Karte.6 家事の味方・浄化魔法、そして、セインの出張事情
今朝もセインの素晴らしい朝食を食べ、私は汚れた食器を重ねて一カ所に集めた。
この家の家事分担は、セインが料理担当、私が掃除・洗濯担当だ。
ちなみに使った食器を綺麗にするのも私だ。
えっ、私だけ分担が多いんじゃないかって?
……フッフッフ。
確かに前世の私だったら、ブチ切れて速効家を出ていただろう。
だが、今の私には取るに足りないこと。最早労働ですらない!
なぜなら…!
「光の精霊よ、我に御加護を。"パージ"!」
呪文を唱えると、食器の1つ1つが眩い光に包まれる。
その間たった数秒だ。そして光が消え、目の前にあるのは……見よ、この汚れ一つない美しい食器を!
なんて便利なんだ、浄化魔法!
これがあれば部屋の掃除も、洗濯も、一瞬で終わってしまう!
本当に、前世で使えなかったのが残念で仕方ない。
みんな使えてたら、世の中の主婦が泣いて喜ぶわ。
《ユーリ》
アイが話しかけてくる。
《単刀直入に言って、これは魔力の無駄遣いで》
(何言ってんの!こんな有意義な使い方、他にないわ!)
アイの余計な一言を一刀両断する。
全く、これこそ有効活用だっていうのに。
「ありがとうございます、ユーリさん。本当に便利な魔法ですね」
セインも微笑みながら綺麗になった食器を一緒に片付けてくれる。
そうでしょ、そうでしょ!と私もご満悦だ。
後片付けも終わり、2人で食後のお茶を飲んで、ホッと一息つく。
そうだ。
「セイン、ちょっと相談があるんだけど」
「どうしましたか?」
紅茶の香りを楽しんでいるセインに話しかける。
「アンナさんの件で思ったんだけど、ちゃんとした道具が欲しいなって思って」
「道具、ですか?」
キョトンとした顔をするセインに真面目に頷く。
「あの時は薬草処理用の道具を使ったけど、それだとやっぱり使いにくくて。今後もあんなことがあったときに備えておきたいのよ」
この世界での初めての帝王切開術をして、1ヶ月が経過していた。
アンナさんもその子供も問題なく元気に過ごしている。
もちろん、あんな緊急事態これからも頻繁にあっちゃ困るけど、あったときには最善を尽くせるように私としても手術用の道具は揃えておきたい。
私の申し出に、セインは少しの間考えるそぶりを見せる。
「そうですね……ちなみに、その道具は特殊なものになるのでしょうか?」
「特殊なものはないかな。基本的にはナイフ、ハサミ、ピンセット。でも薬草採取用の物だと全体的に大きすぎるのよ。体の中で操作する必要があるから、もっと細くて小さいものがいい。特にナイフは小さくてもキレ味抜群じゃないと困るなー」
我ながら好き勝手なこと言っているのは分かる。
でも、これを譲ってしまうと手術にも影響が出てしまうし。
「なるほど。そうなると、特注で作ってもらうことになるでしょうね。しかし、この村で調達するのは難しいでしょう。ここの鍛冶屋さんは調理器具や農具などの作製がメインですし。となると……」
一口紅茶を飲みながら、セインは考えをまとめたようだ。
「いっそのこと、ガルナン首長国に行ってみるのが早いかもしれません」
「ガルナン、首長国?」
ちょっと待っていてください、とセインは立ち上がり、2階の自分の部屋へ行った。
しばらくして、戻ってきたセインの手には筒のように丸めた紙があった。
「お待たせしました」
丸めた紙を広げると、
「これは、地図?」
「はい。私達がいるのはここ、フラノ村です。この村はレイブラント地方に属していて、ルーベルト辺境伯が治めております」
セインが地図を指で指しながら説明する。
「レイブラント地方は隣国である、ガルナン首長国と接しています。ちなみに、エルフが住まうティナ=ローゼン精霊国とも国境が近いため、ルーベルト伯は各国との国境の管理や防衛、交易や交渉なども任されていらっしゃいます。実際の爵位は侯爵と同等と言われています」
「へぇー」
私も地図を見つめる。
フラノ村はその交易路から少し外れているけど、確かに地理的にガルナン首長国と近い。
「だから、ユーリさんの求めている道具はガルナン首長国でオーダーメイドしていただいた方が早いかもしれません」
「なるほどね」
オーダーメイドかー、何か憧れるな。
「でも、そんな簡単にガルナン首長国に行くことができるの?」
パスポートみたいなもの必要ないのかな。
そもそも、私って身分証明書ないよね。いきなりこの世界に転移したわけだし。
「実は、ですね……」
セインが、もったいぶったように話す。顔もどこか得意そうだ。
「そろそろ、その国に行く時期になりそうなんですよ」
「えっ、そうなの?」
頷きながらセインは再び地図に目を落とす。
「もともとガルナン首長国に出張することもルーベルト伯との雇用条件に含まれているんです。治癒魔法の封魔石作製のため」
「治癒魔法の封魔石?」
「はい。そもそもヒーラーは大抵この国の貴族に仕えているか、王都に住んでいるかのどちらかなんですよ。だから、他国に住んでいるヒーラーは滅多にいないんです。そこで代わりとなるのが、治癒魔法を封印した封魔石なんですよ」
「じゃあ、セインは治癒魔法を封魔石に込めるために、わざわざその国に行かなきゃいけないの?」
「はい。ルーベルト伯にはすでに専属のヒーラーがついていますが、伯爵としてはその方を他国に出すことに抵抗があるらしいんです。そこで、この村に住む代わりに定期的にガルナン首長国へ出張することになっているんです」
なるほど。
確かに王宮仕えできるくらい優秀なのに血が苦手で左遷されたセインには適所なのかもしれない。
ルーベルト伯もそれを目論んでるんだろう。色々大人の事情があるもんだ。
「ちなみに私も同行していいの?」
住所不定、身元不詳ですが。
「問題ありませんよ。ルーベルト伯にも、あなたが助手として働いていることはお伝えしてありますので」
セインがそう言ってくれるのであれば大丈夫なんだろう。
それに、これで前世で使っていた手術道具が手に入るなら文句ないし、他の国も見ることができる。
「そういうことなら、ぜひガルナン首長国に一緒に行かせてほしいな」
「ええ、もちろん!ユーリさんと一緒なら、楽しい出張になりそうですね!」
セインの心からの笑顔に胸が強く高鳴る。
(その顔は反則だ……!)
絶対私顔が熱くなってるよ!
《心拍数上昇、体温上昇。各種神経伝達物質が放出され、交感神経が優位に活発化されております。これまでのユーリの記憶から考察すると、この状態は、運動、アルコール摂取などによる症状、いわゆる恋愛感情という脳の錯覚によって起こる現象が》
「そういうの、いいから!」
いきなりアイに分析され、天井に向かって思わず大声を出してしまう。
(やってしまった……!)
恐る恐るセインの方を見ると、案の定固まって目を白黒させているセインが。
「えっ、えーっと……」
「ご、ごめん!今のは気にしないで。ね!」
「は、はい」
セインは何とか気にしないようにしてくれたけど、本当に気をつけよう。
このままだと確実にフシンシャになってしまう……。
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