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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.68 黒死病の経過、そして、エルフ……キッツ!

「半年程前、初めはお腹に違和感があっただけだったんです」


皇女様は静かに話し始めた。


「だんだんお腹に黒いシミのようなものが浮かんできて、少しずつ大きくなって……それに伴って、痛みが強くなっていき、いつからか食事の際に痛みを覚えるようになったのです。そんな様子でしたから、私の母である皇帝陛下に露見されるのも時間の問題でした」


『皇帝陛下』という言葉が出た途端、ジークさんは物凄く嫌そうな顔をした。


「皇帝陛下は私が黒死病を発症したことを知り、すぐにティナ・ローゼン精霊国から出ていくよう命令されました。それが2カ月前のことです。その際に、お兄様をお目付け役として同行させたのです。私があの国から確実に出ていくことを見届けるために」


皇女様はジークさんに申し訳なさそうに微笑んだ。


「それにしても、ガルナン首長国にしろ、ティナ・ローゼン精霊国にしろ、黒死病患者は問答無用で追放されるわけなんですか?」


好きで黒死病を発症した訳ではないのに、いくら何でも非人道的すぎるでしょう。


そんな憤りを皇女様はアッサリと否定した。


「ティナ・ローゼン精霊国は国外追放は致しませんわ」


「えっ、だって……」


私の戸惑った声に皇女様はゆっくりと頭を振った。


「ティナ・ローゼン精霊国では……黒死病患者は問答無用で処刑されます」


「「ええッ?!」」


私とセインの声が重なり、黙って聞いていたレンジくんも目を見開いた。


「ティナ・ローゼン精霊国は、精霊のご加護を何よりも重要視しております。そして、治癒魔法によってむしろ苦しめられる黒死病患者は『精霊から見放された異端者』です。精霊のご加護から外れた者に生きる価値はない……それが、我が国の考えなのです」


「うそ……でしょ」


「そして、処刑される対象は患者本人だけではありません。黒死病患者の最も近い血縁である、その親兄弟もともに処刑されることになっております」


「「・・・・・・」」


絶句する私達を直視できないのだろう、皇女様は膝に目落としたままだ。


「だから黒死病を発症した皇女殿下を国外追放したわけか。処刑されるのは王族も例外ではない。皇女殿下だけではなく、その肉親である皇帝や他の皇女、皇太子もその対象となってしまうため、だと」


「……レンジ様の、仰る通りですわ」


皇女様は弱々しく頷いた。


「そ、そんな……いやだって、母親が皇帝陛下なんでしょ?だったら皇帝の権限で、そんな法律撤廃すればいいんじゃないの?」


と狼狽えたように聞くと、


「ブッ……ハッハッハッハッ!」


突然ジークさんが笑い声を上げた。


それも……全く楽しそうではない雰囲気で。


「あのババアが、んなマトモなことするわけねえだろ!そもそもその法律を決めたのは、他ならぬあのババアなんだからな!」


「ッ?!」


衝撃を受ける私達に吐き捨てるようにジークさんは続けた。


「そのせいで、初めは黒死病だとバレた患者やその家族は何人も処刑されてきた。だが最近は処刑されることなんざ滅多にねえ。なぜか分かるか?」


こちらを睨みつけるように質問してきた。


するとレンジ君が、


「黒死病を発症した時点で、皇女殿下のように人知れず亡命を企てたからだろうな。そうすれば、少なくとも家族は処刑されずに済む」


と淡々と答えると、


「ケッ!」


とこれまた面白くなさそうにジークさんはそっぽを向いた。


この態度からしてレンジ君の答えが正解なんだろう。


「いやでも、どう考えてもおかしくない?だって、自分だって黒死病になるかもしれないのに、そんな法律作るって!普通にあり得ないでしょ!」


とまたもや憤りのまま声を上げると、


―――ポタッ、ポタッ


「えっ?!」


「……本当に……本当に、仰る通りですわ」


なんと、皇女様が泣き出してしまった。


「確かに、あの法律を制定したのは皇帝陛下です。ですが、私も同じ王族として、あの法律を黙認していたのは事実です。本来であれば……私も、かつて処刑された民のように、法に則って処刑されるべきだったのに……なのに私は……おめおめと生き長らえてしまって……!」


「お、皇女様ッ!どうか、落ち着いて……!」


「泣いてはお身体に差し障りますから!何か、お茶でも御用意しましょう!」


「……オイ」


「そんな物騒な目で私を見ないでくれません?!」


私とセインは慰めようとオロオロするし、私が泣かせた認定したジークさんは凄い目で見てくるし。


そんな、てんやわんやに参加せず傍観していたレンジ君だったが、


「恐れながら、皇女殿下」


と静かに口を開いた。


「貴女の流す涙には何の価値もないのですから、いい加減泣き止んで頂けないでしょうか?」


「「ッ?!」」


「ああ゛ッ?!」


ギョッとする私とセイン、敵意剥き出しのジークさん、そして弾かれたように顔を上げる皇女様。


「貴女が泣いて悔やんだところで、処刑された民は生き返らない。彼らを見殺しにしていた事実も変わらない。それに、勘違いされているようだが、貴女は生き長らえたのではなく、生かされたに過ぎない。今、貴女を慰めているその2人と……そこの野蛮なエルフによって」


『野蛮なエルフ』という言葉に、

「んだとゴルァ!」

と凄むが、レンジ君は華麗にスルーした。


「貴女は結局、周囲が全てお膳立てした上で『生かされた』だけです。だから『自分も処刑されるべきだった』などどいう、周囲の尽力を台無しにするような、ふざけた発言が出てくるんです」


「……ッ!」


レンジ君の言葉に皇女様はハッと目を見開く。


「はっきり言って、僕は貴女の兄のことが非常に気に喰わない」


今度はレンジ君に殺気を放っているジークさんを見ながら言い放った。


(めっちゃぶっちゃけているな、レンジ君)


「だが、黒死病を発症した貴女を見捨てることなく真摯に介抱し、貴女の命を救うためにユーリに土下座までした姿は尊敬に値すると思っています。貴女は……彼の懸命の思いを踏みにじるおつもりですか?」


「お兄様……!」


自分の意識がないときに何があったのかを知り、驚いた皇女様は今度は兄を見つめた。


ジークさんはジークさんでバツの悪そうに口を尖らせている。


「もし『厚かましく生き延びている』ことを本当に後悔しているのであれば、黒死病から生還した自分に何ができるのかを考えるべきです。加えて、彼らが貴女に気を使っているのは、貴女が患者だからに過ぎない。ここではティナ・ローゼン精霊国のように、貴女の権力は通用しません。皇女だからではなく、貴女自身の行いを見て周囲の人間は貴女を評価する。そのことを肝に免じておくべきです」


「・・・・・・」


すっかり黙り込んでしまった皇女様に、

「レンジ君の言葉はかなり厳しいものですけど……」

と前置きしながら、


「セインも私も患者を治療することが仕事ですから、今回の皇女様の治療はあくまで『仕事』であり、それ以上でもそれ以下でもありません。ですが私は、この仕事が成功するかどうかは結局患者次第だと思っています」


以前、レンジ君に言ったことを思い出しながら話し続けた。


「黒死病の苦しみから解放されたのは、ただの始まりに過ぎません。治療が終わったとしても皇女様の人生は続きます。そして、私個人としては『せっかく死に至る病を克服したのだから、その後の人生はより幸せなものにしてほしい』と思っています」


「ユーリ様……」


「私はただの平民で、国を治める方々の重圧や責任感などとは無縁の立場ですから、皇女様の苦しみを理解できるなんて毛頭思っていません。ですが……少なくとも、ここに皇女様の命を救って後悔している人は一人もいない。そのことだけは、分かって頂きたいんです」


涙に濡れた桜色の瞳が、ジッと私に注がれる。

いや、それだけではない。


その後ろに控える、海のような蒼い瞳。


まるで、何かを確信したかのような、決意を固めた双眸が私に真っすぐ向けられていた。


「……お見苦しい所を晒して、本当に自分が情けないですわ」


眉根を下げて皇女様がポツリと零した。


「せっかく拾っていただいた命を無碍にするような言動を取って……それは結局、私が責任を逃れようとしているだけでしかないのに」


私達に深く頭を下げ、


「本当に……ありがとうございます。あなた方に助けて頂いたことは、私にとって、この上ない幸運なのだと、今はっきりと確信しましたわ」


そして、レンジ君の方を向き直ると微笑みながら、


「レンジ様も……貴方は、本当にお優しい方なんですね」


「ッ?!」


あまりにも予想外だったのか、レンジ君が虚を突かれたような顔をする。


「さすが皇女様、よく分かっていらっしゃる!」


うんうんと私が合いの手を入れると、


「……ふん」

居心地が悪いのかレンジ君にそっぽを向かれてしまった。

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