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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜
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Karte.64 生還おめでとう、そして、静なる怒り

「ちょっ……なにコレ、どういう状況?!」


よろけたセインを支えながら未だに睨み合う2人に問い質すと、ジークさんがキッとこちらを向き、


「オイコラ、てめえ!フィーに何しやがった!場合によっちゃあ、タダじゃ済まねえ!!」


と今度は私達に喰ってかかってきた。


「はあ?!無事治療が成功したから呼びに来たっていうのに、なんでそんなこと言われなきゃならないんですか!」


負けじと怒鳴り返すと、


「ンだと、こらぁ!治療が成功した、って……え?」


啖呵の勢いはすぐになくなり、ポカンとした表情に変わった。


フン、と私も一息置き、


「黒死病の治療は無事成功しました。どうぞ、妹さんの傍に行ってあげてください」


セインを脇に引っ張りながら道を開け、診療室への扉へ誘う。


呆然とした表情のまま、ジークさんはゆっくりと診療室の中に入り、


「……フィー!!」


処置台に横たわったままの妹さんの元に駆け寄った。


「……お、にいさ、ま」


すると、先程まで目を瞑っていた妹さんが、兄の声の方に顔を向けた。


ジークさんは膝を付いてフィーさんの手を取り、


「お前……本当に、大丈夫、なのか……?!」


すると、彼女はゆっくり頷いて、


「今までの苦しみが、嘘のようなんです……まるで、生まれ変わった……ようです、わ」


目に涙を浮かべながら、ふわりと、花が綻ぶような微笑みを兄に向けていた。


ーーーポタッ

「……ッ、良かったッ!!」


そして、ジークさんも。


妹が苦痛と死の恐怖から解放されたことを、涙を流して喜んでいた。


私とセインは入り口から、感動の場面を静かに見守っていたが、


「……ちょっと、待って」

妹さんを見て、思わず息を呑んだ。


「あの瞳の色……!」


『このピンクダイヤモンドも、『皇女の瞳のような丸みを帯びた形で、かつ、内側から淡く輝くような加工をしてほしい』などという曖昧かつ無茶な注文がつけられて、試行錯誤したんだ』


確かレンジ君が言っていた。


ティナ・ローゼン精霊国の第二皇女様のブローチに嵌め込まれたピンクダイヤモンド。


その輝きを瞳に宿したエルフの少女が、今―――目の前にいる。


「今夜は予想外のことばかり起きるな」


後ろから、レンジ君も2人の様子を見ていた……ずぶ濡れの姿で。


「あの、レンジ君……なんで、そんなに濡れてるの?」


恐る恐る尋ねると、両腕を組みながら、


「君が高笑いしながら妄言を吐いた後、あのエルフを突入させないようどれだけ苦労したか……詳しく説明した方がいいか?」


こめかみに青筋を立て、ブチ切れる一歩手前の雰囲気を醸し出していたので、


「も……申し訳ありませんでしたッ!!」


腰を直角に曲げて、勢いよく頭を下げた。


「黒死病の核を抑え込むのが予想以上にうまくいって、つい嬉しくなってしまい……本当に迂闊だったと、心から反省しておりますッ!!」


と平身低頭で何度も頭を下げさせてもらった。


レンジ君は大きなため息を一つ吐くと、


「だが……君は本当に大したものだな、ユーリ」


涙を流して喜びを分かち合う兄妹を見た。


「これで君は、2人も黒死病患者の命を救ったのだからな」


「そうですね……本当に素晴らしい偉業ですよ、ユーリさん」


レンジ君とセインにストレートに褒められてしまった。


「あ、あはは……まあ、今回はドラゴンがうろつく坑道じゃなかったし、レンジ君の経験を大いに生かさせてもらったからね」


恥ずかしくなって頭をかくと、


「……相変わらずの悪い癖だな」


やれやれと言ったようにレンジ君に苦笑されてしまった。


「さて……そろそろ、よろしいですかね」


「ん?」

「どしたの?」


キョトンとする私達を置いて、セインはジークさんの方に近づいた。


「良かったですね、ジークさん。妹さんの治療が成功して」


「あ、ああ……ッ!本当に……本当に、良かったッ!」


涙で濡れた顔をセインに向けて、


「お前らは……妹の、命の恩人だッ!!」


「そう言って頂けると、助かります。妹さんの容態も安定しているようですし」


ポンとジークさんの肩に手を置くと、


「それでは……今度は、あちらの片付けを手伝っていただいてもよろしいでしょうか?」


「……え?」


いつもの穏やかな笑みを浮かべながら、セインはクイッと親指で自分の後方をーーーとんでもない有り様になっているリビングを指した。


ジークさんの顔色がサーッと悪くなっていく。


「あ……その……」


妹の恩人の家で大暴れしたことを思い出したのだろう。

涙は完全に引っ込み、セインの笑顔の前で固まっている。


「いえ、言い方を間違えましたね」

セインの笑顔に更なる圧がかかり、


「片付け……手伝いますよね?」

「お……おう……」

ジークさんは何とか声を絞り出していた。


(せ、セインが……ブチ切れているッ!!)

ひーっ!!と心の中で悲鳴を上げた。


あの笑顔……セインが愛用していた鍋を焦がした時にそっくり!


「……普段穏やかな人間が本気で怒ると恐ろしいというのは、本当だったんだな」


レンジ君の顔色がどことなく青いのは、ずぶ濡れだからという理由だけではないのだろう。


「あーセイン。片付けは僕とそのエルフでやるから、君は椅子にでも座って休んでいてくれ。指示だけ出してもらえると有り難い」


「わっ私も、ぜひ片づけさせて下さい!そもそも、私が変なこと口走ったせいなんだし!」


空気を読んだレンジ君に続き、私も慌ててビシッと手を上げた。


するとセインは、

「レンジさんの申し出はありがたく受け取りますが、ユーリさんは患者さんに付き添ってください」

と私に言った。


「治療したばかりでここに1人きりにしてしまうのは流石に心配ですし、同じ女性の方が頼みやすいこともあるでしょうから」


とフィーさんを見た。


「わかった、任せて!」

どれだけ怒っていても、ちゃんと患者のことを考えられるなんて、やっぱりセインは優秀なヒーラーだ。


「あ、レンジ君。さっき持ってきてくれたタオル、まだ使ってないのがあるから」


いつまでもずぶ濡れなのは体によくないとタオルを取りに行こうとすると、


「いや、大丈夫だ」

と手で制され、


「火の精霊よ、我にご加護を。”ファイア”」


すると、体全体から湯気が立ち上り、服も合わせてあっという間に全身が乾いてしまった。


「ええっ!なんで?!」

驚きの声を上げると、


「火力を極限まで弱めて、いわゆる『熱』だけを発生させた訳だ。『熱』を高めていけば、やがて『火』となる」


ポッと、人差し指から小さな火をつけた。


「そ、そうなんだ……」


(何てことないように言うけど、それって魔法のコントロールがとんでもなく難しいんじゃないの……?)


と思ったけど、

(まあ、レンジ君だからね)

と、無理やり結論づけて考えるのを止めた。


その後、セインに連行されたジークさんはレンジ君と一緒にリビングの片片付けをし、私は診療室でフィーさんの様子をみていた。


「ご気分どうですか?もし寒ければ、掛けるもの持ってきますよ?」


と声をかけると、


「ありがとうございます。少し、肌寒いですわ」

と返答があった。


弱々しいけど、何とも可憐で鈴のような声だ。


言葉遣いも丁寧で上品だし、何気ない所作が非常に優雅だ。


(本当にあのエルフの妹なの?それに、やっぱりこの方は……)


そのあたりの事情は、もう少し回復してから聞いた方がいいだろう。


「じゃあ毛布持ってきますから、ちょっと待っていてください」


と入り口に向かった。


「あ、あの……っ」


少し慌てた声で呼び止められた。


「どうしましたか?」


振り返ったそのとき、


ーーーグルギュルル~


診療室に大きな音が鳴り響いた。

しかも、今にも消えてしまいそうなほど儚げな、この深窓のご令嬢からだ。


「わっ私ッ……!」

すると、カァーーーッと顔が一気に赤くなり、


「こんな……こんな、はしたないことっ……申し訳ございません!」


真っ赤になった顔を両手で隠して、処置台の上で可哀想なくらい縮こまってしまった。


「いえいえ、むしろいいことですよ。ちゃんと消化管が動いている証拠ですから」


と恥ずかしさにプルプル震えている彼女を慰めた。


(めちゃくちゃ回復が早いな。まあ、創部を縫うこともなく、完全に組織が正常にくっついているんだから当然なのかもしれないけど)


恐るべし、治癒魔法。


「毛布のついでに、水やお茶を持ってきますね」

と言うと、指先の間からこちらを見て、


「あの……命を救って頂いた上に、このようなことをお願いするのは大変浅ましいことだと、百も承知なのですが……何か、食べるものを、恵んで頂けないでしょうか……」


ウルウルしたピンク色の瞳でお願いされてしまった。


「今はダメです」


間髪入れずにバッサリ切り捨てると、フィーさんは『ガーンッ!!』とショックを受けた表情になった。


「空腹で辛いお気持はわかりますが、今までほぼ何も食べずに過ごしていたんですよね?そんな状態で急に形のあるものを食べたら、胃が受け付けてくれなくて、むしろ吐いてしまいます。ちゃんと段階を踏んで少しずつ胃を慣れさせないと」


「……わかりましたわ」


シュンとなってしまった姿を見るとこちらが意地悪しているように感じるが、治療後の経過が上手くいくためにも、こればっかりは譲れないのだ。


「では、急いで持ってきますから、ゆっくり寝ていてくださいね」


と今度こそ入り口に向かった。が、


「あのッ申し訳ございません!肝心なことを、お伝え出来てなくて!」

と、また引き止められてしまった。


「どうしましたか?」

と彼女の方を振り向くと、


「助けてくださって……本当に、ありがとうございました」

私の方に顔を向けながら、首だけで頭を下げた。


「この御恩は……決して忘れません」

と目に涙を浮かべ、精一杯の感謝を伝えてくれた。


「まだ終わっていませんよ?あなたが無事元の生活に戻れた時、初めて治療が終了するんですから」


ニッと彼女に笑いかけ、私は足早に目的のものを取りに行った。

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