Karte.74 旅の真相、そして、残酷な事実
バタンッ!!
診療所のドアを勢いよく開け、雪崩れ込むように私達は中に入った。
「ゼェッ……ゼェッ……!」
「何とかッ……無事にッ……帰り着いたかッ……!」
私はもちろんだけど、ジークさんを背負ったまま全力疾走したレンジ君も息が絶え絶えだ。
「ユーリさん!レンジさん!……とッ?!」
慌てて出迎えてくれたセインが私とレンジ君、何より血だらけでグッタリしているジークさんを見てギョッとした。
「おッ……お兄様ッ!!」
セインの後ろからよろけながら皇女様も現れ、ジークさんの変わり果てた姿を見て血相を変えた。
「事情は……あとだ!それより、このエルフの治療をッ!」
「れ、レンジさんこそ、大丈夫ですか?!背中に血が付いてますけど?!」
レンジ君と一緒にジークさんを処置台に乗せたとき、セインが背中を見て青い顔をしながら大声を出した。
「これは僕のではなく、彼の血だ……って、セインこそ顔色が悪いぞ?!」
「ちょ……ちょっと、お待ち下さい……!」
口を押さえてセインは窓の方に駆け出し、外の空気を吸いながら何度も深呼吸した。
「レ、レンジ君……浄化魔法……かけるから」
「ああ、ありがとう」
フラフラしながら、レンジ君の服についた血液をすべてキレイに落とした。
「お、お兄様……どうしてッ、こんなことに?!」
一方、処置台で気を失ったままのジークさんにソフィアナ皇女が泣きそうな顔で寄り添っている。
「実は、貴女の姉君であるリオディーネ皇女と交戦しまして」
とレンジ君が説明を始めた。
「えっ、お姉様がッ?!どうしてここに!」
「やはり……あの、ブローチですか?」
違う意味でフラフラしながら戻ってきたセインがレンジ君に聞いた。
「ああ。ここでブローチが発見されたことで、ソフィアナ皇女がまだ存命であることを知り、単身で追跡してきたらしい」
レンジ君はギリッと歯噛みしながら、
「すまない……これは完全に僕の失態だ。僕があのブローチのことをルーベルト伯に相談しようなどと言い出さなければッ!」
自分の髪をグシャッとかきむしった。
「なに言ってるの、レンジ君!」
ようやく息が整った私はレンジ君の謝罪を遮った。
「どう考えても悪いのは、実の兄妹を殺そうとするあの皇女でしょッ!」
元気になってくると、思い出されるのはあのエルフの傍若無人で腹立たしい言動の数々だ。
「なんなの、あの皇女!王位継承だかなんだか知らないけど、骨肉の争いって本当に殺し合いする訳?!しかもジークさんはソフィアナ皇女を守るために、自分から処刑されに国に戻ろうとするし!殺伐としすぎでしょ、エルフ!!」
「どういうことですか?」
と顔が青いままのセインが聞いてきた。
「それはッ……あ、えっと……!」
とここで、ハッと口を噤んだ。
(しまった!皇女様に聞かせていい話じゃないっていうのに!)
「……いいのですよ、ユーリ様。分かっておりましたから」
そのとき、ポツッと弱々しい声が話に加わってきた。
「お兄様はお目付け役などではなく……私を殺すために同行されていたのだと」
「皇女様、知ってたんですか?!」
「……もちろん、直接聞いた訳ではありません。ですが、お兄様が王族を剥奪されたのは私のせいでしたから、そうされても仕方がないと思っておりました」
ジークさんの手を両手で優しく包みながら、ソフィアナ皇女は続けた。
「80年前……お城から無断で抜け出し森で迷子になった私を助けて下さったのがお兄様でした。当時はまだ王族ではいたものの、お兄様はお城に居住することは許されず、森に棲む魔物を駆除するお仕事をしながら、森で生活していたんです」
だからあんなにガラが悪いのか。
「お兄様とお会いしたのはその時が初めてでしたが、10歳の私は、兄弟が他にもいたことがただ嬉しくて。それからもお城を抜け出してお兄様に会いに行っていたんです。ですが……」
そこで皇女は息を詰めた。
「……皇帝陛下の逆鱗に触れ、あろうことか、お兄様は手酷い折檻を受けたんです。『王族の恥晒しの分際で、次期皇帝の継承者を唆そうとするなど許されない悪行だ』と。そして、お兄様は完全に王族の地位を剥奪されてしまいました」
「そ、んな……ッ!」
兄と妹がただ仲良くしていただけで、そこまでするか普通?!
「私はこの時から皇帝陛下の従順なお人形でいようと決めたんです。そうすれば……お兄様のように、私のせいで傷つけられる人がいなくなる。そう思って、皇帝陛下のご命令通り、80年もの間お城から外に出ようとしませんでした」
「皇女様……」
「ですから、黒死病を発症し、80年ぶりにお城の外に出てお兄様に会わされた時、『私を殺すよう命令されたのだ』とそう悟りました。そして同時に、お兄様から王族の地位を奪った報いを、ようやく受けるのだとも覚悟しました。なのに……なのにッ」
―――ポタッ、ポタッ
「……この2カ月間、お兄様が私を責めたことなど一度もありませんでした。日に日に病状が悪くなる私にずっと寄り添って……ずっと守り続けて下さったッ!黒死病の苦痛は本当に辛いものでした……でも……でも私はッ!お兄様の傍で死ぬことができるのなら、こんなに幸せなことはない……っ……と……!」
嗚咽を漏らしながらジークさんの手を握るソフィアナ皇女に、私達は何と声をかければいいのか全く分からなかった。
ただ、一つだけ分かったことがあった。
(私の意地にかけても……この2人を絶対に見捨てたりなんてしない!)
だがその前に、この場で私は残酷な真実を全員で共有する必要があった。
「セイン、治癒魔法なんだけど」
「ッそうですね、今すぐにでも」
「いいえ、今は絶対にかけてはいけないのよ」
「えっ?!」
私の制止にセインが戸惑った声を上げた。
当然だ、これだけ重傷なんだから。
だけど、もしここで彼に治癒魔法をかけてしまったら……!
「おい……ちょっと待て」
レンジ君が信じられない顔で私を、そしてジークさんを凝視した。
「まさか……彼も、なのか?」
見開かれた琥珀色の瞳を、私も真っ直ぐ受け止め、頷いた。
その意図を汲んだセインも、驚きの表情を浮かべる。
「……ソフィアナ皇女」
悲痛に染まったピンク色の瞳が、これから更に絶望に叩き落とされるのかと思うと、いたたまれなくなる。
(だけど、何としても伝えなければならない……!)
私は静かに宣告した。
「あなたの兄であるジークさんは……黒死病を発症しています」
「ッ?!」
涙で濡れた瞳が驚愕の色に染まり、
「そ……そんな……そんな、ことッ」
現実を受け入れられないのか、首をゆるゆると横に振るだけだ。
「しかも場所が非常に悪い」
「どういうことだ?僕や皇女のように核を摘出すればッ」
「その核が……心臓にあるのよ」
「なっ……!」
絶句するレンジ君に何も言わず、ジークさんの横にツカツカと近寄り、ミスリルのメスで彼の黒いシャツだけを切り開く。
「……ここよ」
鍛え上げられた逞しい左側の胸板に、一見すると少し大きめの黒いシミのようなものが浮かび上がっている。
だけど、それを見たレンジ君と皇女様は息を呑んだ。
「大きさは1cmあるかないかの小さな核よ。でも、できた場所が悪すぎる。もしこの状態で治癒魔法をかけてしまったら、心臓に大きなダメージが加わり……最悪、心臓が止まって、突然死する」
「あ、ああ……うそ……そん、な……そんなッ!」
残酷な真実を突きつけられ、皇女様は頭を抱え、力なく呟く。
「セイン、レンジ君、そして、皇女様も」
3人の顔を一人一人しっかり見つめて、宣言した。
「これからカンファレンスを始めます。どうすればジークさんを助けることができるのか……一緒に考えてほしいの!」
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