Karte.72 第一皇女の攻撃、そして、驚愕の事実
「水の精霊よ、汝の加護を以て蒼き鏃で彼の者を射よ。”ウォーター・アロー”」
呪文が詠唱されると同時に、恐ろしい速度でいくつもの水の矢が私目掛けて放たれる。
「”ガード”!」
すぐさま光の障壁を展開させ、水の矢から防御した。
「ほぉ、見たことがない魔法ですね。光属性魔法でも随分珍しいものなのでしょうか」
興味深そうに第一皇女は結界魔法を眺める。
「ですが」
すぐに新しい水の球を、それもいくつも生み出していく。
「いつまで耐えられるのでしょうね?」
1つ1つの球が何本もの矢に変換されていき、
「”ウォーター・アロー”」
先程よりも圧倒的に多い、無数の矢が襲い掛かってくる!
「”ガード”!!」
更に障壁を増やし防御するけど、間髪入れずに当たってくる矢の衝撃が凄まじすぎて、めちゃくちゃ怖い!
「どうすんのコレ!絶対死ぬって!何とかしてよ、アイ!」
《落ち着いてください、ユーリ。あなたの結界魔法は、この程度の攻撃で破壊されることはありません》
「そんなこと言われたって、怖いものは怖いのよ!それにッ!」
何とか首だけで背後を見る。
全身から血を流し、死んでいるんじゃないかと思うくらいの重傷だ。
「ジークさんの怪我がひどすぎる!早く手当てしないと!」
《では、結界魔法は私が維持しておきますので、ユーリは止血しをてください》
「了解ッ!」
矢の衝撃音は鳴りやむことはないが、結界の維持をアイに任せ、ジークさんの傍に膝をついた。
「ジークさん、大丈夫ですか?!」
「ウ……ゥ゛ッ!」
こちらの問いかけに辛うじて返事はしてくれるけど、目は開けてくれない。
(意識障害がひどい!早く止血しないと!)
「光の精霊よ、我に御加護を。"ヴェール"!」
出血が特にひどい部分から次々と光の膜で覆っていくと、すぐに血は止まっていった。
(他は?体内で出血しているところは?!アイ、結界魔法そのままでジークさんをスキャンできる?!)
《可能です。スキャン開始ーーー終了……》
「……ちょっと待ってよ」
アイのスキャン結果を確認し、愕然とする。
幸いなことに体内で出血している部位はなかった。
だけど、それ以上に深刻な状態であることが判明してしまったのだ。
「何とか……何とかして、早く治療しないとッ!」
でもどうやって?!
あの坑道のときはセインがいてくれた。
でも、今は私とジークさんだけだ。
(となれば、結界魔法を展開しながらジークさんを運ぶ?)
「いや無理だって!こんな大きな成人男性、私だけの力じゃ運べないって!」
少なくとも、誰か応援に来てもらわなければ!
(レンジ君、お願い……早くッ!)
心の中で、あの麗しのドワーフに必死で呼びかける。
「その障壁……なかなか厄介ですわね」
だが近づいてきたのは、苛立ちを隠そうとしない、エルフの第一皇女だ。
「ここで無駄な時間を使うのは馬鹿らしいですし……方針を変えましょう」
(え、なに?!もしかして、見逃してくれるとか?!)
と一縷の希望に縋りそうになった。が、
「ここ一帯の木々を倒して、あなた達を下敷きにしておきましょう」
「はあッ?!」
そんなお優しいこと、この血も涙もないエルフに期待した私がバカだった!
「見た所、あなたの障壁は非常に防御力は高いようですが、こちらへの反撃はできないようですし。生き埋めにしてしまえば、身動きはとれないでしょう」
(こちらの弱点を完全に見破られている……!)
「その間に私はソフィアナを探して息の根を止め、その後ゆっくりとあなた達の始末を考えればよろしいですわね。最悪、その野蛮なケダモノが生き延びたとしても、私の皇帝継承には何の支障もないのですから」
(結局、そこか!)
この皇女は次期皇帝候補であるソフィアナ皇女が目障りな訳だ。
ジークさんはとっくの昔に王族の身分を剥奪されているから、継承権は持っていないし。
だから、確実に第二皇女様を殺しておきたいのだ。
「では後ほど、またお会いしましょうか」
彼女の周囲に、これまでで一番多くの水の球が次々と出現する。
「もっ、森の民であるエルフがっ!木をそんな風に粗末に扱っていいんですか?!」
と最後の悪足掻きとばかりに喚くと、彼女はニコッと微笑んだ。
ただし、目は全く笑っていなかったけど。
「我が国の、崇高なるヴィザールの巨木であれば、私も無碍には致しません。ですが、ここにあるのは、矮小な人間の国の貧相な木々だけです。それらがどうなろうと、心が痛むことなどありませんわ」
「あなたホントに性格終わってるわ!」
最初から敬意なんてものはほぼなかったけど、もう気遣おうとする気持ちはは毛頭少しもなくなっていた。
「……本当に、口の減らない人間ですね、あなたは」
忌々しそうに柳眉をひそめると、
「二度とそんな口が利けないよう……後できっちり仕置きをしますので」
「そんなことにつきあってる暇ないんですけどッ!」
「威勢だけは本当によろしいのですね……では、ごきげんよう」
彼女の右手がスッと頭上高く上げられ、
「”ウォーター・アロー”」
周囲の木々に向けて、一斉に水の矢が放たれ、
バキャッ―――!
ボキャッ―――!
矢が直撃した木の幹は破壊され、次々とこちらに向かって倒れていく。
ここにきて、まさかの生き埋め第2弾?!
「キャァーーー!ムリムリムリッ!」
絶叫を上げる私の頭上に木の幹が倒れてきた―――その時だった!
「土の精霊よ、汝の加護を以て彼の者を大地に縫い留めよ。”アース・ニードル”!」
凛とした少年のような高めの声が呪文とともに、
ジャキーーーンッ!
地面から出現した無数の棘が倒木を全て弾き飛ばした!
「なにごとッ?!」
第一皇女は棘に巻き込まれないよう、すぐさま後方に下がり距離を取った。
そして―――
土埃の中、私達を庇うように立つ小さな背中。
だけど、私にとってこれ以上安心する存在はなかった。
「遅れてすまない!無事だったか?!」
深紅の髪が汗で額に張り付き、琥珀色の大きな瞳がこちらを気遣うように向けられる。
「レッ……レッ……レンジくんっ!!」
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