Karte.75 カンファレンス、そして、黒死病の治療方法
「まず、私がどうやって皇女様の黒死病の治療をしたかをご説明します。セインとレンジ君もこれまでのおさらいだと思って聞いていて」
2人が頷いたのを確認した上で説明を始めた。
「最初に言っておきますが、私には黒死病の原因は分かりません。ですが、黒死病を発症した患者には共通して、あるデキモノが体内に存在します」
「デキモノ?」
「私達はそれを、黒死病の『核』と呼んでいます。真っ黒で、まるで意思を持っているかのような物体……ひょっとしたら、生命体なのかもしれません。皇女様の場合、核は胃という食べ物を消化する臓器にありました。大きさは約2cmで、その核を中心に周囲の組織が黒ずみ、皮膚まで伝播したと考えられます」
皇女様は自分のお腹を押さえた。
かつての苦しみを確認するかのようにお腹を手でさすっている。
「では……ユーリ様は、その『核』というものを私の体から除去したことで、黒死病を治療されたということですか?」
「ご明察の通りです」
「でも……いったい、どうやって?」
私は手の中にある、馬付き荷馬車と同価値のモノを掲げた。
「コレを使って」
ピンク色の瞳がソレを確認し、方法を察したのだろう驚きに見開かれた。
「まさか……ッ!」
「ええ。このナイフで皇女様のお腹を切り開き、黒死病の核を摘出したのです」
ショックで悲鳴を漏らさないようにするためか、両手を口に当てて首を竦めた。
「そ、そんな……恐ろしいことをッ!」
「まあ……そういう反応になりますよね、やっぱり」
これ以上見せていると目に毒かもしれないので、メスを腰のポーチに仕舞った。
「ですが、私がこの方法で黒死病の治療を成功させたのは事実なんです。ちなみに、皇女様は2人目です」
「えっ?」
「1人目の患者はここにいるレンジ君……いえ、レンジ=トゥル=ゾレ=ガルナン殿下。ご存知の通り、ガルナン首長国の第3太子だった方です」
皇女様は今度はレンジ君の方を驚いたように見つめ、レンジ君も肯定するように頭だけ軽く下げた。
「彼の場合は、右鎖骨の上に核がありました。先程ご説明したように、私は彼の皮膚を切り開き核を摘出しました。治療後3ヵ月程経ちますが、問題なく経過しています」
「そう、だったのですか……」
「そして、これも彼と皇女様に共通することなのですが、黒死病の核を摘出すると治癒魔法が問題なく使えるようになります。皇女様のお腹に切ったはずの傷が一つもないのは、核を摘出した後、治癒魔法で傷を全て治せたからなんです」
改めてジークさんの方を見た。
「ここまでの話を踏まえた上でジークさんの話に戻ります。先程も言ったように、黒死病の核は彼の心臓にあります。当然この状態では治癒魔法をかけることはできませんが、核を摘出すれば治癒魔法をかけることができます」
「このケガであれば、核を摘出した時点で、まとめて治癒は可能だと思います」
セインはさり気なく凄いことを言ってきた。
「なので、心臓に存在する核を摘出さえすれば、黒死病も全身のケガも全て治すことができる、ということになります」
「それじゃあ……お兄様は、助かるんですかっ!」
悲しみにくれた表情が一変して明るくなっていく。
だけど、そんな簡単な話ではないからわざわざ話し合っているのだ。
「問題点が2つあります」
「……え?」
スッと人差し指を立てる。
「1つ目は、リオディーネ皇女のことです。レンジ君が足止めしてくれたとはいえ、ここに辿り着くのは時間の問題です。彼女に攻撃されながら治療をすることは不可能ですし、この村の住人にも被害が及ぶ危険があります」
「確かに、あの皇女なら平気で村に攻撃しかねないだろうし、村人を人質に取ってもおかしくない」
レンジ君が重々しく呟いた。
「2つ目……これが一番の難関なのですが」
スッと中指を立てた。
「黒死病の核を摘出するとき、どうしても心臓を一時的に停止させる必要があるということです」
「っ?!」
皇女様の顔が再び衝撃を受けた表情になる。
「心臓は、全身に血液を巡らせるために絶えず拍動し続けています。特に今、ジークさんは満身創痍であり、心拍数がさらにあがっています。この状態で、的確に核を摘出するのは無理です」
私の説明にセインも難しい顔を作った。
「それに、心臓もむやみやたらに止めていいものでは当然ありません。下手をすると、他の臓器や脳にも影響が出かねず、最悪そのまま死亡する可能性もあります」
「そんなッ……!」
皇女様が震える手で口を押えた。
(というか、例え心停止させたとしても手術する自信ないのだけど……!)
そう……みなさんの前では、問題点は2つだとお伝えしました。
だけど、実は隠された3つ目の問題点がある。
それは―――!
(開心術の執刀医なんて……やったことないんだけど!!)
だって、専門は消化器外科なんだよ?!
心臓の手術なんてしないんだよ?!
そりゃあ、心臓の手術は助手としてなら入ったことは何度もある。
なぜなら、私のいた病院は万年人手不足だから。
他の病院は知らないけど、手術で助手の人数が足りなければ、それこそ専門外であろうと手術に駆り出され、そして執刀医に『手際が悪い!』と理不尽に怒鳴られるというオマケまでついてくるのだ。
だから手術の流れは一応分かる。
分かるんだけど……!
(今まで心臓にメスを入れたことなんてないのにっ!)
本当ならこの場で頭を抱えながら悶絶したいくらい焦っている。
(でも、できないなんて言えないじゃん!手術なんて一度もしたことのないこの3人に任せるなんて言語道断だし!何より、このままだと、ジークさんが確実に死んでしまう……!)
こうなったらッ―――!
(……手術中に蹴りを入れてきやがった、あの血管外科の部長。今こそ、聖女の力でヤツを異世界転生させるときなのではッ?!)
《落ち着いて下さい、ユーリ。あなたにそのような力はありません》
「のわッ!」
「「「ッ?!」」」
いきなりアイが私の思考に入り込んできたせいで、思いっきり驚いた声を上げてしまい……
「え、えっとぉ……」
当然だけど、3人にガン見されてしまった。
「ど……どうかされましたか、ユーリ様?」
突然私が大声を出したので皇女様はオロオロして心配してくれるが、
「心配は無用です、皇女。ユーリのいつもの奇声ですから」
レンジ君にはシレッと失礼なことを言われ、
「は、ははは……」
セインには半笑いをされてしまった。
「ぜ……全力疾走して帰ってきたから、急に喉が渇いたことに気が付いちゃって……す、すぐに水飲んできますから、ちょっと待っててください!」
「ついでに、僕にも何か飲み物を持ってきてくれ」
「わ、分かった!」
これまたシレッとレンジ君にパシらされるが、あの場の微妙な空気から逃れるため、速やかにリビングに向かった。
(アイさーーーん!急に話しかけてこないでよぉ!)
《ユーリがあまりにも突拍子もないことを考えていたものですから、冷静になって頂くために必要かと思いまして》
(そうだね!お陰様で、私の頭だけじゃなくて、あの場の空気も一瞬でフリーズして……)
―――ん?
その瞬間、頭に閃くものがあった。
(そうかっ……それなら!)
《それから、ユーリ》
アイが続けた。
《開心術については、僭越ながら私がサポートさせて頂きます》
(アイが?!)
(私は『人工知能搭載型臨床支援システム:ターヘル・アナトミアAi』です。私のデータに開心術の術式も入っております。加えて、ジークのスキャンデータを再構築した画像を元に解剖学的ナビゲーションも行えます》
(おおっ!)
そうだった!
アイは専属知恵袋ではなくて、『病院中の顰蹙買いまくった臨床支援システム』だった!
(アイ先生!ぜひ、ご指導お願いいたしますッ!)
《承知いたしました。あなたの『顰蹙を買わない』ようサポート致します》
……ひょっとして、怒ってる?
ブクマして頂ければ励みになります。




