お片付け、そして、やっぱり仲悪し
リビングでは、先ほどまで睨み合っていたエルフとドワーフが黙々と片づけをし、少し離れた壁際でセインは椅子に座ってのんびりお茶を啜っていた。
膝の上には、ドラコがネコのように背中を撫でられるがままになっている。
「あ、ユーリさん。彼女の具合はどうですか?」
私に気づいたセインが声をかけてきた。
「異常なし。ちょっと寒いみたいだから、部屋から毛布持ってこようと思って」
と経過を報告した。
「セインにお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「具の入っていないスープを作ってほしいのよ」
「スープですか?」
私は頷いた。
「胃腸の動きがもう戻ったみたいで、すでに空腹を訴えているの。今はまだ何も食べさせられないけど、水や具のない汁物なら大丈夫だと思うんだよね」
「なるほど。シチューだと重いですか?」
そういえば私達、夕ご飯を食べている最中だったな。
最も、食べかけの食事は倒れたテーブルとともに床にぶちまけられ、食器も見事に割れているけど。
「クリームシチューだからね。乳成分が入っているから、お腹には優しくないかもしれない」
「そうですね。わかりました」
セインは立ち上がり、キッチンに向かった。
「野菜が残ってますし、干した肉もありますから、これでポトフを作りましょう。彼女には具が入っていなければ問題ないでしょうし」
「うん、ありがとう」
お礼を言って、私は毛布を取りに部屋に向かおうとした。
が、
「……おい」
今度は兄のほうに呼び止められた。
今はマントを脱いでいる状態だ。
そのお陰で、このエルフがいかに筋肉質で恵まれた体格をしているのかがよく分かる。
「ッ何ですか?」
少し警戒しながら彼の方を向いた。
失礼かと思ったけど、このエルフの今までの態度を考えると仕方ないので許してほしい。
「その……だな」
頭をガシガシ掻いて言いあぐねているが、意を決したように私を見つめ、
スッ―――
「えっ?」
「ありがとな、妹を治してくれて。それから……悪かった」
と、まるで憑き物が取れたような落ち着き払った態度で、私に頭を深々と下げてきた。
「フィーが血を吐いたのを見たとき、森でお前が言ったことを思い出したんだ」
『何か困ったことがあったら、いつでもあの診療所に来て下さいね!仲間の人も、一緒に来てくれて構いませんから!』
確か、そんなことを言ったっけ。
まさかそれがすぐに現実のものになるとは、夢にも思わなかったけど。
「黒死病になったヤツのことなんか助けてくれるわけがねえ、追い返されるに決まってる……そう思った。だけど、あのままフィーが死んでいくのを黙って見ていらんなくなって……ここに連れてきたんだ」
頭を上げて、ジークさんは私を見つめた。
「お前はフィーが黒死病だと知っても俺達を見捨てなかった。俺の代わりにフィーを助けてくれて、しかも本当に黒死病を治しちまうなんて……スゲェよ。俺は……何もできなかったってのに」
そう言いながら、自分を責めるように顔を歪めた。
(ああ……そうか)
その瞬間、分かったのだ。
彼の、今までの攻撃的な態度の理由が。
この人も怖くて、そして悔しかったのだ。
妹さんを苦しめ死に追いやろうとする黒死病のことが。
妹さんを誰よりも助けたいと思っているのに、何もできない自分のことが。
妹がじわじわと痛めつけられる姿を、ただひたすら眺めることしかできない。
はっきり言って、地獄だ。
(でもこの人は、そんな地獄をたった1人で耐えると覚悟したんだ。黒死病を発症して、苦しんだ先には死しかない残酷な未来を迎える妹さんを支えるために)
「―――何もできなかったなんて、とんでもない」
うん―――この人を『親に反抗して夜の町をたむろする不良少年』だなんて、あまりにも失礼だ。
「あなたが支えてくれたから、妹さんは独りで苦しまずにすんだんです。何よりあなたがここまで連れてきてくれなければ、私は治療すらできなかったんですよ」
私も頭をペコッと下げて、
「こちらこそ、ありがとうございます。私に妹さんの治療をする機会を与えてくれて」
「―――ッ!」
何かを堪えるように息を詰めたジークさんに微笑みかけ、
「ああ、でもこのリビングはちゃんと片付けてくださいね。セインの力がなければ私だって治療できなかったですから。あと、レンジ君にも謝ってくださいね」
としっかり釘を刺した。
「そうだぞ。僕が君を止めなかったら治療を完遂できなかったんだからな」
破片となった食器を拾いながらレンジ君も口を挟んできた。
そんなレンジ君をジークさんはジロリと睨みつけてきた。
「……何か間違えたことを言ったか?」
そしてレンジ君も、まるで受けて立つかのようにジークさんを見据えた。
すると、ジークさんはビシッと人差し指をレンジ君に突きつけ、
「このチビ、マジでいけ好かねえわ!フィーのことがなければ、ぶっ飛ばしてやるのによッ!!」
(え、ええ……)
さっきまで、めちゃくちゃしおらしかったのに。
そりゃレンジ君との相性が悪いのは初対面の時から察していたけど。
「……まさかそれを、今からここでするつもりじゃないでしょうね?」
キッチンでも聞こえていたのだろう、セインが背中を向けながら鋭く念を押してきた。
右手には包丁を閃かせており、こっちの背筋が寒くなる。
「う……そ、そんなこと、しねえよ!」
セインの雰囲気を察したのだろう、ジークさんはたじろぎながら否定した。
「あっ、ついでに言っておきますけど。今夜は私がフィーさんに付き添いますから、ジークさんは違う部屋で寝てくださいね」
「なんでだよ!」
「フィーさんは今泣きたくなるくらいお腹が空いています。だけど、同時に彼女の望み通りに食べ物を与えてはいけない時期です。ここに来るまでほとんど何も食べてないんですから、胃の消化能力が落ち、胃が食べ物を受け付けられず、むしろ吐いてしまったり、ひどい場合は気絶することだってあります。だから、少なくとも今夜はスープまでが限度です」
今度は私がジークさんをしっかり見据え、
「これだけしっかり説明しても、『お腹を空かせている家族が可哀想だから』と付き添いの人が勝手に食べ物を与えて、せっかくの治療を台無しにすることが度々あります。そして……あなたはその類の人だと、私の勘が言っています」
「グッ……!」
その顔、心当たりが大ありだな。
「という訳で、今夜は私が付き添いますので。食事が取れるようになれば一緒にいてもらって大丈夫ですから」
「……わぁったよ」
いかにも渋々といった感じだが、了解は貰った訳だし。
私は改めて自分の部屋に毛布を取りに急いだ。
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