Karte.69 2人のこれから、そして、兄帰る?!
「……事情は大変よく分かりました。お話してくださり、ありがとうございます」
セインが皇女様に軽く一礼すると、
「整理すると、ジークさんはすでに王族ではない。そして、皇女様は国外追放されたということであれば……」
「皇帝陛下からは二度と国に戻らないよう厳命されておりますから、既に私も王族から除籍されていると考えられますわ」
「でも、次期皇帝候補なんですよね?それについては、問題ないんですか?」
「ええ。私達にはもう1人姉がおりますから、必然的に彼女が継承者となるでしょう」
皇女様のあっさりした口振りから、皇帝の座への未練は全く感じられない。
「レンジ君はどう思う?正直、他国の王位継承者ってどれくらい認知されているのかイマイチ分からないんだけど」
元ガルナン首長国第3太子にお伺いをたてると、
「正式な名前を名乗らない限り、この国でティナ・ローゼン精霊国の王族だとバレることはないだろう。そもそも王族は余程のことがない限り国外に出ることは滅多にない。何より、ティナ・ローゼン精霊国はヴィザールの大森林の奥深く、他国の者が易々と入国できる場所ではない。エルフ以外が王族にお目通りできる機会など皆無だ」
2人のエルフを見て、
「現に僕ですら、お会いしたのはこれが初めてだからな。庶民はもちろん、この国の貴族や王族であっても皇女の顔は知らないと考えて差し支えない」
「ですが、この国に派遣されている他のエルフはどうですか?さすがに、自国の王族の方は分かるのでは?」
とセインが言うと、
「それは問題ないと思いますわ。セイン様」
と皇女様が口を挟んだ。
「私、この80年お庭も含めて、お城の外に出たことがないんですもの」
「はいッ?!」
思わず素っ頓狂な声を上げると、桜色の瞳を恥ずかしそう逸らした。
「私の御披露目は皇帝の座に着任してからと皇帝陛下から命じられておりましたので、国民はもちろん、貴族も、私の顔は知らないでしょう。さすがに、城勤めの使用人は分かるでしょうが、そもそも彼らがお城から離れることはまずないでしょうし」
……どうやら、筋金入りの箱入りお姫様なようだ。
(80年って……スケールが違いすぎるんだけど)
人間だったら死ぬまで幽閉されているようなものだ。
「そうしますと……とりあえず、お2人のことは辺境伯にも伝えず、このまま内密にしていた方がきっとよろしいんでしょうね」
顎に手を添え、セインは慎重に考えを言った。
「そうだろうな。黒死病を発症したことを皇帝陛下が承知の上で国外追放を命じたのであれば、『黒死病を治療したから大丈夫だ』などと申し立てても、聞き入れてはもらえないだろう。皇女が黒死病を患っていたことがが国民にバレれば、皇女も含めて皇帝一家は処刑だからな」
「確かに、それは避けたいよね」
正直、皇帝陛下はどうでもいいけど、この2人が処刑されるのは何としても回避したい。
「幸い、皇女様の人相等が公になっていませんし。ティナ・ローゼン精霊国に密告されることはないでしょう」
「そうだな……あ!」
そのとき、レンジ君が何かを思い出したように口に手を当てた。
「どうしました、レンジさん?」
セインが尋ねると、
「いや。あのブローチの件だ」
「ああ、そういえば!」
「ブローチ、ですか?」
皇女様は首をかしげる。
「先日、ジークさんがこちらに薬を買いに来たとき、その対価としてブローチを頂いたんですよ。皇女様の瞳と同じピンクダイアモンドを嵌めた、銀細工のブローチです。それを見たレンジさんが、『ティナ・ローゼン精霊国の第二皇女様のものだ』と教えてくださいまして」
「なんでテメエが知ってんだよ」
ジークさんがうろんげにレンジ君を睨む。
「実を言いますと、僕があのブローチを作らせていただいたのです」
「まあ、そうだったのですか!」
皇女様は目を丸くした。
「あのブローチはとても気に入っていて、追放されるときに持ち出したものなんですの。できれば私とともに最期まで一緒にいてほしいと」
「そんな大事なもの勝手に渡しちゃったんですか?!ジークさん!」
焦ってジークさんに声を上げると、それを庇うように皇女様が慌てたように言った。
「そうではありませんわ、ユーリ様!私が国を出たことを見届ければ、お兄様はそのまま国に引き返されるはずだったのに、国外に出てからもずっと私と一緒にいてくださったんです。ですから、あのブローチをお兄様にお渡ししたのです。せめて路銀の足しにでもなればと思いまして」
皇女様は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そうでしたか、あのお薬をもらうために……あのブローチを私のために使って下さったなんて」
「別に……金になりそうなもの、俺は持ってなかったしよ」
気恥ずかしいのか、ボソボソとジークさんは答える。
(妹が関わると、マジでいい人だな……この人は)
とても胸温まる場面だけど、問題はそのブローチの行先だ。
セインがおずおずと口を開いた。
「そのブローチなのですが……まさか、ご本人の所有物だとは思いも寄らなかったので、この地方を治めるルーベルト辺境伯に預かって頂いているのです」
「ッ?!」
それを聞いた途端、ジークさんの顔色がサッと変わった。
レンジ君も、
「事情を知らなかったとはいえ、王族の宝飾品だと分かっているものを手元に置いておくのは危険だと僕からセインに言いまして……その旨を含めて辺境伯に説明させていただきました」
と皇女に説明した。
ガタンッ!
突然ジークさんが椅子を蹴っ飛ばし、玄関の方に歩いて行った。
「えッ?!」
「ど、どうされましたか、お兄様?」
皇女様も驚いて立ち上がるが、まだ足に力が入りにくいのだろう、テーブルに手をつくもよろけてしまい、
「大丈夫ですか?!」
と慌てて支えた。
その様子に一瞬焦ったように彼女のほうを向きそうになったが、堪えたように玄関のドアに向き直った。
「お兄様……?」
「……ここまで付いてきてやったんだから、もういいだろ?」
「えっ?」
ドアに向かって淡々と話すジークさんに誰もが戸惑いを隠せなかった。
「俺の役目はお前を国の外に連れていくことだ。それが終わったんだから、俺が何をしようと俺の勝手だ。俺は……国に帰る」
「なッ?!」
「ちょっ……皇女様はどうするんですか?!」
「知るかよ」
「ッ!!」
吐き捨てられた言葉に皇女様がショックを受ける。
「俺はそいつのために十分してやってきたつもりだ。正直……ようやく離れられるかと思うと、清々するわ」
「そ、そんな……!」
今にも泣きそうな皇女様の肩を抱くが、私も目の前の光景が信じられない。
(あれだけ過保護だったのに……まるで別人じゃない?!)
そして、
「じゃあな」
その言葉を最後に、ジークさんはさっさとドアを開けて立ち去った。
実にあっけないものだった。
「ちょっ……今の、何あれ?!」
「お、お兄、さま……」
「お、皇女様!とりあえず、座りましょッ!」
本格的に泣き崩れてしまった彼女を座らせ、
「セイン、レンジ君も!何でさっきから黙っているの!」
ジークさんの暴言を聞いていたはずなのに、2人とも何も言わずに考え込んでいる。
「どうにも嫌な予感がするのですが……」
「セインもか?実は僕もだ」
神妙な顔で2人だけで分かる話をしていると思ったら、
「追いかけるぞ、ユーリ」
とレンジ君に声をかけられた。
「えっ?う、うん!」
戸惑いながらも返事をする。
「私は皇女様の傍におりますので」
「ああ、頼んだ」
兄の言葉が余程ショックなのだろう、皇女様はすっかり元気をなくしている。
「行くぞ。ひょっとしたら……とんでもない思惑が企てられているのかもしれん」
「どういうことよ?!」
「あのエルフに追いついて、それを確かめなければ。いざとなったら、君の属性攻撃魔法で捕まえてやれ」
「分かった!」
ブクマして頂ければ励みになります。




