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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.77 皇女の思い、そして、渡される覚悟

***

(どうして……?)


自分に頭を下げるユーリをソフィアナは呆然としながら見つめた。


(どうして、この方が頭を下げているの?)


目の前にいる人間の少女は、


―――見ず知らずの自分を治療してくれた命の恩人で……


―――自分達に関わってしまったばかりに、姉に危ない目に遭わされ……


―――今度は兄の黒死病を治療するため必死に考えてくれている……。


どれだけ感謝や謝罪の言葉を尽くしても足りない程のことをしてくれたこの少女が、なぜ自分に頭を下げているのか。


(頭を下げなければ……お兄様を助けてほしいとお願いしなければならないのは……ッ、私の方だというのに!)


その時浮かんだのは、彼の言葉だった。


『貴女は結局、周囲が全てお膳立てした上で『生かされた』だけです』


(……本当に、その通りだわ)


90年も生きているというのに、10歳のあの時から、自分は何も変わっていない。


森に住む兄に会いたくて城を無断で抜け出したのは自分だというのに、兄が代わりに罰を受けた。


兄に拷問紛いの折檻をする母と姉が恐ろしくて、自分のせいで王族を剝奪された兄に申し訳なくて、80年間ひたすら従順な、意思を持たない人形のように生きてきた。


そして黒死病を発症し、人形としての存在価値もなくなった自分を、母はあっさり捨て、その後始末を兄に押し付けた。


窓から眺めることしかできなかった広大な森を抜けた時、兄はきっと自分を殺そうとするだろう。


積年の恨みを晴らすために、理不尽に受けたあの時の折檻と同じくらい痛めつけてくるかもしれない。


けれど不思議と安堵している自分がいた。

(ようやくお兄様に償いができる日がきたのだわ……)


それなのに。


『ほら、おぶってやるからよ』


『これなら、食べられそうか?』


『痛みに効く薬草採ってきたぜ!』


80年という、エルフにとっても短くない時が経ったというのに、兄はあの頃のまま優しく接してくれたのだ。


『……どうしてですか?』

『何がだよ』


ヴィザールの森を越えても、自分を殺すどころか常に寄り添ってくれた。

そんな兄に、城を出てからずっと抱いていた疑問をぶつけた。


『私のせいで、お兄様は王族を剝奪されたのに……皇帝陛下からもひどい罰を受けたのにッ……どうして……どうしてっ、私を』


『あーあーそれ以上言うな。体に障るだろ』

頭を優しく撫でながら、兄は珍しく歯切れ悪く言った。


『……お前が』

『え?』

『お前が今でも……俺のことを『兄』だと思って、くれるから……だよ』

『え、そんなこと当たり前ですわ』

『……だからだよ』


兄は顔を赤らめながら、だけどとても優しい眼差しを向けてくれたのだった。


森を抜けてからは、本格的に苦痛に苛まれる日々が続いた。


食事も摂ることができず、水を何とか飲むことが精一杯であり、見る見る体がやせ細っていった。


そんな状態だったから当然歩くこともできず、常に兄に背負われて、人間の国にある黒死病患者の最後の砦、聖ティファナ修霊院を目指す旅となった。


苦痛と衰弱で、ここまで辿り着いた記憶は朧気だ。


それでも、文句一つ言わずに自分のことを気遣ってくれる兄の温もりだけは、はっきりと憶えていた。


(私は何も……気づくことができなかった)


兄がいつから黒死病を発症していたのかも。


自分のことで精一杯で、兄が自分の知らないところで苦しんでいたのかと思うと、あまりにも自分が情けなくて、罪悪感で居たたまれなくなった。


結局自分は、いつまでたっても受け身のまま。


自分から動くことができない人形のままなのだ。


(こんな……こんな、私なんかのために、お兄様はっ!私が……私がッ)


兄が手を下すのを悠長に待つのではなく、いっそ、黒死病を発症した時点で自ら命を絶っていればーーー!


『もし『厚かましく生き延びている』ことを本当に後悔しているのであればーーー』


(―――ッ!)

自分はまた同じ過ちを繰り返そうとしていたのだ。


(私に……私が、できることをッ!!)


「……いします」


バタンッ―――!


「ちょっ?!」


ユーリの驚く声、そしてセインやレンジの息を呑む音がした。


「お願いします!どうか、どうかお兄様を……兄を、助けて下さい!」


こんなに強く、誰かに懇願したのは生まれて初めてだった。


しかも、這いつくばって床に額をつけるなど、誇り高いエルフにあるまじき行為だと。


皇帝である母はきっと激昂するだろう。


だが、誰よりも自分のことを大切に守ってくれた兄のためなら、恥ずかしいことだとは少しも思わなかった。


「何でも致します!兄を救うためなら、私にできることなら何だって……いえ、させて頂きたいのです!」


「お、皇女様ッ!どうか、お顔を上げてっ」


皇女であるソフィアナが突然土下座したせいで、ユーリは可哀想なくらいオロオロしている。


「……ユーリ様は、私が治療に立ち会うことが辛い記憶になると、悪夢になるかもしれないと、そうおっしゃって下さいました」


リオディーネに命を脅かされても妹である自分に恨み言一つ言うことなく、それどころか自分の心が傷つかないよう案じてすらいてくれる。


どれだけ長く生きていても、自分はもちろん、姉や……皇帝である母ですら、たった10数年しか生きていないこの少女の足元には、遠く及ばないのだ。


「ですが、それは違います!」


だからこそ、ソフィアナも己の力と覚悟の全てでもって、応えなければならなかった。


「私にとっての本当の悪夢は……兄をこのまま失うことなのです!」


彼女が差し伸べてくれた手を、今度は兄が、確実に掴むことができるように!


強い光を湛えたピンク色の瞳が、しっかりとユーリを見据えた。


「これから始まる悪夢など、少しも怖くありません。兄も一緒に立ち向かってくれるのですから!」


***

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