくりと巨体が横に倒れていった。


「スゲエ!」


「さすが、団長だ!」


歓声とともに他の兵士達がカーラさんの元に駆けつける。


当のカーラさんは何事もなかったかのように剣を素早く振り、剣に付いた血の汚れを地面にたたきつける。


一方、非戦闘員の商人や私達はただただ呆然としていた。


(これが、異世界の戦い)


気が付けば、手が震えていた。


このとき、今まで生きていた平和な世界とはかけ離れた所に来てしまったのだと、心底思い知った。

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