Karte.70 刺客現る、そして、真相
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森の中をジークは全速力で駆け抜けていた。
脚に魔力を込めて、縦横無尽に枝と枝を軽やかに跳び移っていく。
だがその顔は汗にまみれ、汗を拭う余裕もないほど切羽詰まったものだった。
(クソッ!どうして俺は碌でもねえことしかしねんだ!)
ーーーズキッ!
「グッ!」
時折、胸の辺りが締め付けられるように痛み、息が上手くできなくなる。
だがそんなことに構っている暇がないジークは、痛みを無視して走り続けた。
(フィーが生きていることが絶対にバレる!せっかく黒死病を治療できたっていうのによ!このままじゃ、ここにアイツが……!)
その時だ。
バサンッーーー!
「なッ?!」
跳び移ろうとしていた枝が、突然水の矢で穿たれ、地面に落ちていく。
「クソッ!」
咄嗟に幹を蹴って別の枝に跳び移り、すぐに辺りを見回した。
「ふふっ、流石はケダモノ。反射神経は動物並みですのね」
目当ての人物は少し離れた枝の上に腰掛けていた。
水色の美しい長い髪とエメラルドグリーンの瞳をした、エルフの女性だ。
最後に顔を見たのは数十年も前だ。
だが、衰えを知らないその容貌と、何より、ジークに向けられた侮蔑に満ちた冷笑は当時と全く変わっていなかった。
「……リオディーネ」
ジークが苦々しく名前を呼ぶと、彼女の顔から一瞬で笑みが消え、
「……リオディーネ『様』でしょう。この程度の任務に2ヵ月もかけるような愚図の分際で、もう王族に戻った気になっているのですか?」
と冷たく吐き捨てた。
「それで?」
とリオディーネはジークに問い掛けた。
「ソフィアナはちゃんと殺したんでしょうね?」
まるで、子供にお使いがちゃんとできたかを確認する程度の気軽さだ。
『実の妹を確実に殺したのか』
彼女はジークにーーー実の弟にそう問い掛けたのだ。
(コイツは昔からそうだ。あのババアの言うことが絶対で、ババアに服従することが正しいと思ってやがる)
だが、ジークは姉に対する憤りをすぐに捨て去った。
(ここでしくじったら、フィーがコイツに殺される……!)
「……ああ」
だからジークは答えた。
「ソフィアナは……俺が殺した」
絶対に有り得ない事実を。
「そうですか……」
普通であれば衝撃を受けるような返答に、大したことではないと言いたげな様子で、リオディーネはさらに続けた。
「証拠は?」
「そんなもんはねえ。国境を越えてすぐに殺して埋めたからな」
淡々とジークは答えた。
「だいたい、黒死病になったヤツの物なんざ、あのババアが欲しがるのか?」
『あのババア』という言葉にリオディーネが顔色を変え、
「恐れ多くも皇帝陛下を『あのババア』呼ばわりだなんて……!お前のようなケダモノと血が繋がっていることを、本当に恥ずかしく思います!」
(俺だって同じだわ)
ジークは心の中で毒づくが、そんなことはおくびにも出さず、
「それで、テメエは何しに来やがった。わざわざ俺の様子を見張りにくるなんざ、よっぽど暇なんだな。第一皇女様はよ」
ジークは敢えて挑発するように口角を上げるが、リオディーネはそれには乗らなかった。
「この付近の村で、ティナ・ローゼン精霊国の、それも第二皇女の宝飾品が見つかったという報告が上がりました。発見したのはヒーラーで、見知らぬ旅人から薬の対価として渡されたと」
(あのブローチが……まさか、こんなに早く情報が回るなんてよ!)
「国境が近いとはいえ、ここは我が国とそれなりに離れております。お前の話が正しいのであれば、アレがどうしてこんな所で発見されたか……お前の動物並みの頭脳で、納得のいく説明ができますか?」
と見下したように微笑んだ。
ジークはギリッ歯噛みする。
「……俺の知ったことじゃねえよ。その旅人とやらが勝手に掘り出して、ブローチを手に入れたんじゃねえのかよ?!」
「……へえ、そうですか」
そのとき、リオディーネの口がにぃっと弧を描いた。
「私、その宝飾品を『ブローチ』だなんて……一言も言っていませんよ?」
「―――ッ!!」
『しまった!』という表情を浮かべたジークに、
「水の精霊よ、汝の加護を以て蒼き鏃で彼の者を射よ。”ウォーター・アロー”」
すぐさま何本もの水の矢が放たれ、焦ったジークは枝から落ちた。
「クッ!」
咄嗟に受け身を取って落下の衝撃を受け流し、その場から全力で逃げようとした。
しかし、
「グゥ……!」
胸を鷲掴みにされるような激痛に襲われ、その場に蹲ってしまった。
当然それを見逃してくれるような相手ではなく、
「”ウォーター・アロー”」
間髪入れずに射続けられる水の矢がジークを襲う。
「くそッ!」
何とかギリギリで躱すが、躱しきれなかった矢がいくつかジークの体を掠り、傷を作っていく。
「つぅッ!」
「やっぱりお前は、ソフィアナを殺していなかったんですね」
地面に降り立ったリオディーネがジークに軽蔑の眼差しを向ける。
「ひょっとして……ソフィアナを聖ティファナ修霊院に連れて行くつもりだったんですか?」
「ッ!」
たじろぐジークの様子を見て、リオディーネが忌々しそうに息を吐いた。
「お前はどこまで皇帝陛下や私の顔に泥を塗れば気が済むんです?ソフィアナが黒死病を発症していることが周囲に知られたら、私達だけでなくお前の命も危うくなる。どうやらそれすら理解できないほど愚かだったようですね」
リオディーネが掲げた手の上に水の球が浮かび上がる。
「一つだけ教えてあげましょう」
水の球がいくつもの細い筋に変形し、その1本1本の先端が細く尖っていく。
「例えお前がソフィアナを殺し、ティナ・ローゼン精霊国に戻ってきたとしても……お前が王族に戻ることなどあり得なかったんですよ」
「……」
「お前は『第二皇女を誘拐した上で殺害した』罪で処刑される。これでソフィアナが死んだ理由に説明がつきますし……お前のようなケダモノを生かしておく必要など皆無ですからね」
「……ハハッ」
ふいに乾いた笑いを上げたジークを、リオディーネが訝し気に見た。
「何がおかしいのです」
「ハッ……テメエらみてえな性悪女どもの考えなんてな、全部お見通しなんだよ!」
鋭くリオディーネを睨み返した。
「フィーを殺せば王族に戻してやるなんていうのが噓だってことも!フィーを殺した罪で俺も始末しようって魂胆もな!」
「ほぉ……少しは頭が使えるということですか。ではなぜ、処刑されると分かっていて敢えて目付け役を引き受けたのですか?」
「……そうしなければ、テメエらがフィーを確実に殺すだろうが!」
「当然です。王族から黒死病を発症する者が現れるなど言語道断です」
「ッ!」
ジークは爪が食い込むほどグッと拳を握りしめた。
「お前……あいつの姉だろ?」
「はぁ?」
「お前にとってフィーは妹だろ?!なんで妹が死にそうだっていうのに……なんで、お前はフィーをそんな平気な顔で殺そうとできるんだよ!」
「……下らない」
ジークの必死の言葉は、たった一言で切り捨てられた。
「やっぱり、お前のようなケダモノの考えを理解するなど、どだい無理な話なんでしょうね。でも安心しなさい」
矢じりをジークに向けながら、ニコッとリオディーネは微笑んだ。
冷たい目で狙いを定めながら。
「お前を殺したら、次は……ソフィアナの番ですから」
(……フィー!)
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